E1012 – 学術雑誌の将来<文献紹介>

カレントアウェアネス-E

No.164 2010.01.20

 

 E1012

学術雑誌の将来<文献紹介>

 

Cope, Bill; Philips, Agnus, eds. The Future of Academic Journal. Chandos Publishing, 2009, 415p., (Chandos Series on Publishing).

 本書は,米国イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校教授のコープ(Bill Cope)と英国オックスフォード国際出版研究センター所長のフィリップス(Angus Phillips)が編集し,2006年に出版された“The Future of the Book in the Digital Age”(『デジタル時代における図書の将来』)に続く,学術雑誌とその将来をテーマとした,分野を代表する研究者と業界専門家による論文集である。オンライン雑誌,オープンアクセス,学術コミュニケーションの現状と将来についての編者による短い序の後に,18編の論文が,「知識システム」「雑誌ビジネス」「学術の実際」「雑誌の国際性」「デジタルへの変容」の順にテーマ別に収録されている。

 第1部の「知識システム」では,コープとカランジス(Mary Kalantzis)が学術雑誌の知識システムを調査し,進行中の,また今後進行が予想される変化を検討する。ゴンサレス・キロス(Jose Luis Gonzalez Quiros)とゲラブ(Karim Gherab)はeサイエンス―「科学を民主化しようとする新しいモデル」―の支持について述べる。

 第2部の「雑誌ビジネス」では,フィリップスが雑誌出版のビジネスモデルの概観を行っている。学術雑誌の研究者として著名なテノピア(Carol Tenopir)とキング(Donald W. King)は雑誌出版の成長を図式化する。オープンアクセスの提唱者ハーナッド(Stevan Harnad)はデジタル出版のポストグーテンベルク時代には,あらゆる出版された研究論文が世界中の利用者に対してオンラインで利用可能なように無料で公開されるだろうと主張する。オックスフォード大学出版局のバード(Claire Bird)とリチャードソン(Martin Richardson)は,予約購読とオープンアクセスが共存する,出版のハイブリッド・モデルを論じる。サウンダース(Joss Saunders)とスミス(Simon Smith)は法的視点から,究極的には著作権法がデジタル産業における出版者の権利を保護するためには役立たないシステムであることを示す。ワイリー・ブラックウェル社のクレイグ(Iain D. Craig)とファーガソン(Liz Ferguson)は雑誌のランキングに使用するスキームについて考察する。

 第3部の「学術の実践」ではイリノイ大学のシュリーブス(Sarah L. Shreeves)がリポジトリの概観とそれが雑誌の将来に及ぼす影響を述べる。英国ラフバラ大学のデービス(J. Eric Davies)は図書館の役割を調査し,場所としての図書館よりも広範囲の情報へのチャネルとしての役割が重視されていることを発見している。イリノイ大学のピータース(Michael A. Peters)は,学術雑誌の政治経済学の説明を提供する。スタンフォード大学のオープンアクセス研究者ウィリンスキー(John Willinsky)らはオープンアクセス誌“Open Medicine”の創刊についての事例研究を提供する。

 第4部の「雑誌の国際性」では,出版コンサルタントのスマート(Pippa Smart)がアフリカ大陸内で出版された雑誌が先進国と同様に,研究上の知見の伝達と科学知識の進歩を達成しようと努力していることを紹介している。米国インディアナ大学のハッケン(David Hakken)は,アジアの学術雑誌の将来の考察を通じ,より集合的で平等主義的な学術コミュニケーションの手段の必要性を強調する。チュー(Kang Tchou)は学術コミュニケーションの手段としての中国での雑誌の発展について説明する。

 第5部の「デジタルへの変容」では,フォン・デア・ハイデン(Michiel van der Heyden)とデ・フリース(Ale de Vries)がエルゼビア社が電子ジャーナル事業をどのように見直しているかを公開する。シドニー工科大学のヤコボビツ(Andrew Jakubowicz)は,ウェブが必ずしも学術研究の取組のための双方向の環境を約束するものではないと主張する。

 最後に終章として,長らく英国の学会・専門協会出版協会の事務局長であったモリス(Sally Morris)が,学術コミュニケーション・プロセスの支援に関る人々が直面している本当の課題が,情報通信技術の力による研究者の行動の変貌であることを指摘している。

 上記のように取り上げられているトピックは多岐にわたるが,学術コミュニケーションのあり方が大きく変化しつつあるという問題意識は共通している。本書は,編者の狙いどおり,急速に変化する学術雑誌とその将来の様々な側面について,権威がありバランスの取れた視点を研究者,出版者,図書館員,学協会の構成員,政策決定者に提供することを目的とした最新の刺激的な論文集であるといえよう。

(東北大学附属図書館・加藤信哉)

Ref:
Cope, Bill; Philips, Agnus, eds. The Future of the Book in the Digital Age. Chandos Publishing, 2006, 246p., (Chandos Series on Publishing).
http://www.woodheadpublishing.com/en/book.aspx?bookID=1742&ChandosTitle=1
http://www.woodheadpublishing.com/en/book.aspx?bookID=1819&ChandosTitle=1