E2223 – 第1回SPARC Japanセミナー2019<報告>

カレントアウェアネス-E

No.384 2020.01.30

 

 E2223

第1回SPARC Japanセミナー2019<報告>

一橋大学附属図書館・寺島久美子(てらしまくみこ)

 

 2019年10月24日,国立情報学研究所において第1回SPARC Japanセミナー2019「人文社会系分野におけるオープンサイエンス~実践に向けて~」が開催された。以下,概要を報告する。

 小野英理氏(京都大学情報環境機構)より「オープンサイエンス的市民協働のために大学ができること」と題して次のような発表があった。オープンサイエンス(以下「OS」)とは情報通信技術の発展で可能になるオープンアクセス・オープンデータ・オープンコラボレーションによって,学術研究の透明性,協働,イノベーションを促進することを指す。協働の一例には市民参加型研究「シチズンサイエンス」(以下「CS」)がある。CSには国内外で多数の事例があり,政策面でもCS推進のための環境整備の必要性が言及されている。CSの推進には,組織としてCSに取り組むべきか,誰が担うのか,どうやって実践するのかが重要となる。CSの目的が組織の方針に合致するか見極め,組織間・部署間連携を推進する人材が担い手となることが期待される。大学等教育研究機関はポリシー策定や人材育成等を,図書館やデータセンターはキュレーション,公開,インフラ構築等の役割を担いうる。CS参加者の属性や動機を把握し,データの質を担保し,プロジェクト設計のための評価を行うことも重要といえる。

 小木曽智信氏(国立国語研究所,以下「国語研」)より「国立国語研究所の言語資源とオープンデータ・オープンサイエンス」と題して次のとおり発表があった。国語研はOSに向けてコーパス(言語を分析するための基礎資料として,書き言葉や話し言葉の資料を体系的に収集し,研究用の情報を付与した大規模データベース)やコーパス検索ツールを提供している。コーパスは研究の副産物ではなくその構築自体が目的で,構築者自らの編集著作物であり自己収入を生み出す経済的価値を持つことから,無償・無制限のオープン化は困難である。一方でコーパスに対するアノテーション(追加情報の付与)は公開できるため,コーパスを基盤としたOSが生まれる可能性がある。アノテーションをオープンデータとして「公開」し,使ったら「引用」し,コーパスをみんなで「育てる」環境構築のために,同氏は科学研究費補助金挑戦的研究(開拓)「日本語コーパスに対する情報付与を核としたオープンサイエンス推進環境の構築」の研究代表者として取り組んでいる。

 加納靖之氏(東京大学地震研究所)より「「みんなで翻刻」にみる歴史地震研究への非専門家の参加」と題して次のとおり発表があった。「みんなで翻刻」は歴史災害資料の市民参加型翻刻プロジェクトであり,くずし字学習支援アプリKuLAとの連携によってくずし字を学習しながら翻刻作業に参加できる。くずし字認識AIを搭載して初学者も翻刻に挑戦しやすい環境を整え,国際的な画像の相互運用の枠組であるIIIF(E1989参照)にも対応している。「みんなで翻刻」は過去の地震に関する発見を意図していたが,実際には多数が参加したことで集合知が得られ,歴史資料や自然災害への関心が高まる効果も得られた。一方で専門家による研究への活用はまだ模索段階であり,開発・運用を限られたメンバーで行う現体制には限界もある。研究データやプロセスの共有には,興味・関心を共有できる対象(プロジェクト)の形成が重要であり,専門家・非専門家のコミュニケーションのデザインが必要といえる。

 各講演を踏まえたパネルディスカッションでは,中村美里氏(東京大学附属図書館)から大学図書館等におけるOSの事例として,国文学研究資料館(以下「国文研」)の日本古典籍データセット等の公開と,東京大学の「東京大学デジタルアーカイブズ構築事業」に関する話題提供があった。国文研の江戸料理レシピデータセット公開には予想以上に「OSのグッドプラクティスだ」という反響があり,東京大学でも多様な学術資産等のオープンデータ化が進められている。大学図書館が人社系OSのインフラとなりうるかまだ解はないが,データの公開や広報,リテラシー教育等,支援できることは多いといえる。その後の議論では,OSには非専門家の人々を巻き込むことと,出来上がったものを活用しあうことが欠かせず,研究者,図書館員,大学のリサーチ・アドミニストレーター(URA)らが垣根を作らず話し合っていくことが重要という意見が交わされた。

 最後に武田英明氏(国立情報学研究所)より,デジタルアーカイブの構築はOSの一手段で,研究プロセス自体がオープンになるのが本当のOSであるという閉会挨拶があった。本セミナーは人社系OSにおける運営体制,人材,評価(E1733参照)等の課題を浮き彫りにする一方で,多彩な事例により「人社系はオープン化が遅れている」という固定観念を変えるものであった。人社系OSの動向を今後も注視したい。

Ref:
https://www.nii.ac.jp/sparc/event/2019/20191024.html
https://www8.cao.go.jp/cstp/kihonkeikaku/5honbun.pdf
http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-24-gs2019-4j.pdf
https://www.ninjal.ac.jp/database/type/corpora/
https://kaken.nii.ac.jp/grant/KAKENHI-PROJECT-19H05477/
https://honkoku.org
https://v1.honkoku.org
https://www.ndl.go.jp/jp/library/training/guide/siryo_special_lecture.pdf
https://www.nijl.ac.jp/pages/cijproject/data_set_list.html
https://www.nii.ac.jp/news/release/2015/1104.html
https://www.nii.ac.jp/dsc/idr/
http://codh.rois.ac.jp/edo-cooking/
https://cookpad.com/recipe/list/14604664
https://www.lib.u-tokyo.ac.jp/ja/library/contents/archives-top
https://da.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/portal/
https://app.sli.do/event/ckza5szi/live/questions
E1989
E1733