カレントアウェアネス-E
No.399 2020.10.01
E2306
「学芸大デジタル書架ギャラリー」の公開
東京学芸大学附属図書館・高橋菜奈子(たかはしななこ)
東京学芸大学附属図書館では,2020年6月25日に当館ウェブサイト上で図書館内の書架の画像を提供する「学芸大デジタル書架ギャラリー」を公開した。教育学分野を中心に本の背表紙の画像を閲覧できるようにするとともに,書架を3次元で表現した「3D書架」も公開した。画像データはオープンデータとして再利用可能である。
●背景
当館は,新型コロナウイルス感染症拡大に係る緊急事態宣言を受け,2020年4月9日から臨時休館となった。4月15日の時点で「在宅で利用できる図書館サービス」のページを開設し,電子書籍の追加購入やキャンパス外からのアクセスの確保などデジタルリソースの提供に関する取り組みを進め,学習支援のための人的な相談窓口としてレファレンスのオンライン受付を開始している。
緊急事態宣言解除前後,5月20日から郵送による貸出,6月2日から予約取り置きした本の貸出と,順次,貸出サービスを再開したが,予想よりも貸出件数は伸びなかった。この原因の一つとして,開架スペースへの立ち入りを制限していたため,実際に本を見ることができず,OPAC検索だけでは欲しい本を特定できないのではないかという仮説のもと,ウェブサイト上で書架を眺めて本を探せるサービスを考えた。
●学芸大デジタル書架ギャラリーとは
図書館には,思わぬ本との出会いがあり,知的な刺激をうけることのできる「場所」としての機能がある。館内に入館できなくても,本がある学習空間をオンラインで提供するため,ウェブサイト上で書架のブラウジングができるようにしたのが「学芸大デジタル書架ギャラリー」である。図書館という「場所」のデジタル化を試みたものとも言える。
その提供方法は二つある。一つは静止画像を並べて表示した静的なウェブページである。パソコンとスマートフォンでの視認性を考慮して,書架4連を1ページに収めた。2段で1枚の静止画とし,当館の書架は7段なので,縦4枚横4枚合計16枚の画像が表示される。最もよく利用される2階開架書架を対象とし,公開当初は日本十進分類法(NDC)370(教育),371(教育学. 教育思想),375(教育課程. 学習指導. 教科別教育)から375.2(生活指導. 生徒指導)の19連分約6,400冊の背表紙画像を提供した。順次追加し,9月1日時点でNDC370番台(教育)の開架書架すべて(56連)約1万9,600冊が収められた224枚の画像を提供している。
もう一つが「3D書架」である。Unityという3D開発プラットフォームを利用し,当初撮影した書架のうち16連を作成した。マウスやキーボードの操作により書架画像を様々な角度から見られるだけでなく,空中に表示される分類の見出しのように現実には存在しないナビゲーションも可能となっている。
●実施の体制と進め方
この取り組みは一般社団法人東京学芸大Explayground推進機構(以下「Explayground」)の活動の一つとして展開した。Explaygroundは,Mistletoe Japan合同会社と本学の包括的連携事業協定のもとに,「遊び」から生まれる「学び」に着目し,何かに没頭する中から得る学びを大切にしながら,新しい公教育のモデル形成に取り組んでいる。産官学民からなる多様な参加者が主体的に参加しており,当館も「図書館と知の未来」を再構築するMöbius Open Library というラボを立ち上げて,参画している。
実験的なアイデアであること,実現までのスピード感が重要であること,Explaygroundの技術支援が得られることから,ラボ活動として位置づけ,よく利用される一部の書架に絞って撮影し,短期間に集中的に取り組んだ。「3D書架」はExplaygroundに試作品を作成してもらった。最初から網羅性や完璧さを目指さないプロジェクトの進め方により,着想から約3週間で公開に至っている。
●画像のオープンデータ提供
書架の静止画像データをオープンデータとして提供をすることとしたのは,研究者・学生や企業に興味をもってもらい,今回試作した「3D書架」のみならず,新しい研究・開発が進展することを期待したためである。学術・商用などの目的を問わず,自由に再利用できるようにクリエイティブ・コモンズ・ライセンスCC BYを採用した。
当初はライセンスをウェブサイトに明示するだけだったが,7月15日からは画像データの一括ダウンロードを可能とした。画像データのファイル名やリスト形式のメタデータの整備も行い,リストのファイルも提供している。
●学芸大デジタル書架ギャラリーの今後
公開のお知らせは,当館や大学公式のウェブサイトに掲載し,当館とExplaygroundのTwitterでも周知した。学長だよりで取り上げられ,SNSでも反響があった。公開1か月で約1,900件,2か月で約2,500件のアクセスがある。
今後の展開としては,まずは、利用者の行動にどのような変化をもたらしたかを分析していく必要がある。その上で,提供する書架画像を増やしていくことを検討している。再び臨時閉館を余儀なくされる事態に備えての措置である。誰でも取り組めるように,静止画像を静的なウェブサイトで公開する方法をマニュアル化することも予定している。また,画像メタデータはLinked Open Data(LOD;CA1746参照)としても提供する。
この取り組みは,コロナ禍への対策として,背表紙画像を公開した独自性のある事例となった。背表紙の画像認識の研究は以前から散見されるが,実サービスとして広く実装されるには至っていない。技術動向にあわせて新しいアイデアを追求していくことが,次の時代の図書館サービス開発の糸口になる。「遊び」の要素を入れながら,ウェブサイト上での図書館機能の効果的な提供方策を模索してきたい。
Ref:
“学芸大デジタル書架ギャラリー”. 東京学芸大学附属図書館.
http://library.u-gakugei.ac.jp/mol/shoka/index.html
“在宅で利用できる図書館サービス”. 東京学芸大学附属図書館.
http://library.u-gakugei.ac.jp/notice/20200415.html
Unity.
https://unity.com/ja
一般社団法人東京学芸大Explayground推進機構.
https://explayground.com/
Möbius Open Library.
https://note.com/mol_expg
國分充. “学長だより 本の背表紙を見るということ”.東京学芸大学. 2020-07-08.
https://www.u-gakugei.ac.jp/president/news/2020/07/post-8.html
武田英明. 動向レビュー:Linked Dataの動向. カレントアウェアネス. 2011, (308), CA1746, p. 8-11.
https://doi.org/10.11501/3192158