カレントアウェアネス-E
No.413 2021.05.27
E2387
第7回全国史料ネット研究交流集会<報告>
酒田市美術館・井上瑠菜(いのうえるな)
2021年2月20日・21日の2日間にわたり,NPO法人宮城歴史資料保全ネットワークを中心とした実行委員会主催で,第7回全国史料ネット研究交流集会(以下「本集会」)がオンライン開催された。「資料ネット」(CA1995参照)は,大学教員や大学院生・学部生,史料保存機関職員,地域の歴史研究者らが協力し合い,災害から歴史資料を保全し,災害の記録を保存するために立ち上げられたボランティア団体である。1995年の阪神淡路大震災を機に設立された歴史資料ネットワーク(CA1743参照)を皮切りに,この保全活動は全国に広がり,現在では28もの「資料ネット」が各地で立ち上がりネットワークを構築している。この全国史料ネット研究交流集会は2015年から毎年会場を変えて開催され,各地の「資料ネット」が集まり,設定されたテーマについての情報共有と資料保全活動のあり方に関して議論を重ねる貴重な機会となってきた。
本集会では「東日本大震災10年をふりかえって」と「COVID-19下における資料保全活動」という2つのメインテーマが設定され,1日目と2日目にわけて各団体から多くの報告があった。1日目の基調講演では東日本大震災資料保全について講演があった。平川新氏(東北大学名誉教授),高埜利彦氏(学習院大学名誉教授),日沖和子氏(米・ハワイ州立大学マノア校図書館・資料保存司書)が登壇し,宮城歴史資料保全ネットワークの設立から携わり東日本大震災での資料レスキューや保全活動を先導してきた平川氏,「私たちはなぜ文化を守るのか?」という問いを通じて,社会における資料レスキューの活動の意義を示した高埜氏,米国の事例を紹介し,災害時にどういった手順で資料レスキューがなされ,それが日本の事例とどう異なるかを示した日沖氏と,3つの視座からお話がなされた。基調講演からは,これまでの資料保全活動によって形成された,地域の歴史文化の創成や地域の歴史資料の保全方法を研究する地域歴史資料学・歴史資料保全学といった新たな学問分野や,専門家だけではなく行政や学生,地域住民のネットワークの広がりについて知ることができた。また,パネルセッション「東日本大震災10年 現在までの軌跡」では,この基調講演をめぐっての討論と,東日本大震災に対応した6つの資料ネット等からの報告,レスキューの事例や被災資料と災害資料について,行政や博物館,大学関係者等の8人から報告があった。また、1日目のプログラム後にはイブニングセッションが設けられ、各地の資料ネット17団体から活動内容を紹介するポスターセッションと2日目の分科会で座長を務める3人からテーマの紹介やアピールがあった。
2日目は分科会,2021年2月13日に発生した福島県沖地震に関わる緊急情報交換会,新型コロナウイルス感染症(COVID-19)下における各資料ネットの資料保全活動についての報告,資料ネット13団体からの全国資料ネット報告会(リレートーク)が行われた。分科会ではそれぞれ「資料保全の担い手の広がりと未来part2」,「史料ネット活動の発展的継承と普遍的課題-歴史資料が価値あるものとされる社会とは-」,「災害支援としての歴史資料保全を考える」とテーマを設け,登壇者だけでなく参加者を交えた活発な議論が行われた。例えば,筆者も登壇した「資料保全の担い手の広がりと未来part2」では,資料保全の担い手を若手に限定していいのか,担い手を育成するために必要な環境はなにかなど課題が挙げられた。また,現在の資料保全活動が直面する大きな課題であるCOVID-19下における活動の報告では,各団体で活動を継続していくための工夫が共有された。特に合同会社AMANE やNPO法人歴史資料継承機構じゃんぴんで作成された資料調査や保全活動のガイドラインは,COVID-19下において資料保全活動が可能であることを示したのではないだろうか。情報共有する場として,全国集会の意味を実感する機会ともなった。
これらの報告を通じて,継続的な,あるいは始まったばかりの資料保全活動にある課題というのは各地域や各所属によって,活動の広がりや技術面での不安などさまざまであることがよくわかった。また,こうした集会の場が,各地域での活動における課題の共通点や相違点の発見につながり,それを互いに協力し,補えるようなネットワーク作りに大いに貢献していることを実感した。資料ネットと地域の連携,COVID-19下での活動の模索,歴史資料保全活動の未来の担い手など……今,直面しているさまざま課題に対する新たな試みを共有し,さらなる資料ネットの活動の展開につながっていく,そのような有意義な会であったと感じた。
例年の集会と本集会の大きな違いはZoomを用いてオンラインで開催したことであった。今年,東日本大震災から10年を迎え,その被災地である仙台での開催が予定されていたが,COVID-19の感染拡大のため,オンラインでの開催となった。これにより,現地視察ができないことや対面で交流ができないことのデメリットは生じた。しかし,参加者が定員の300人に達したことから,物理的距離というハードルを越えて,国内外問わずどこからでも参加できるひらかれた交流を成功させることができたと言えるのではないだろうか。
Ref:
“「第7回全国史料ネット研究交流集会」の プログラムが確定しました”. NPO法人宮城歴史資料保全ネットワーク. 2021-02-08.
http://miyagi-shiryounet.org/netnews395/
天野真志. 資料保存をとりまくネットワーク—災害対策と地域社会をめぐる動向—. カレントアウェアネス. 2021, (347), CA1995, p. 22-25.
https://doi.org/10.11501/11648996
川内淳史. 被災資料を救う:阪神・淡路大震災からの歴史資料ネットワークの活動. カレントアウェアネス. 2011, (308), CA1743, p. 2-3.
https://doi.org/10.11501/3192155