E1352 – 米国歴史学協会によるゴールドOAに対する憂慮とその反響

カレントアウェアネス-E

No.225 2012.10.25

 

 E1352

米国歴史学協会によるゴールドOAに対する憂慮とその反響

 

 2012年9月24日,米国歴史学協会(American Historical Association:AHA)は,学術雑誌のオープンアクセス(OA)化に関する声明を発表した。声明は,9月4日のAHA理事会において全会一致で承認されたもので,学術雑誌のOA化に関する最近の議論が人文・社会科学系とは大きく異なる,自然科学系の枠組みに基づいたものであることを憂慮したものとなっている。この声明の内容とそれに対する反響を紹介する。

 声明は,研究者による論文へのアクセスに世界的な不公平が生じている現状を指摘するところから始まる。すなわち,学術雑誌の高騰という厳しい状況にあっても,裕福な大学は研究者や学生に対し学術雑誌へのアクセス環境を維持できる。しかし,資金に乏しい研究者にはそれが難しい。そのために,アクセスの不公平が生じているという。また,アカデミズムの内外を問わず多くの人が,論文等の情報を無料で手にしたいと思っており,また,無料であるべきと考えているとも述べられている。ましてやその情報が税金を利用して生まれたものであれば,情報の無料化のロジックに抗うのは困難である。

 このような背景を受けて登場したOAの議論に関し,声明では,2012年6月17日に公開された英国の“Finch Report”について,政策に与える影響の大きいものとして特に取り上げて紹介している。Finch Reportは,質の高い学術雑誌を維持するには財源が必要であるとし,その財源をこれまでの雑誌購読料ではなく著者の投稿料に求めるというモデルの転換を支持している。AHAが憂慮を示したのはこの投稿料モデル(“ゴールドOA”ともいう)である。

 声明では,投稿料モデルが人文・社会科学系の学術出版に深刻な問題を生むものであるとして,以下の4つの疑問を提示している。1つ目は,アクセスの不公平が別の不公平に替わっただけではないかというもの。すなわち,裕福な大学の所属研究者は投稿料モデルに変わっても支払うことができるだろうが,小規模な大学の研究者や若手研究者はそれが難しいということである。潤沢な資金を持つ助成団体から投稿料の提供を受ける自然科学系に比べ,自費で史料蒐集を行うような歴史研究者にとって,その投稿料は1年間の給料のかなりの部分を占めてしまうのではないかと懸念している。2つ目は,図書館または個人が購読料を支払えないから研究者が代わりに支払うというのでは,借金の返済のために借金するようなもので不毛ではないかという指摘。そして3つ目は,投稿料モデルに転換すると,重要雑誌の財務が回らなくなってしまうのではないかというものである。最後に4つ目が,投稿料モデルはそもそも雑誌を刊行する学協会と論文著者の双方にとって良いインセンティブとなっていないのではないかという疑問である。

 AHAのウェブサイトには以上の声明に対するコメントが13件寄せられ(2012年10月18日現在),その考えに賛意を示すものも多い。しかし中には,投稿料モデルに代わりセルフアーカイブ,いわゆる“グリーンOA”の議論を提案するものもある。例えば,コメントを寄せた1人で全米デジタル情報基盤整備・保存プログラム(NDIIPP;CA1502参照)のデジタルアーキビストであるオーウェン(Trevor Owens)氏は,AHAの声明にグリーンOAに関する議論がないことを指摘し,米国心理学会(APA)や米国現代言語学会(MLA)が著者によるセルフアーカイブを認めていることを紹介している。また,ジョージメイソン大学の歴史研究者でデジタル人文学者のコーエン(Daniel Cohen)氏は,自身のブログで,OAに関する歴史研究者の思考が足踏み状態であり,これまでのような論文中心の学術雑誌のスタイルとそのビジネスモデルが今後も続いていくと信じ込んでいると痛烈に批判している。

 AHA会長グロスマン(Jim Grossman)氏は,様々な批判が寄せられていることを認めつつも,「歴史研究者やその他人文学者がOAに関する議論を始めることが重要だ」と述べている。人文学にとってどのようなOAの在り方が望ましいのか。今後の議論の展開が注目される。

(関西館図書館協力課・菊池信彦)

Ref:
http://blog.historians.org/news/1734/aha-statement-on-scholarly-journal-publishing
http://blog.historians.org/what-we-are-reading/1751/what-were-reading-september-27-2012
http://www.researchinfonet.org/wp-content/uploads/2012/06/Finch-Group-report-FINAL-VERSION.pdf
http://www.insidehighered.com/news/2012/09/24/historians-organization-issues-statement-calling-caution-open-access
http://chronicle.com/blogs/ticker/historical-association-raises-concerns-about-open-access-movement/49434
http://www.apa.org/monitor/sep07/pc.aspx
http://www.mla.org/news_from_mla/news_topic&topic=596
http://www.dancohen.org/2012/09/25/treading-water-on-open-access/
CA1502