E2343 – <失われた公演>を記録する:コロナ禍とエンパクの取組

カレントアウェアネス-E

No.406 2021.01.14

 

 E2343

<失われた公演>を記録する:コロナ禍とエンパクの取組

早稲田大学坪内博士記念演劇博物館・後藤隆基(ごとうりゅうき)

 

   演劇・映像文化の研究機関であり,博物館でもある早稲田大学坪内博士記念演劇博物館(エンパク)では,2020年4月以来,新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止のために中止や延期を余儀なくされた舞台公演の調査と資料収集を行い,10月7日からはオンライン展示を開催している。未曾有のパンデミックをアーカイブする様々な取組が各地で行われているが(E2282E2283E2321参照),当館の取組は,演劇という視座から<現在>を歴史化すること,2020年に上演が叶わなかった公演を,関係者個々の<記憶>だけでなく,公の<記録>として集積し,後世に伝えることを企図したものである。

   演劇は,実際に上演されなければ,そのとき,その作品が<表現>されたことにならない。コロナ禍による公演の中止・延期は,その存在自体を奪う事態であった。劇作家や演出家,俳優,スタッフだけでなく,大勢の観客も含め,ひとつの公演に関わるすべての人びとの思いや,そこにかけられた時間を<なかったこと>にしない。上演史の空白を空白のままにせず,上演されなかったという事態を記録しておきたかった。

   そもそも形に残らない演劇を,どのように<残す>のか。当館が開館時から抱える根本的な命題である。あらゆるモノが演劇を構成する要素となるわけだが,コロナ禍の影響下においては,チラシやポスター等が,その公演が存在していた(するはずだった)ことの証として,より強固な意味を付与される資料となる。

   コロナ禍の影響を受けた公演のなかには,チラシを配布する直前に中止が決まったもの,印刷前に中止が決まったためにデータしか存在しないものもあった。早々に破棄の準備が進められたチラシも多いと仄聞した。放っておけば消えてしまう,行き場を失ったチラシなどを集め,残していくことが<失われた公演>を記録/記憶にとどめうる方途のひとつと考え,4月からの調査を踏まえて6月半ばから資料の収集を開始したのだった。

   その際,チラシやポスターだけでなく、プログラム,台本,公演の中止や延期等の案内文,映像,写真等々,公演に関わるあらゆる資料の提供を各団体に依頼した。徐々に集まってくる資料群のなかから,まずはチラシ等の画像を用いた展示をオンラインで実施することとなった。時代に対する即応性,事態の渦中でおこなうことの意義を重視し,最初の政府の緊急事態宣言発出から半年後にあたる10月7日に,オンライン展示「失われた公演――コロナ禍と演劇の記録/記憶」の公開を開始した。

   当初公開したチラシは63点,2021年1月5日現在では150点となっている(チラシも含めた資料の総数は620点以上)。特に小規模の劇団や都市部の諸団体からの提供が多かったが,地方の劇団等からも資料が集まった。また,大人向けの演劇にくらべれば認知度が高くはない,児童青少年演劇や人形劇関係の劇団からも資料の提供があった。それに公演関係者からのコメント等も併載し,コロナ禍に直面した人たちの<言葉>による記憶のアーカイブも目指した。

   この企画は,資料の提供元である各団体の賛同と協力なくして実現しなかった,といっても過言ではない。チラシのデザイン,イラスト,写真等に関する著作権,俳優が写っていればその肖像権等,現在オンライン展示で公開しているチラシについては,提供段階で,全て各団体に権利処理をしてもらい,公開の許諾を得ることができた。それぞれに大変な状況に置かれているなか,ご尽力くださった方々には,感謝の念に堪えない。

   一方,当館の調査では,2020年2月下旬以降,800以上の公演(ステージ数ではなくタイトルでの計数)の中止・延期がわかっているものの,それら全てに資料提供依頼等のアプローチができておらず,いまだ調査の届いていない公演も多い。中止・延期公演の調査と資料収集は継続し,オンライン展示も随時更新している。

   では,集積した公演資料群を,今後どのようにいかしていくのか。

   第一に,展示による公開・発信である。オンライン展示をひとつの契機として,当館の2021年度春季企画展で,コロナ禍に覆われた舞台芸術をテーマとするリアル展示の開催を予定している。そこでは<失われた公演>だけでなく、渦中で上演された――いわば<失われなかった公演>や,こうした状況下だからこそ試みられた新表現の萌芽にも目を配ることが必要だろう。

   第二に,資料の保管・閲覧体制の整備である。チラシやプログラム等に関しては,平時と同様、演劇上演資料として採番の上,当館の演劇情報総合データベース「デジタル・アーカイブ・コレクション」に登録し,利用者の閲覧に供していく。その他の現物資料も,通常であれば,台本や映像等,資料の種類に応じて担当する係に振り分け,整理・登録をおこなうが,今回収集した資料群は,ひとつのコロナ関係コレクションとして収蔵する予定である。劇場に足を運べなかった観客,舞台関係者への資料提供だけでなく,研究材料としてもアクセスしやすい環境を整えることは喫緊の課題である。

   2020年末から,日に日に感染者数が増え続け,大晦日には東京都内の新たな感染者数が1,337人となった。年が明けて,本稿執筆時点では,首都圏を対象とする2度目の緊急事態宣言発出が間近に迫っている。この状況がいつまで続くのか。<失われる公演>は増えてしまうのか。先の見通せない時代だからこそ,当館はコロナ禍に立ち向かう演劇の記録を集め,次代へつないでいかなければならない。

Ref:
“オンライン展示 失われた公演――コロナ禍と演劇の記録/記憶”. 早稲田大学坪内博士記念演劇博物館.
http://www.waseda.jp/prj-ushinawareta/
“「博物館・美術館・図書館における新型コロナウイルス感染拡大予防策に関する調査報告」の公開”. 早稲田大学演劇博物館演劇映像学連携研究拠点. 2020-06-19.
https://www.waseda.jp/prj-kyodo-enpaku/information/2020_0619.html
“【劇団・劇場・関係団体の皆様へ】新型コロナウイルス対応にともなう中止・延期公演の資料提供のお願い”. 早稲田大学坪内博士記念演劇博物館.
https://www.waseda.jp/enpaku/covid19_notice_research/
“【お知らせ】オンライン展示「失われた公演―コロナ禍と演劇の記録/記憶」を公開しました”. 早稲田大学坪内博士記念演劇博物館. 2020-10-07.
http://www.waseda.jp/enpaku/info/11381/
“演劇情報総合データベース デジタル・アーカイブ・コレクション”. 早稲田大学坪内博士記念演劇博物館.
https://www.waseda.jp/enpaku/db/
緊急舞台芸術アーカイブ+デジタルシアター化支援事業.
https://epad.terrada.co.jp/
菊池信彦. コロナアーカイブ@関西大学の開設経緯,特徴とその意図. カレントアウェアネス-E. 2020, (395), E2282.
https://current.ndl.go.jp/e2282
saveMLAK COVID-19libdataチーム. 現在(いま)をアーカイブする:COVID-19図書館動向調査. カレントアウェアネス-E. 2020, (395), E2283.
https://current.ndl.go.jp/e2283
阿児雄之. JADS第99回研究会「新型コロナ資料の収集」<報告> . カレントアウェアネス-E. 2020, (402), E2321.
https://current.ndl.go.jp/e2321