E2738 – シンポジウム「2024年能登半島地震・各地からの報告」<報告>

カレントアウェアネス-E

No.488 2024.10.03

 

 E2738

シンポジウム「2024年能登半島地震・各地からの報告」<報告>

神戸大学大学院人文学研究科/歴史資料ネットワーク・跡部史浩(あとべふみひろ)

 

  歴史資料ネットワーク(史料ネット)は1995年の阪神・淡路大震災の発生を受けて、関西に拠点を置く歴史学会が中心となって設立された、大規模災害時の資料保全活動を行うボランティア団体である(CA1743参照)。2024年8月4日、総会シンポジウム「2024年能登半島地震・各地からの報告」を開催した。史料ネットでは、2024年1月1日に発生した令和6年能登半島地震の被災地における博物館、資料館、関連団体からの報告によって、資料保全活動の現状や、活動の長期化も見据えた情報発信のあり方などについて議論を深めることを本シンポジウムの目的に設定した。当日は対面11人、オンライン約70人の参加があった。以下、各報告ならびに討論の概要を述べる。

●報告1 高岡市立博物館(富山県)・仁ヶ竹亮介氏

  博物館の沿革、常設展示の内容、資料寄贈の呼びかけといった通常時の活動が整理されたうえで、6月までに実施された7件のレスキュー事例が報告された。報告では、指定管理者制度のもとでの市役所との連携不足や、日常的な歴史民俗資料の収集・調査活動の不足、レスキューした水損資料の対処といった課題点も強調された。

●報告2 氷見市立博物館(富山県)・廣瀬直樹氏

  はじめに、市内の被害状況、ならびに発災後の初動対応が報告された。続けて、同館では1月13日から資料レスキューの広報が開始されており、縫い針産業に関わる資料群などを中心に事例紹介が行われた。災害時に所蔵者に状況確認を行うタイミングの難しさや、災害ボランティアが資料を含む家財を片付けてくれて助かったという所蔵者の声など、現場での印象的な体験にも言及がなされた。

●報告3 新潟歴史資料救済ネットワーク(新潟史料ネット)・原直史氏

  新潟大学災害・復興科学研究所による分析も用いながら、新潟市を中心とする被害状況が共有され、1964年の新潟地震で液状化した箇所で被害が生じていることなどが指摘された。続いて、新潟史料ネットによる県内市町村の担当部署や、新潟市西区ボランティアセンターなどを対象にした周知活動、上越市で新たに結成された「上越の歴史的建造物と景観を守る会」の紹介など、県内の状況が報告された。

●報告4 羽咋市歴史民俗資料館(石川県)・中野知幸氏

  羽咋市内の被害状況について、遺跡調査の知見も活用しながら、古邑知潟河口部などに被害が集中していることが指摘された。次に、1月10日から本格的に開始されたレスキュー資料の受け入れのほか、災害ごみ置き場に集積された民具の対応や、文化財防災センターと連携した資料レスキュー、史料ネットと連携した下張り文書の解体ワークショップなどの活動が報告された。今後の課題として、民具の保管場所の確保、レスキュー資料を用いた展示会などを通じて調査と市民への呼びかけを継続することなどがあげられた。

●報告5 いしかわ歴史資料保全ネットワーク(いしかわ史料ネット)・上田長生氏

  2024年3月1日のいしかわ史料ネットの設立に至るまでの経過が、発災後の石川県や資料所蔵機関、関係団体の動向も含めて整理された。その後、いしかわ史料ネットが実施したレスキュー事例の紹介(珠洲市、能登町はじめ3市3町)が行われた。今後の課題として、各自治体の文化財担当職員にかかる負担や、レスキュー資料の整理と将来的な返却の問題、能登地域における歴史文化保全のための拠点の必要性などが訴えられた。

●全体討論

  戸部愛菜氏、仲田侑加氏、松下正和氏(いずれも史料ネット)の司会によって進められた。

  はじめに、参加者から今回の災害をふまえた日常時の備えについて質問が出された。これについては、文化財の三次元計測の有効性(中野氏)、平時から所蔵者との関係性を深めることの重要性(廣瀬氏)、博物館による資料収集活動や資料に対する理解について、様々な機会をとらえて市民に周知すること(仁ヶ竹氏)といった応答がなされた。

  次に資料レスキュー活動の進め方に関して、公費解体の日程等との兼ね合いがあるなかで、所蔵者からどのように理解を得たかが質問された。報告者からは、多くの所蔵者は資料を「資料」と思っておらず、説明を積み重ねること(上田氏)、新潟市では資料レスキューを実施できていないが、被害が大きい地域では1970年代以後に建築された家が多いことから、昭和期の資料についてもアプローチの工夫が必要であること(原氏)、ゴールデンウイークなど家屋の片付けが活発化する動きを読みながら呼びかけること(中野氏)などの応答があった。また、所蔵者の家族でさえ資料の廃棄を止められないケースが指摘された(廣瀬氏)一方、新聞・SNSなどの発信を通じて地域内で顔を覚えてもらえたことが、信頼関係を築く端緒になった(仁ヶ竹氏)との指摘もなされた。

  フロアからは、復興計画及び復興基金の中に文化財の保全修復を組み込むことができるか、各自治体の防災部局との連携が今後の課題ではないかとの意見も出されるなど、活発な討論が行われた。

  本企画終了後、2024年9月16日には能登半島地震に関する第2回目の資料ネット意見交換会がオンラインで開催された。レスキュー資料の整理が一部で開始されていること、冬季を迎えるにあたり事前に活動のあり方を検討すべきことなどが指摘された。被災地の資料保全をめぐる状況は、シンポジウム開催から1か月を経て変化しつつあり、この間も様々な報告会や情報発信の試みが行われている。また、本稿執筆中の9月21日には、能登地方において線状降水帯による豪雨災害が発生した。史料ネットとしても引き続き情報共有・意見交換の場を設けながら、被災地のニーズに即した活動を模索していきたいと考えている。

Ref:
2024年度歴史資料ネットワーク総会シンポジウム「2024年能登半島地震・各地からの報告」のお知らせ(8/4、対面・オンライン併用). 歴史資料ネットワーク. 2024-07-06.
https://siryo-net.jp/event/annual-symposium2024/
“【令和6年能登半島地震】文化財レスキュー展示のご案内”. 文化財防災センター. 2024-07-27.
https://ch-drm.nich.go.jp/facility/2024/07/6-2.html
高岡市立博物館.
https://www.e-tmm.info/
氷見市立博物館.
https://www.city.himi.toyama.jp/section/museum/index.html
氷見市立博物館. 氷見市文化財レスキューのお願い.
https://www.city.himi.toyama.jp/section/museum/bunkazairesukyu.pdf
羽咋市歴史民俗資料館.
https://www.city.hakui.lg.jp/rekimin/index.html
新潟歴史資料救済ネットワーク.
http://nrescue.s1006.xrea.com/
いしかわ歴史資料保全ネットワーク.
https://sites.google.com/view/ishikawashiryonet/
川内淳史. 被災資料を救う:阪神・淡路大震災からの歴史資料ネットワークの活動. カレントアウェアネス. 2011, (308), CA1743, p. 2-3.
https://doi.org/10.11501/3192155