E1353 – 第11回文化遺産国際協力コンソーシアム研究会<報告>

カレントアウェアネス-E

No.225 2012.10.25

 

 E1353

第11回文化遺産国際協力コンソーシアム研究会<報告>

 

 2012年9月7日,第11回文化遺産国際協力コンソーシアム研究会「ブルーシールドと文化財緊急活動―国内委員会の役割と必要性」が東京国立博物館平成館で開かれ,様々な立場で文化財に携わる専門家ら76名が集まった。

 文化遺産国際協力コンソーシアムは,海外の文化遺産保護に関する日本国内の政府機関・教育研究機関・NGOなどの連携・協力を推進する組織である。海外現地での文化遺産調査・修復のほか,調査研究,広報普及などを行っており,一般公開の研究会を年に1度開催して文化遺産保護活動への関心を喚起している。東日本大震災後は,国内の文化遺産の防災への関心も示している。

 ブルーシールド(以下BS;E688参照)は,武力紛争や自然災害を含むあらゆる緊急事態に際し文化遺産を護ることを目的として活動する国際NGOである。文化財保存に関わる業界の4つのNGO―国際図書館連盟(IFLA),国際文書館評議会(ICA),国際博物館会議(ICOM),国際記念物遺跡会議(ICOMOS)―により1996年に設立された。その名前は,1954年のハーグ条約で定められた,武力紛争の際に保護されるべき文化財に付ける標章の青い(ブルー)盾(シールド)にちなんでいる。最近の活動には,ハイチ地震の復興支援,シリアの内戦から同国内の世界遺産を保護するための声明の発表などがある。

 今回の研究会のタイトルにある「文化財緊急活動」は,災害等の緊急時に文化財を守るために行う予防策を含めたあらゆる活動,つまり図書館でいえば「資料のための防災活動」を意味する。BSの活動は国際委員会・国内委員会協会(E879参照)・各国国内委員会によって担われるが,国内委員会は現在欧米を中心に19か国にあるのみで,アジアにはまだない。日本では,東日本大震災直後に文化庁の呼びかけで始まった文化財レスキュー事業で,大規模な業界横断的「文化財緊急活動」を経験したところである。その経験をふまえてBS国内委員会設立の必要性について考えることが,研究会の趣旨であった。

 基調講演では,米国のBS国内委員会代表ヴェグナー(Corinne Wegener)氏が同委員会設置の経緯と現在の活動について語った。氏は,美術館のキュレーターの傍ら陸軍に所属し,2003年に軍人としてイラクに派遣され,国立博物館の破壊や略奪などを目の当たりにした。当時米国にBS国内委員会がなく,文化財救助の専門家を派遣できなかったことから,戦争・災害時に文化財緊急活動のために専門家を動かすことのできる「大きな傘」となる組織の必要性を痛感したという。彼女の奮闘により2006年に国内委員会が設立され,ハイチ地震の際には,人道援助に派遣されていた軍と連携を取りつつ,文化財の救出や修復のコーディネートをしたとのことだった。

 日本国内からは,動産文化財のみならず,歴史的建造物などの不動産文化財に対する緊急活動を論ずるものを含む4本の講演があった。文化財レスキュー事業の事務局担当の岡田健氏(東京文化財研究所)は,同事業について「日本の歴史上最大規模の文化財救出活動」であり,かつ,義援金や各団体・個人からの持ち出し経費で運営される「壮大なボランティア活動」であったと述べ,将来の災害に備えて事業の検証を行っていく必要性を指摘した。2011年度に文化庁の担当者として同事業に携わった栗原祐司氏(京都国立博物館)からは,日ごろのネットワークやMLA連携の実践も重要だが,平時からの常設の組織・体制と予算がなければ,非常の際の文化財の救出・搬送・一時保管等や災害時の国際連携において適切な対応をとることは困難なので,BS国内委員会の設置に向けた本格的な検討が行われることを期待したい,との発言があった。

 後半は,5人の講師に筆者を含む4人が加わったパネルディスカッションが行われた。BS国内委員会を結成する場合に必要になる全分野(遺跡,建造物,博物館,図書館,文書館,視聴覚アーカイブ)の専門家が一堂に会して国内委員会設置の必要性と設置に向けた課題について話し合う初めての機会となった。文化財緊急活動のための常設の体制を立ち上げる際に組織基盤をどこに置くか,自衛隊や消防等とどのように連携するか,業際的・国際的な活動に携われる人材をどう育成するか,現職者が一定期間職場を離れて緊急活動に従事できる仕組みをどう作るか,などについて活発な意見交換が行われた。この研究会が各分野におけるBSへの関心を喚起し,文化財緊急活動を支える常設組織の設置への動きが加速することを期待したい。

(IFLA/PACアジア地域センター・小林直子)

Ref:
http://www.jcic-heritage.jp/information/information_120808.html
http://www.jcic-heritage.jp/information/information_121005.html
http://www.bunka.go.jp/bunkazai/tohokujishin_kanren/bunkazai_rescue/yoko.html
E688
E879