E2001 – 第28回保存フォーラム「図書館資料を守るIPMの実践」<報告>

カレントアウェアネス-E

No.342 2018.02.22

 

 E2001

第28回保存フォーラム「図書館資料を守るIPMの実践」<報告>

 

 2017年12月21日,国立国会図書館(NDL)は,東京本館において第28回保存フォーラム「図書館資料を守るIPMの実践」を開催した。保存フォーラムは資料保存の実務者による知識の共有,情報交換を意図した場である(E1884参照)。

 IPM(Integrated Pest Management:総合的有害生物管理)とは,人体や環境への影響を低減しながら虫菌害の発生を抑えるため,複数の対策を合理的に統合して,虫やカビなどの有害生物の発生を許容水準以下に減少させる取組のことを指す。図書館では近年,このIPMの概念が徐々に浸透して取組事例も増え,一部の機関では試行錯誤が重ねられている。本フォーラムは虫菌害対策の最近の動向に関する講演と,各図書館の具体的な事例報告を受けて,今後の課題等に関する意見交換を行うことで,IPMの実践に関する理解を深めることを目的とした。

 以下,当日の内容を紹介する。

●講演「図書館における虫菌害対策―最近の動向―」(独立行政法人国立文化財機構東京文化財研究所・佐野千絵氏)

 虫害の予防対策として,回避,遮断,監視,対処,見直しから成る「5段階コントロール」のうち,「回避」に重点を置いて,施設を整備し清掃を行うことが重要であるとの話があった。また,カビ被害防止のための日常対策として,掃除機を使用した定期的な吸引清掃を行うこと,除湿を行う以前に部屋の防湿対策を行うことなどが挙げられた。

 次に,2014年に東京文化財研究所資料閲覧室で資料にカビ発生が認められた事例を挙げ,対処として資料のクリーニングや書架,壁面,床面の清掃を行い,絶対湿度を基準に除湿機の稼働目安を独自に設定したとの報告があった。最後に,2016年の改正労働安全衛生法の施行により,事業者は一定の危険性・有害性がある化学物質についてリスクアセスメントを義務付けられた,との説明があった。資料保存関係者としては,エタノールや防虫剤の使用に留意するよう注意喚起があった。

●事例報告1「九州大学附属図書館とIPM」(九州大学附属図書館・原賀可奈子氏)

 同館では寄贈資料を発端とする害虫の発生をきっかけとして,トラップやデータロガーを用いた継続的なモニタリングを業務に組み込み,定期的に資料のクリーニングの機会を設けた。薬剤燻蒸における残留薬剤に対する懸念やコストの問題から2014年に低温殺虫法を導入しており,現在も和装本・洋装本を問わず虫害痕のある資料を中心に,継続して処理を行っているとのことであった。また,2018年中に予定されている箱崎キャンパスから伊都キャンパスへの資料移転に伴い,移転対象資料のカビ被害の状況調査を行った。各キャンパスにおけるカビ被害の詳細を確認し,被害レベルを大きく3段階に分け,レベルに応じた対策を講じているとの報告があった。

●事例報告2「埼玉県立図書館のIPM実践」(埼玉県立久喜図書館・神原陽子氏)

 同館では,過去のカビ発生を省みて,書庫内のカビ調査やデータロガーによる温湿度変化の記録蓄積を行うといった,環境対策が不可欠であるとの共通認識が高まり,書庫内の環境整備に注力した保存対策を行うようになった。除湿機やサーキュレーター(直線的な強い風を発生させて空気を循環させる電気製品)を導入し,月に一度床清掃を行うほか,保存環境への意識啓発のため司書職だけでなく行政側も含めた同館職員及び県内公共図書館職員向けに資料保存研修を行っているとのことであった。定期的な清掃やデータロガーによる温湿度の確認は職員の理解が無ければ進まないため,今後はIPMの取組を日常業務に落とし込むことが課題であると報告した。

●事例報告3「国立国会図書館におけるIPM実践事例報告」(収集書誌部資料保存課・山口佳奈)

 NDLでは2013年の保存フォーラムにおいて当時のNDLのIPM対策について報告したため,それ以降の取組を紹介した。当時の対策は部分的であったが,その後,全館的かつ継続的な対策へとシフトさせながら,温湿度管理の徹底や資料・書庫のカビ対策を実践するようになった。資料保存担当が中心となり,資料受入担当,資料・書庫管理担当,施設管理担当の職員が連携して,各種対策を講じていると報告した。

 報告終了後の質疑応答では,少人数の職場や老朽化が進んだ施設においてどのようにIPMに取り組むべきか,といった質疑が交わされた。佐野氏から,「5段階コントロール」の「回避」・「遮断」に掲げた内容について,不足箇所を見つけて対処すること,頻繁に清掃を行うこと,受入資料の状態確認に注力することなどが大切であると指摘があった。

 当日の配布資料はNDLウェブサイトで公開している。

収集書誌部資料保存課・正保五月

Ref:
http://www.ndl.go.jp/jp/event/events/preservationforum28.html
http://www.tobunken.go.jp/~ccr/ipmforum2015/ipmforum2015.pdf
http://www.tobunken.go.jp/~ccr/pdf/56/5608.pdf
http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000094015.html
http://www.ndl.go.jp/jp/aboutus/preservation/coop/forum24.html
E1884