新型コロナウイルス感染症関連論文が撤回されるリスクを最小限に抑えるために最適な査読プロセス(文献紹介)

2020年11月20日付で、Springer Nature社の刊行する欧州医療哲学会(European Society for Philosophy of Medicine and Health Care)の機関誌“Medicine, Health Care and Philosophy”に、論文“Optimizing peer review to minimize the risk of retracting COVID-19-related literature”のオンライン速報版が掲載されています。

同論文は、The New England Journal of Medicine(NEJM)やThe Lancetなどの著名な査読誌も含め、根拠データが不十分である等の理由により、公表された新型コロナウイルス感染症に関連する論文の撤回がしばしば発生していることを受けて執筆されました。著者らは、文献データベース上の表記が明確でなかったり、ソーシャルメディア等で拡散済であるために撤回済の論文の引用がしばしば確認されることや、研究者の多忙等のため時間をかけた厳格な査読よりも迅速な出版が重視される傾向が見られ査読の質の低下が懸念されることなど、現在の状況が内包する公衆衛生上の懸念を指摘しています。

著者らは、内容に疑義のある新型コロナウイルス感染症関連論文の公表・撤回により生じる公衆衛生上のリスクを最小限に抑えるために、学術雑誌は次の6段階を踏んだ出版プロセスを構築する必要があると提唱しています。

・編集・統計の専門家の助言の下で1週間程度で投稿論文の事前スクリーニングを行う。分析内容が確からしいことを判断できる場合には、著者の希望に応じてプレプリントサーバへ登録する。オープンデータポリシーの採用は必須とする。

・生データへの完全なアクセスが可能な環境を保証した上で、3人の独立した専門家による査読を3週間程度で実施する。査読者が分析の基礎となる生データを要求したにもかかわらず著者が提供に応じない場合には、研究倫理審査の対象とすべきである。

・オープン査読ポリシーの存在することが望ましい

・新型コロナウイルス感染症に関連する全ての論文は、ハゲタカ出版のような即日の受理を行うべきではない。軽微な修正には1週間から2週間、大幅な修正には3週間から4週間程度の猶予を著者に与えるべきである。

・編集上の決定は査読者の意見に基づいて行うべきであり、受理の判断は査読者全員の承認の下で行うべきである。査読者全員が受理を判断した論文の場合、その後の撤回の発生率は0.04%である。

・オープン査読レポート、査読に対する著者の回答、編集者のコメント等に関わる一連の処理のために、受理から出版までにはさらに2週間程度をかけるべきである。

Teixeira da Silva, J.A.; Bornemann-Cimenti, H.; Tsigaris, P. Optimizing peer review to minimize the risk of retracting COVID-19-related literature. Medicine, Health Care and Philosophy. 2020.
https://doi.org/10.1007/s11019-020-09990-z

参考:
新型コロナウイルスにHIVウイルスと不自然に類似したタンパク質が含まれている、と主張するプレプリントがbioRxivに掲載されるも、2日で取り下げられる bioRxivは新型コロナウイルス関連プレプリントに関する注意喚起を表示
Posted 2020年2月4日
https://current.ndl.go.jp/node/40153

感染症拡大下でのプレプリントサーバによるスクリーニング(記事紹介)
Posted 2020年5月15日
https://current.ndl.go.jp/node/40957

2020年第1四半期に発表された新型コロナウイルス感染症関連文献のオープンアクセス(OA)状況等に関するPubMedを情報源とした調査(文献紹介)
Posted 2020年9月4日
https://current.ndl.go.jp/node/41924

新型コロナウイルス感染症拡大下におけるハゲタカジャーナルの危険性:ポケモンのキャラクターを用いて作成した論文で偽の科学情報の拡散を検知した経験から(記事紹介)
Posted 2020年11月6日
https://current.ndl.go.jp/node/42443