カレントアウェアネス
No.340 2019年6月20日
友愛が図書館の連帯を強化する:LCとNDLでの交流から
中部大学人文学部:松林正己(まつばやしまさき)
1. 『カレントアウェアネス』との出会い
『カレントアウェアネス』(CA)が40周年を迎えるとのご連絡を頂き、時の経つのは早いと感慨深い。
本誌を最初に手にしたのは、1982年の夏、創設されて間もない図書館情報大学の図書館のカレント雑誌書架でのことであったと思う。当時筆者は現職者向けの司書講習会を受講していた。
サイズはB5判、4頁から8頁仕様で、記事は米国図書館協会(ALA)や国際図書館連盟(IFLA)の機関誌に掲載されている、近い将来に日本の図書館業界にも影響を与えそうな海外動向を要約・解説し、末尾に原著の書誌情報を記載していた。当時ALAの諸学会の機関誌を網羅的に購読している図書館は限られており、国立国会図書館(NDL)の購読タイトル数が最大ではなかったかと思われる。日本の図書館業界に必要とされる情報を適宜取捨選別し、要約・解説するメディアは貴重であった。
創刊直後にCAに掲載された記事の最大の情報源は、米国議会図書館(LC)の“Library of Congress Information Bulletin”ではなかったろうか。当時でも世界最先端のITを駆使した活動を展開していたのは、LCであった。日本でこの週刊誌を閲覧できる機関は限られていて、アメリカンセンターの図書室でも閲覧できたが、毎週閲覧に出向くには無理があったので、名古屋の同センターから複写して送って頂いた時期もあった。
その後、“Library of Congress Information Bulletin” の記事を要約している本誌を見つけて、これは便利だと感心した。当時、南山大学(名古屋市)の図書館に勤務し、洋書目録作業が主務であった筆者は、LCやドイツ図書館研究所(DBI ; CA1336参照)の情報に注目していたので、CAの記事選択は、ありがたかった。
この前後に、南山大学創設時の図書館員で当時NDLに勤務していた丸山昭二郎さんに講演をお願いしたのを機に、CAを定期的に購読する僥倖を得た。
2. 米国の大学図書館
1990年から中部大学に勤務し、1994年6月に当時は姉妹校だった米・オハイオ大学のVernon R. Alden Libraryに、キャタロガーとして3か月赴任した。キャタロガーの地位が社会的に確立している米国では同職に対する認知が日本とは全く異なっていた。大学書店で本を求めて、支払い時に“Are you faculty?”と訊ねられて、“No, cataloger,”と応えたら、“Great job!”と返されたときの感激を忘れられない。ALA認定の図書館情報学修士(MLS)の学位がない小職に、OJTなしで、すぐに目録作業端末の操作が認められたのは、当時のオハイオ大学図書館長の李華偉博士 (Dr. Hwa-Wei Lee)が、筆者が学術情報センター目録所在情報サービス(NACSIS-CAT)の目録小委員会委員を歴任したキャリアを読み替えてくれたからである。米国の東アジア図書館界では博士の名前を知らないものはいなかった。
オハイオ滞在中に、休暇をもらってワシントン D.C.のLCを訪ねたい、と博士に相談したら、森田一子さん(当時LC Japan Documentation Center、元オハイオ州立大学図書館整理部長)を紹介するから、旅行代理店で手続きをして来るように、と指示されて、念願のLCを見学した。ワシントンD.C.のモール南部はまだ今ほど官庁街にはなっておらず、葦の茂った原っぱで、地下鉄の駅を降りて、ホテルまでホームレスのおじさんに、“Lend me money!”、と追いかけられ、小走りにホテルに逃げ帰ったこともあった。
帰国後、2000年から大学院に進学して、米国の研究図書館の発達史に関心を抱いて修士論文をまとめた背景には、このような米国での体験がある。大学院修了後、2004年9月から10月に米国国務省のプログラム “International Visitor Program”(IVP)で、3週間にわたり米国の図書館事情を渡邊由紀子さん(九州大学附属図書館)らと視察した。このとき、LCアジア部では李博士に再会した。博士は5年任期で部長を引き受けたよ、と話して下さった。
