カレントアウェアネス-E
No.247 2013.10.24
E1492
新しいサービスを生み出し続けるピッツバーグの公共図書館
ピッツバーグ・カーネギー図書館(Carnegie Library of Pittsburgh)が,図書館員の主体的な活動によって,近年継続して新しいサービスを提供し続けている。数年前に始まったボランティアに運営を任せた様々な言語を学習するためのクラス,2012年に始まったティーン向けの図書館サービス「The LABS」,またこの2013年春からは受刑者とその家族向けに新しいサービスが開始された。同館は,米国東部ペンシルベニア州における第二の都市ピッツバーグに位置し,1895年に鉄鋼王のカーネギー(Andrew Carnegie)氏によって設立され,現在では予算のおよそ90%が公的資金によってまかなわれている。本稿では,同館が新しく始めたサービスのうち,特に新しいThe LABSと受刑者とその家族向けのサービスを紹介する。
The LABSは,主に10代の若者たち向けに新しいメディアとデジタル技術を基礎とした創作活動のための環境を提供するサービスである。The LABS内には協同作業のための空間,Photoshopなどのソフトウェアがインストールされた複数台のパソコン,創作活動に用いる文房具や工作用素材(画用紙,色鉛筆,銀紙など),創作物をデジタル化するためのスキャナー,創作活動時に参考にする図書館資料などが用意されており,無料で提供されている。そして,子どもたちはこれらを活用し,さまざまな作品(Art works)を創作する。この施設内に置かれている設備をみれば,紙などを用いた物理的な創作からソフトウェアなどを用いたものまで,創作活動全体のプロセスを途切れることなく支援できる設備が整っていることがわかる。また設備だけではなく,ピッツバーグ市内の非営利団体と連携することで,芸術やデジタル技術に精通した担当者も2名置かれている。そしてそのサービス拠点は,今では18館のうち中央館,アルゲニー図書館,サウス・サイド図書館,イースト・リバティー図書館の4館にまで拡大し,常に子どもたちでにぎわっている。
このThe LABSを推進したティーン向けサービス担当のアンナ(LeeAnn Anna)氏に,サービスの導入の背景について聞き取り調査をしたところ,このサービスはHOMAGO(Hanging Out, Messing Around, and Geeking Out)という概念に基づいて始めたものだという。この概念は,2010年に出版された図書によって北米の公共図書館で広まったものであり,主に「学外における子どもたちの新しいメディアやデジタル技術を用いた活動」のことをいう。特に,図書館の文脈においてその活動は,メンターなどを介し,新しいメディアやデジタル技術を用いて作品を創ることとして捉えられている。そして,このリテラシーは,ニュー・メディア・リテラシー(New Media Literacy)とも呼ばれる。そしてこの概念に基づいた試みがシカゴ公共図書館などでも始まりつつあったために,アンナ氏が積極的に企画し,その結果ハインツ基金などからの助成も獲得し,同館でも2012年にサービスを開始したのである。
次に,受刑者とその家族向けの図書館サービスについて説明する。ピッツバーグ市内には,北米最大規模で,およそ3,000名の受刑者を収容するアルゲニー郡刑務所(Allegheny County Jail)が設置されている。これまでも同館の図書館員たちは,受刑者の社会復帰に必要なスキルを獲得するための支援や受刑者の子どもたちに対するサービスなど,施設に対するサービスのニーズを感じていたにも関わらず,サービスを提供できていなかった。そこで,2012年12月に同館の地域コミュニティ担当の図書館員であるマクフォール(Maggie McFalls)氏とヘンスレー(Dan Hensley)氏が検討を開始し,刑務所職員にも積極的に働きかけ,このサービスが2013年2月から始められた。具体的には,毎週1~2回この刑務所を訪問し,受刑者に対して生活費の管理方法に関する知識を教えたり,月に1回刑務所において受刑者の家族(特に子ども)向けに絵本の読み聞かせや家族写真の撮影のサービスなどを提供したりするものである。まだサービスを始めたばかりということもあり,外部資金も得ずに通常の図書館予算から捻出することで,サービスの費用をまかなっている。
これらの事例のように,同館では図書館員の積極的な活動から新しいサービスが生み出され続けている。ここで重要であると考えられるのは,現場の図書館員に多くの権限が移譲され,図書館員自らが利用者や地域のニーズを調べ,図書館内を調整し,地域内の他機関との積極的なやり取りをおこないながら,やっとの思いで各サービスが始まっているということである。1つの図書館でこのような新しいサービスが継続的に生まれていることは,米国における文化的背景もその要因の1つであろうが,その主な原動力は,限られた予算と人的つながりで何とかしようとしている現場の図書館員の努力であるといえるだろう。
(ピッツバーグ大学客員研究員・小泉公乃)
Ref:
http://www.carnegielibrary.org/teens/events/programs/thelabs/
Ito, Mizuko. Hanging out, messing around, and geeking out: kids
living and learning with new media. The MIT Press, 2010, 419p.