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カレントアウェアネス
No.277 2003.09.20
CA1502
国家規模でデジタル情報を保存する
−LC主導のNDIIPPが本格始動−
デジタル形式でしか存在しない情報(ボーンデジタル情報)の量的拡大(ウェブページの増大等)と質的多様化(テキスト,ハイパーテキスト,画像,音声,動画等の複合化等)が加速し,それらにも人類の知的・文化的遺産としての価値があると認めざるをえない状況となってきた。つまり,それらデジタル情報を誰がどのように後世に残していくかという未知かつ壮大なるテーマが現出したのである。
アナログ情報保存の場合は「モノ」としての媒体を保存することが主目的であったが,デジタル情報保存の概念枠組みは様相を異にする。再生するための機器・ソフトウェア等を組み合わせて,いわば「コト」としてのアクセスを長期的に保証することが「保存」と同義になる。8インチのフロッピーを保管しているだけでは,あるいはビット列が存在するだけでは,後世における利用機会を何ら保証できないのである。
国際的には,ユネスコが「デジタル文化遺産」の保存に関する憲章およびガイドラインの策定に取り組みはじめた(E021参照)他,国立図書館長会議(CDNL)デジタル問題委員会においても国立図書館の責務としてデジタル情報保存を重要視すべきことが謳われてきた。とはいえデジタル情報保存の取組みは総じて揺籃期にある。欧米におけるデジタル情報保存計画の動向について調査した英国の情報システム合同委員会(JISC)のビーグリー(Neil Beagrie)氏は,現状ではデジタル情報保存よりもデジタル化の取組みに対して資金配分されることが主であり,短期的なアクセスが重視され,長期的な益をもたらすはずの保存問題は軽視傾向にあることを指摘した。確かにウェブページをアーカイブする計画は各国においていくつか確認できるものの(CA1490参照),これまでの電子図書館事業が主にコレクションの電子化に重点を置いてきたことは否定できないだろう。このような意味で,国家規模の包括的なデジタル情報保存プロジェクトが米国において本格始動したことは注目に値する。本稿ではその米国議会図書館(LC)が主導する「全米デジタル情報基盤整備・保存プログラム(National Digital Information Infrastructure and Preservation Program: NDIIPP)」について紹介したい。
NDIIPPの直接的な引き金は,全米科学アカデミー(National Academy of Science: NAS)全米研究協議会(National Research Council: NRC)により2000年7月に提出された報告書『LC21:LCのためのデジタル戦略』である。当該報告書では,LCに対し,他の公共・民間部門と連携してデジタル情報を国家規模で協同的に収集保存するためのリーダーシップを取るべきことが提唱された(CA1343参照)。この提言を受ける形で,2000年12月,主にボーンデジタル情報を長期的に保存するために,LCが全米規模の基盤整備を主導することを目的としたNDIIPP法が成立(Public Law. No.106-554)。さらに2003年2月14日には,NDIIPPの初期基本計画が議会で承認されたとビリントン(James H. Billington)LC館長は公表した。その予算額は初期計画策定および選択的なウェブアーカイビングのために500万ドル,議会承認後の初期計画履行のために2,000万ドルと報告されているが,加えて,民間部門から寄付等により資金調達すれば,連邦政府が同額の予算(上限7,500万ドル)を計上措置することになっているともいう。なお,NDIIPPの使命は「現在および将来世代のために,急増するデジタル情報―特にデジタル形式でしか存在しない情報―を収集保存するための国家戦略を策定すること」と定義されている。
この使命を達成するための国家的基盤は,(1)多様なパートナーとの協同的なネットワーク構築,(2)そのネットワークを介し協同的なデジタル情報保存を可能とする分散型のシステムアーキテクチャ構築,から構成されるべきだという。この発想の根底には,デジタル情報保存は単独の組織で解決できる問題ではないという現実が潜む。冒頭に述べたように,「コト」としての保存プロセスにおいては利害が複雑に絡みあう。例えば記録フォーマットの統一,プロトコルやメタデータの標準化,知的財産権の処理等の諸問題が存在し,それらに取り組むためにはどうしても異業種組織間での協力体制が不可欠となるのである。実際,NDIIPP初期計画策定段階において,LCは全米デジタル戦略諮問委員会(National Digital Strategy Advisory Board)を設置するなどし(公共部門から商務省,ホワイトハウス科学技術政策室,国立公文書館,国立医学図書館など,民間部門から図書館関連業界やデジタルコンテンツ業界,IT業界などで構成),多様な利害関係者との協議を重ねてきた。
