E2326 – 福島における震災アーカイブズの構築と資料収集の方針

カレントアウェアネス-E

No.403 2020.11.26

 

 E2326

福島における震災アーカイブズの構築と資料収集の方針

東日本大震災・原子力災害伝承館・瀬戸真之(せとまさゆき)

 

●事業の概要

   2020年9月20日に開館した東日本大震災・原子力災害伝承館は福島県が設置した震災伝承施設である。当館は(1)原子力災害と復興の記録や教訓の未来への継承・世界との共有,(2)福島にしかない原子力災害の経験や教訓を生かす防災・減災への寄与,および(3)福島に心を寄せる人々や団体と連携し,地域コミュニティや文化・伝統の再生,復興を担う人材の育成等による復興の加速化への寄与,の3点を基本理念としている。この基本理念に基づき,展開されている4つの事業を紹介する。

  1. 収集・保全事業
    東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)により引き起こされた一連の災害に関わる資料を幅広く収集し,2020年10月現在でおおよそ24万点を収蔵している。資料収集は2017年度に始まり2019年度までは福島大学うつくしまふくしま未来支援センターが担当し,現在は当館が資料収集にあたっている。収集資料の種類は多岐にわたる。例えば地震で落下した大型照明器具,津波で基礎ごと流された郵便ポスト,原子力災害による長期避難を示す仮設住宅の物品などがある。また,これらに関係する写真・動画・音声も収集している。さらに被災当時の様子についてインタビュー調査も実施した。収集にあたっての資料選定や収集資料の保全については後述する。

  2. 調査・研究
    当館は館内に研究室を備えており,現在3人の上級研究員が活動している。今後研究員を拡充し,専門的知見に基づく研究活動を展開することとしている。主な研究テーマは放射線の影響への対応,複合災害における行政対応,地域コミュニティの崩壊・再生と住民意識の変遷,地域産業の崩壊・再生と産業構造の変遷である。さらに研究員はこれらの研究を進めるとともに当館が取り組む,他研究機関との共同研究事務局の運営,研究成果に基づく地方公共団体の職員等向けの専門研修プログラムの構築および実施,当館が実施する各種事業への参画,関係国際機関・学会・研究機関との連携に係る業務を行うことも見据えて活動している。

  3. 展示・プレゼンテーション
    展示室には収集した資料のうち,約170点の実物資料を展示し,さらに映像や解説で観覧者の理解を助けている。展示はプロローグと5つの展示ゾーンから構成され,それぞれの展示ゾーンは次のような展示ストーリーに基づいて配置されている。すなわちプロローグ,1.災害の始まり,2.原子力発電所事故直後の対応,3.県民の想い,4.長期化する原子力災害の影響および5.復興への挑戦,の合計1+5ゾーンである。この展示ストーリーは発災から現在の状況までを時系列で追うように構成している。それぞれの展示ゾーンには収集した実物資料に加え,証言映像・解説映像・解説パネルおよびタッチパネルが置かれ,観覧者により多く,事実に基づくより深い情報を発信している。

  4. 研修
    東日本大震災で福島県が経験した原子力災害を含む複合災害は世界でも希有な事例である。この特徴を活かし,学校・地方公共団体・企業に向けた研修を提供する。なお,本稿執筆時点では観覧者を対象とした「一般研修」のみが実施されている。

●資料収集と保全

   ここまで述べたように当館では実物資料を収集し,さらに展示の中核として生かしている。この資料収集の現場では常に「ゴミか資料か」という議論が起きた。すなわち,災害資料を収集するにあたって収集者の目の前にあるものが後世に伝えるべき資料なのか,あるいはゴミなのかが問われ続けたのである(CA1743参照)。筆者は災害資料の第一義的な定義として「震災がなければ生じなかった書類・物品」と考えている。しかしながら,これをすべて収集することは現実的ではないし,そもそもすべてを収集する価値があるかも疑問である。そこで,2つの視点から資料を選択した。第一は災害そのものを伝える資料で,今後の防災(教育)や減災に資すると判断できるものである。例えば地震や津波の威力を伝えるような資料(破損した道路標識等)が挙げられる。第二には原子力災害で顕著な問題となった長期避難によって失われつつある「地域」「ふるさと」を象徴するもの(例えば取り壊される学校の中に残されていたもの等)である。

   これらの資料を保全し,超長期にわたって伝承することは保存科学の観点から非常に難しい。和紙に墨で書かれた古文書と異なり,さまざまな化学物質や製法によって作られている震災資料はその保存方法が確立されていないのである。開館したばかりであるが,震災資料の収集基準に加え,その保全・保管方法や展示手法について,さらに議論を深めたい。

Ref:
瀬戸真之. 原子力災害-現在進行中の災害を記録するには-.地理,2018, 63(4),p. 46-53.
瀬戸真之. “福島の復興過程と災害経験知の伝承”. 福島復興学,山川充夫,瀬戸真之編,八朔社,2018, p. 103-113.
瀬戸真之. 特集1, 震災の記録と記録:東日本大震災における災害資料のアーカイブズ化とその役割. 学術の動向, 2019,24(4), p. 32-37.
https://doi.org/10.5363/tits.24.9_32
瀬戸真之. 原子力災害被災地における災害アーカイブズ構築のための資料収集とその課題. 地学雑誌,2020, 受理済・印刷中.
川内淳史. 被災資料を救う:阪神・淡路大震災からの歴史資料ネットワークの活動. カレントアウェアネス. 2011, (308), CA1743, p. 2-3.
https://doi.org/10.11501/3192155