カレントアウェアネス-E
No.346 2018.05.17
E2021
KU-ORCASキックオフ・シンポジウム<報告>
2018年2月17日及び18日,関西大学アジア・オープン・リサーチセンター(KU-ORCAS;E1967参照)は,キックオフ・シンポジウム「デジタルアーカイブが開く東アジア文化研究の新しい地平」を開催した。シンポジウムでは,国内外からデジタルアーカイブや東アジア文化研究の専門家を招き,それぞれから講演・研究報告が行われた。紙幅の関係上,本稿ではシンポジウム各日の概略をまとめるに留めるが,弊学の公式YouTubeチャンネルでは当日のライブ動画を公開しているので各講演の詳細はそちらをご参照いただきたい。
初日は,弊学学長の芝井敬司の開会挨拶およびKU-ORCASセンター長の内田慶市によるKU-ORCASの紹介の後,東京大学教授の下田正弘氏,オランダ・ライデン大学教授のデ・ヴェルト(Hilde De Weerdt)氏,フランス国立図書館(BnF)写本部中国書チーフキュレーターのモネ(Nathalie Monnet)氏,カナダ・カルガリー大学教授の楊暁捷氏の4名が講演を行った。その内容は,デジタル時代における人文学の課題,東アジア言語のテクスト分析のためのツールの紹介,BnFの電子図書館Gallica(CA1905参照)の紹介,そして古典籍デジタル画像の教育・研究利用と,多岐にわたるものであった。特にデ・ヴェルト教授の紹介したMARKUSは,読み込んだテクストを解析し,China Biographical Databaseをはじめとする様々な研究用データとリンクして解説を表示する等の機能を持つ自動タギング・読解支援ツールで,来場者の注目を集めた。
2日目は,日本人研究者6名による研究報告が行われた。KU-ORCAS副センター長の藤田高夫は中国古代木簡の文字の字体をデータベース化して分析する手法を提案し,国立情報学研究所(NII)教授の武田英明氏は,KU-ORCASの掲げている東アジア文化研究のための「オープンプラットフォーム」に関連して,昨今の学術研究を取り巻くオープンサイエンスとオープンデータの動向を紹介した。人文情報学研究所主席研究員の永崎研宣氏は,研究者向けデジタルアーカイブの構築において検討すべき課題を国際的な動向を交えて論じ,国文学研究資料館古典籍共同研究事業センター副センター長の山本和明氏からは,古典籍研究のあり方を刷新する「日本語の歴史的典籍の国際共同ネットワーク構築計画(歴史的典籍NW事業)」が紹介された。山本氏の報告の中で筆者が特に興味をもったのが,「『古典』オーロラハンター」という市民参加型のイベントである。これは,日本の古代・中世の古典籍のなかから,オーロラに関する記述(例えば赤いオーロラを意味する「赤気」という文字等)の抽出作業をワークショップ形式で行うというものである。その目的は古典籍を読んで内容を理解することを目指すというものではなく,参加者が決まった文字を古典籍から探すということにある。シンポジウム後の懇親会の席で山本氏は「研究者が日ごろ実際に行っている研究を「疑似体験」してもらうもの」と,そのコンセプトを印象的な表現で紹介していたが,そのコンセプトは図書館界が開催する各種イベントでも応用できそうな考えだと感じた。実際,「『古典』オーロラハンター」は参加者に大変好評で,その結果を基に研究成果としても発表しているとのことである。また,京都大学教授の安岡孝一氏は,漢字・漢文処理に関する自身の研究報告を行い,そして,弊学教授の二階堂善弘は,20年続く漢字文献情報処理研究会(E2010参照)の活動について紹介した。最後には,聴衆を交えた総合討論が行われ,2日間の充実したシンポジウムは締め括られた。
各講演者からは,東アジア文化研究にとってのデジタル環境や研究手法というテーマを通じて,デジタルアーカイブを取り巻く動向やそれを構築するにあたって求められる考え方や機能等が紹介された。一方で,構築されたデジタルアーカイブの永続的な保存は議論のテーマとして明確に登場しなかったように思う。この点,デジタルアーカイブの構築担当者としては,本プロジェクト終了後の「次」を見据えながら構築を進めなければならないと強く感じた。いずれにせよ各講演者からは,KU-ORCASのこれからのプロジェクト推進に向けて大きな指針を与えられたと理解している。KU-ORCASの構築するデジタルアーカイブが「東アジア文化研究リソースの宝庫」となることを目指して,今後とも関係各位のご指導・ご協力を賜りたい。
関西大学アジア・オープン・リサーチセンター・菊池信彦
Ref:
http://www.ku-orcas.kansai-u.ac.jp/news/20180201_49/
https://www.youtube.com/channel/UC9XVZzmWVc1q120WS023GRQ
http://dh.chinese-empires.eu/markus/beta/
https://projects.iq.harvard.edu/cbdb/home
https://www.nijl.ac.jp/pages/cijproject/20180218_workshop.html
E1967
E2010
CA1905
※本著作(E2021)はクリエイティブ・コモンズ 表示 4.0 国際 パブリック・ライセンスの下に提供されています。ライセンスの内容を知りたい方はhttps://creativecommons.org/licenses/by/4.0/legalcode.jaでご確認ください。