E2386 – ラウンドテーブル「デジタル公共文書を考える」<報告>

カレントアウェアネス-E

No.413 2021.05.27

 

 E2386

ラウンドテーブル「デジタル公共文書を考える」<報告>

慶應義塾大学文学部・福島幸宏(ふくしまゆきひろ)

 

●はじめに

   2021年1月12日,東京大学大学院情報学環DNP学術電子コンテンツ研究寄付講座の主催により,ラウンドテーブル「デジタル公共文書を考える-公文書・団体文書を真に公共財にするために-」がオンラインで開催された。

   この企画は,2019年6月の「アーカイブサミット2018-2019」(E2167参照)第2分科会における「『官』に独占された『公文書(official document)』概念を捉え直す」の議論を受け継ぎ,デジタルアーカイブ論の視点から「デジタル公共文書」という概念の意義と,その展開の可能性を考える出発点として設定された。

●基調講演と話題提供

   当日は,柳与志夫氏(東京大学)の趣旨説明のあと,御厨貴氏(東京大学名誉教授)による基調講演「ガバナンスにおけるデジタル公共文書の意義」が行われた。ここでは,トランプ政治と安倍政治,「災後」の時代,官邸・官房への権力集中,SNSと公文書という4つのトピックを巡って講演が展開し,これまでの公文書管理の概念では様々な政治の力学が記録として残せないのでは,という提起があった。続いて,生貝直人(東洋大学:当時),加藤諭(東北大学),林和弘(科学技術・学術政策研究所)の各氏から,「デジタル公共文書はどのような要件として設定できるか」「その明示的決定・管理プロセスは構築可能か」「それを最大限社会的に利活用できる仕組みをどのように保障するか」という3本の話題提供があった。

●討議:社会インフラとしてのデジタル公共文書

   その後,吉見俊哉氏(東京大学)を司会とし,御厨,生貝,加藤,林の4氏に,長坂俊成(立教大学),三木由希子(情報公開クリアリングハウス),山川道子(プロダクションIG),山本唯人(法政大学大原社会問題研究所)の各氏および筆者(東京大学:当時)が参加した「討議:社会インフラとしてのデジタル公共文書」が行われた。

   以下,討議の記録から重要な点を抜き出してみる。まずは,デジタル公共文書の定義はなるべく広く考え,例えば,公共の役に立つデータを基本的にデジタル公共文書として考える,という議論があった。連動して,政府との健全な緊張関係を持てない市民社会の側の問題や,デジタルトランスフォーメーションのなかで,官僚も安心して情報公開できる仕組み作りについても言及があった。さらに,公共文書やデータを長く保存する仕組みを確立するための,ダークアーカイブやストレージの重要性,プラットフォームの同一化などの議論があった。またデジタル化を前提とした発想として,日常活動のログを残し,さらに利活用のログも残すこと,意思決定の検証のために多様なデータを残す重要性,利用ログも含めつつ,しかし簡略に記述する,という新しいメタデータの考え方の構築,などの指摘があった。

   また,御厨氏の,公文書・公共文書に対する敷居を下げつつ文脈と歴史を作っていく工夫,という発言に続いて,最後に吉見氏が指摘した「協働」という観点の提出が特に重要となろう。公文書は,権力が適正に行使されているかの検証や監視のために作成され,管理されるものであるが,「公共文書」と概念を広げることによって,より各自の問題となる。敷衍すれば,公文書のみならず,企業・団体・大学・コミュニティなどが作成し,公共性が認められる文書が,杜撰に管理されているが故に活用ができないとすれば,それは社会全体の責任となろう。一方,適切に管理・運用されれば,政治的・社会的・学術的な情報源として非常に貴重なものとなる。そのために,あらゆるセクターに緊張関係を維持した「協働」が求められることとなるのである。

●おわりに

   現在,認証アーキビスト制度の発足(E2251参照)やオープンサイエンスのますますの本格化など,この「デジタル公共文書」の発想を後押しする流れがある。一方,国家の根幹である統計の根拠が疑われ(CA1975参照),コロナ禍への対応の遅れの要因のひとつとしてデジタルトランスフォーメーションの遅れが指摘されている。

   この状況下で,本ラウンドテーブルで見いだされた「協働」をどのような形で達成するか,がわれわれに突きつけられている。そのためにも「デジタル公共文書」を巡る議論を継続して行えればと考える。

Ref:
“ラウンドテーブル「デジタル公共文書を考える-公文書・団体文書を真に公共財にするために-」の開催(2021/1/12)”.東京大学大学院情報学環DNP学術電子コンテンツ研究寄付講座.
http://dnp-da.jp/events-and-news/20201120/
御厨貴. 基調講演「ガバナンスにおけるデジタル公共文書の意義」 (ラウンドテーブル「デジタル公共文書を考える : 公文書・団体文書を真に公共財にするために」). デジタルアーカイブ学会誌, 2021, 5(2). p.76-80.
林和弘. オープンサイエンスパラダイムに向けた公共文書・データの利活用: 一方向の伝達と監視から双方向性のある協働へ. デジタルアーカイブ学会誌, 2021, 5(s1), p. s71-s74.
https://doi.org/10.24506/jsda.5.s1_s71
アーキビスト認証(国立公文書館).
http://www.archives.go.jp/ninsho/
研究データ基盤整備と国際展開ワーキング・グループ.研究データ基盤整備と国際展開ワーキング・グループ第2フェーズ報告書. 2021, 40p.
https://www8.cao.go.jp/cstp/tyousakai/kokusaiopen/dai2_hokokusho.pdf
井上奈智,眞籠聖. アーカイブサミット2018-2019<報告>. カレントアウェアネス-E. 2019, (374), E2167.
https://current.ndl.go.jp/e2167
国立公文書館統括公文書専門官室人材育成担当.アーキビスト認証制度創設の検討について. カレントアウェアネス-E. 2020, (389), E2251.
https://current.ndl.go.jp/e2251
福島幸宏. オルタナティブな情報を保存する:統計不正問題からこれからの図書館を考える. カレントアウェアネス. 2020, (344), CA1975, p. 4-6.
https://doi.org/10.11501/11509685

 

 

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