これら戦略を現実のものとするため,ウェブサイト等を介した広報体制も充実させながら,具体的には次の諸プロジェクトを当面1〜5年の期間で進めていくことが初期基本計画では定められている。
- (1)誰が何を保存するか:誰が何を保存するかを明確にするために,国立図書館間あるいは他の収集機関と協同収集の協定を結ぶこと,永続的価値があるコンテンツを査定するためのガイドライン策定,動的なデジタル情報を選択するためのベストプラクティスの検証,ウェブコンテンツの保存対象範囲の定義,デジタル情報にも適用可能なコレクション構築方針の検証が実施される。
- (2)ビジネスモデルの開発:保存プロセスを事業として成立させるにはそれを支える仕組みが不可欠となる。そこでビジネスモデルを開発するために,コンテンツを納本する情報作成者側等のインセンティブの同定,デジタル情報保存の費用と便益を測定する手法の策定,長期性を保証しえない可能性のある営利組織等が保存する資料の避難場を設けるためのモデル化,などに資源が投資される。
- (3)標準化の促進:標準化を促進するために,メタデータおよび永続識別子などの標準化,記録フォーマットや符号化方式に関する調査およびベストプラクティス活用の推奨,マイグレーションやエミュレーションなどに関する調査や戦略策定などが挙げられている。
- (4)知的財産権問題:障害となる知的財産権問題を解決するために,インターネット上のデジタル情報をLCが保存するために必要な権限についての調査,デジタルコンテンツと納本制度との関係性の調査,デジタル情報保存の上でのセキュリティやプロテクト機能の調査,他の国立図書館や多国籍出版・メディア産業との協同において問題となる著作権法等の国際的な適用範囲の調査なども実施される。
- (5)システムアーキテクチャの構築:現実化するには高度なシステムが必要となるために,LCは他機関と協同し,以下の要件を満たすアーキテクチャ構築を目指している。その要件とは,組織間の連携協力を支援するものであること,保存とアクセスの問題を区分して扱えるような設計とし,概念的に4層構造―インタフェース層,コレクション層,ゲートウェイ層,レポジトリ層―とすること(つまり,法的・経済的問題が解決するまで暫定的なアクセス制限を容認しておく戦略をとることを意味する),可能な限り既存技術を活用しモジュール方式での設計とすること,一度に構築するのではなく長期的に組み立てていくことができるような設計とすること,幅広く適用されているプロトコルを採用すること,としている。
このように米国は,LCがリーダーシップをとり,多様な利害関係者とのパートナーシップにより実現しうるデジタル情報保存のネットワークとアーキテクチャから成る国家基盤を築き,責任を分担する形で全米のデジタル情報を国家遺産として保存していく戦略を選択しようとしている。翻って日本の現状を鑑みると,デジタル情報保存に対する認識は総じて低く,直面する問題の緊急性に比して課題の困難度は相当程度高いといわざるをえない。従ってデジタル情報保存のWHY,HOWは重要な問題であるけれども,現段階で日本において早急に取り組むべきは,誰が責務を負うべきなのかという問い「WHO」に他ならないと思われる。
総務部企画・協力課電子情報企画室:塩崎 亮(しおざきりょう)
Ref.
NDIIPP. (online), available from < http://www.digitalpreservation.gov/ >, (accessed 2003-07-08).
Beagrie, Neil. National Digital Preservation Initiatives: An Overview of Developments in Australia, France, the Netherlands, and the United Kingdom and of Related International Activity. (online), available from < http://www.clir.org/pubs/abstract/pub116abst.html >, (accessed 2003-07-08).
塩崎亮. 国家規模でデジタル情報を保存する−LC主導のNDIIPPが本格始動−. カレントアウェアネス. 2003, (277), p.5-7.
http://current.ndl.go.jp/ca1502