E2282 – コロナアーカイブ@関西大学の開設経緯,特徴とその意図

カレントアウェアネス-E

No.395 2020.07.30

 

 E2282

コロナアーカイブ@関西大学の開設経緯,特徴とその意図

関西大学アジア・オープン・リサーチセンター・菊池信彦(きくちのぶひこ)

 

  コロナアーカイブ@関西大学は,関西大学アジア・オープン・リサーチセンター(KU-ORCAS)の一プロジェクトとして2020年4月17日に開設した,ユーザー参加型のコミュニティアーカイブである。KU-ORCASは,本学の東アジア文化研究のブランディング事業を推進する目的で設立されたセンターであり(E1967参照),その目的からすればこの取り組みはやや異質かもしれない。本稿では,一歴史研究者としての視点から,コロナアーカイブ@関西大学の開発経緯や特徴,その意図をまとめておきたい。

  コロナアーカイブ@関西大学は,企画段階から筆者一人で行っている。そのため,開発経緯もかなり属人的なものだが,いくつかの経験や考えが混在している。

  2020年2月,筆者は史料調査でスペインに2週間ほど出張していた。出国直前の日本では,横浜港のクルーズ船での新型コロナウイルス感染症(COVID-19)集団感染のニュースが大きく報じられ,市中感染が広まるのではないかという懸念が出始めた時期であった。一方,スペインに降り立つと,マドリードやバルセロナの街中は観光客でごった返し,COVID-19の流行は遠い極東の出来事として捉えられているようであった。しかし,帰国してしばらくするとスペインでも感染爆発が起こり,あれほど人混みを見せていた街中心部が閑散としてしまった状況をテレビで見ることになった。このわずか数週間の大きな変化をまざまざと見せつけられたという経験が企画の根底にはある。

  それと同時に,外出制限下にありながら,スペインはもとより世界各国でCOVID-19の資料収集を開始したという情報が見かけられるようになると,この状況を記録することの意義を遅まきながら筆者も認識するようになった。感染の拡大に伴い状況が刻々と変化するなかで,SNSや大手メディアから次々と発せられる情報が前日の記憶を塗りつぶし,それらを極めて「賞味期限」の短いものへと変えていく。それは以前からすでにそうであったが,COVID-19が筆者に意識させたのは,「コロナ以前」と「アフターコロナ」――これらの表現すらCOVID-19のもたらしたものだが――の間の歴史的転換期に我々はいるのだという歴史意識とともに,その記憶の日々の寸断という事態であった。與那覇潤氏も筆者と同様に記憶の一貫性がない現状を憂いた文章を発表している。そのなかで氏は歴史研究(者)としてコロナアーカイブを行うことを痛烈に批判しているが,筆者としては,むしろ歴史研究者にこそ,それも社会史という方法を学んだ世代の一人だからこそ,アーカイブ活動を始める役割があるのではと考えた。

  コロナアーカイブ@関西大学の特徴は,COVID-19に関する特徴的な資料を提供するデジタルアーカイブであるという点だけにあるのではない。単にその目的だけであれば,與那覇氏の言うように「そんな写真など,学者が関与せずとも各種のSNS上には山のように毎日アーカイブされている」のであって,――著作権法を度外視することが許されるのであれば――それらをクローリング等して集めればよい。筆者がユーザー参加型のコミュニティアーカイブというスタイルを選択したのは,ユーザーに対して,いま・ここの記録と記憶を将来の資料/史料として残すという行為を求めたためであって,その行為そのものがコロナ禍の時代にあるという自己意識を持つことをユーザーに対して突きつけるからである。すなわち,コロナアーカイブ@関西大学のもう一つの特徴は,資料を収集する過程そのものであり,それを通じて記憶が寸断される現状に抗して歴史意識の涵養を促すことを意図している点にある。何度か「どのような資料を投稿してほしいか」という質問を受ける機会があったが,その選択をユーザーに対して委ねることこそがむしろ重要なのだと筆者は考えている。したがって,どのようなアーカイブが構築されるのかは筆者自身もわからない。だが,どのようなものができたとしても,図書や新聞には載らない,しかし,将来この時代を研究するうえで役立つユニークなアーカイブが構築されるはずである。

  最後に,いくつか実務的なことを述べて擱筆したい。コロナアーカイブ@関西大学は,なるべく早く公開することを目指し,オープンソースソフトウェアのOmeka Classicを利用して在宅勤務中の1週間ほどで構築した。開発に際しては,例えばルクセンブルク大学によるCOVID-19 Memoriesやドイツにおけるcoronarchivを直接的には参考にしている。悩んだのは投稿資格であって,肖像権の問題やサーバースペック等を考慮し,本学構成員(留学生を含む学生,教職員及びその家族)に限定した。そして「コロナアーカイブ@関西大学」という語呂がよいとはいいがたい名称にしたのは,国内外の様々なコロナアーカイブ活動の一つに過ぎないという意味を込めたからである。筆者のささやかな取り組みが,他機関あるいは個人によるアーカイブ活動を広めるきっかけになれば,それは望外の喜びである。

Ref:
“コロナアーカイブ@関西大学”. 関西大学アジア・オープン・リサーチセンター.
https://www.annex.ku-orcas.kansai-u.ac.jp/covid19archive
COVID-19 Memories.
https://covidmemory.lu/
coronarchiv.
https://coronarchiv.geschichte.uni-hamburg.de/
谷川稔, 川島昭夫, 南直人, 金澤周作編著. 越境する歴史家たちへ: 「近代社会史研究会」(1985-2018)からのオマージュ. ミネルヴァ書房, 2019, 358p.
“コロナ以後の世界に向けて「役に立たない歴史」を封鎖しよう: コロナで滅びゆく歴史(2)”. 與那覇潤.現代ビジネス. 2020-05-20.
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/72694?page=4
Omeka Classic.
https://omeka.org/classic/
内田慶市. 関西大学アジア・オープン・リサーチセンターの目指すもの. カレントアウェアネス-E. 2017, (336), E1967.
https://current.ndl.go.jp/e1967

注:本稿脱稿後の2020年7月1日,コロナアーカイブ@関西大学は,関西大学による「新型コロナウイルス感染症 (COVID-19) の克服に関する研究課題 (教育研究緊急支援経費)」において,共同研究「『コロナアーカイブ@関西大学』を核とした新型コロナウイルス感染症およびスペイン風邪の記録と記憶の収集発信プロジェクト」(研究代表:内田慶市)に採択された。筆者もこの研究に研究協力者として参画しており,今後は共同研究として進めることとなる。

 

 

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