E2340 – 感情労働者たる図書館職員を保護するための指針(韓国)

カレントアウェアネス-E

No.405 2020.12.24

 

 E2340

感情労働者たる図書館職員を保護するための指針(韓国)

関西館図書館協力課・武田和也(たけだかずや)

 

   日本においては,以前から,利用者対応に関わって,図書館職員の疲弊・困惑・憤りや,退職に追い込まれた事例の報告・紹介が行われている。そのような現場での問題を受け,この間,図書館界の専門誌では,図書館職員のメンタルヘルス・感情労働(感情を管理して職務を遂行する労働)・カスタマーハラスメント(カスハラ)に関する記事も現れ始めてきている。そこでは,日本の図書館界においても,米国と同様,図書館学・図書館情報学の見地からの図書館職員のストレス緩和等に関する研究・考察の拡充(理論)や,組織全体でのメンタルヘルスの体制の整備(実践)の必要性等も指摘されている。

   隣国・韓国の首都・ソウル特別市(以下「ソウル市」)でも,同市が2019年6月から11月にかけて市内の公共図書館を対象に実施した「公共図書館運営・雇用実態調査」において,図書館職員の67.9%が利用者からの暴言を,14.9%がセクハラを受けたことが明らかになった。同調査を受け,2019年11月,ソウル市長は図書館職員の人権擁護・処遇改善策を策定するよう口頭で指示を出し,2020年1月,図書館・労働問題・人権関係の専門家,公共図書館の館長,現場で働く図書館職員や労働組合員等33人で構成される「司書の権益改善タスクフォース」が設置された。そして,同タスクフォースでの半年間の議論を経て,2020年8月,利用者からの被害に悩む市内の公共図書館職員の保護等を目的に策定されたのが,本稿で紹介する「ソウル地域公共図書館司書等感情労働者保護ガイドライン」である。

   同ガイドラインは,2020年5月から6月にかけて市内の公共図書館における感情労働者の保護制度の現状調査も行った上で策定されており,業務中に感情労働により発生する可能性がある被害を予防するとともに,被害発生時に,公共図書館および監督官庁(市役所・区庁,教育庁)が実行すべき組織レベルでの役割・責務として次のような「7大指針」を示している。

  •  ソウル市の各自治区・ソウル市教育庁・各公共図書館は,図書館運営指針に感情労働保護に関する事項を明記する。
  • 図書館職員を感情労働者として保護することに対して市民から共感を得るための積極的な広報を実施する。
  • 各公共図書館において,職場構成員が参加して,各館の状況に応じた感情労働保護マニュアルを整備する(図書館職員に一方的・無条件の謝罪を求めないこと等を盛り込む)。
  • 感情労働に係る問題の発生を予防するための研修を実施し,相談窓口の利用を保証する。
  • 感情労働により精神が消耗した際の適切な休憩を保障する。
  • 感情労働に係わって発生する問題に対応するための苦情処理制度を整備する。
  • ソウル市の各自治区・ソウル市教育庁は,同ガイドラインによる感情労働者保護が実効力を持つよう,環境を持続的に管理し点検する。

   また,同市の図書館政策の策定・施行を担うソウル図書館では,同ガイドラインが現場で効果を発揮するよう,市内の区立図書館数館においてモデル事業を行うとした。そして,モデル館ごとのガイドライン策定支援,市民からの共感の増進,図書館職員自身が自らの権利を理解するための研修の実施を目的に,8月,ソウル図書館およびモデル事業実施館と,同分野の専門機関であるソウル市感情労働従事者権利保護センターとが業務協約を締結している。9月には,市内の公共図書館が各館ごとの感情労働者保護制度を策定する際の参考となるよう,ソウル図書館が市内176の公共図書館に同ガイドラインを配布したほか,モデル事業実施館を所管する各自治区長宛に上記研修のスケジュールを通知する等,着々と取組が進展しているように思われる。

   翻って日本の状況はどうであろうか。2020年6月1日に施行された改正女性活躍・ハラスメント規制法や,人事院規則10-16(パワー・ハラスメントの防止等)の運用指針において,事業主や各省各庁の長に対しカスハラへの組織的な対応を求めている。厚生労働省においても,令和3年度(2021年度)の予算概算要求で,カスハラ対策の企業マニュアルの策定・周知を行うとしている。日本の図書館界においても,職場環境の改善に資するため,課題視されている図書館職員のメンタルヘルス・感情労働に係る分野の理論・実践両面を発展させる必要がある状況といえ,ソウル図書館による同取組についてはそのための参考となるのではないだろうか。なお,同タスクフォースでは,「公共図書館運営・雇用実態調査」において,同市の公共図書館の非直営館や非正規雇用職員の比率が高いことが明らかになったことを受け,図書館職員の雇用契約の内容や賃金面での処遇改善・権益保護を目的とした「ソウル特別市司書等の権益保護・地位向上に関する条例」の制定や,「ソウル地域民間委託公共図書館司書等の労働条件保護ガイドライン」の策定も推進している。この両件については現時点では未成立であるが,日本においても課題視されている分野であることから,こちらの今後の動向についても,あわせて注視しておきたい。

Ref:
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http://www.klsi.org/bbs/board.php?bo_table=B03&wr_id=2524
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https://www.seoul.go.kr/news/news_report.do#view/306378
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http://www.emotion.or.kr/?c=notice&m=vread&gnb=notice&lnb=activity&brd_seq=576
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http://opengov.seoul.go.kr/sanction/20651855
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http://opengov.seoul.go.kr/sanction/21167865
“서울지역 공공도서관 감정노동자 대상 <찾아가는 감정노동 권리보장교육> 교육 일정 통보 ”. 서울특별시. 2020-09-29.
http://opengov.seoul.go.kr/sanction/21298641
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http://opengov.seoul.go.kr/sanction/20888771
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