3. CA編集企画員:友情は図書館員をつなぐ
修士課程を修了した頃に、大阪市立大学の北克一教授(当時)から電子メールがあり、CAの編集所管が東京本館から関西館に移され、編集が始まるので、ドイツの図書館動向をもウォッチしている(DBIの機関誌“Bibliotheksdienst”と学術図書館協会の機関誌“Zeitschrift für Bibliothekswesen und Bibliographie”を定期購読していた)筆者に編集委員会への参加を要請された。これで、一読者から編集に関わる立場になった。
本誌の編集企画員は多士済々で、国内外の図書館業界の情報についてじかに解釈が聞けて、実に刺激的な場である。筆者が編集上心がけたのは、図書館運営での日米ギャップを反映できる視点を維持することであった。例えば、日米ともに存在する図書館でのボランティア活動にも、大きな違いがある。NDL職員でCA編集事務局のスタッフであった依田紀久さんが、米・ピッツバーグ大学大学院に留学されていた時に、ピッツバーグ・カーネギー図書館をご案内いただいたことがある。その際、ピッツバーグでは、ボランティアには市営駐車場の代金を2割負担で利用できるという大きなメリットが与えられ、一方図書館側でも人件費負担を大きく減らせる運営になっているといった当時の運用手法を聞くことができた。
このように日米共通の概念であれ、その運用実態の違いが大きいものが、実は多数ある。図書館文化の差異は、図書館が運営される文化のギャップそのものであり、その差異をCA編集上反映できないかを、テーマや執筆者の選考時に意識的に行っていた。(1)
これらの経験から、当時情報科学技術協会(INFOSTA)の『情報の科学と技術』編集委員も兼任していた関係で、NDL職員でCA編集事務局経験者の竹内秀樹さんに「米国公共図書館の資金調達動向について」(2)をご寄稿いただき、図書館の経済学を特集した。
適切な執筆者が見つけられなければ、編集企画員は自ら執筆する義務を負う。この不文律のような方針で、情報の哲学を紹介する記事(CA1554参照)を認めたのは、実に大きな思い出である。のちに、この記事で紹介した英・オックスフォード大学のフロリディ教授(Luciano Floridi)が、2007年10月に来日した折、佐藤義則編集企画員(当時三重大学、のちに東北学院大学)と土屋俊先生(当時大学評価・学位授与機構教授)のご高配で、彼の講演会を国立情報学研究所(NII)で開催していただいた。知を支える学術ディシプリン<哲学>の議論は、確実に人智のネットワークそのものなのである。それを日々具象的に実現する図書館のネットワークも、本稿でご紹介する通り、専門職たちのネットワークで伝播されている。
李博士とオハイオ大学図書館に招請いただかなかったら、筆者の図書館への見方は、偏ったものであったろうし、CA編集企画員となることもなかったであろう。オハイオ大学での図書館業務経験や現在も LC を中心に進めているアーカイヴズ調査で米国の様々な図書館を体験しながら、編集企画員に参加した経験をまとめると、図書館を支える最大の力は、知を生み出す人のメンタルな<連帯>(3)なのだ、としみじみと感じている。その具体的な経験として、米・イェール大学のアーカイヴズで、小職の資料請求用紙を見た他の利用者から、ギルマン(Daniel Coit Gilman)(4)を調査しているのか、旧居が学内に残っている、是非見ておくように、とアドヴァイスされたこともあった。
CA編集刊行の意義は、上述の拙い経験を超えて人々が知に集う場、アーカイヴズ、図書館、博物館の情報を相互に交流させながら、新たな知を育む空間を作り上げたことにある。人類の記憶をさらに充実させるCAの役割は、「カレントアウェアネス・ポータル」というバーチャル空間として、40年近く前の体験を超越した存在に成長した。改めて、“Librarianship is based upon friendship”を確認してペンを擱く次第である。
(1) 図書館文化の差異に関する知見を日本の同僚諸賢と共有する重要性に気付かされたのは、NDL からカナダ・モントリオール大学図書館に派遣されていた山地康志さんと情報科学技術協会(INFOSTA)の『情報の科学と技術』編集委員会で同席した関係が大きく影響している。
(2) 竹内秀樹. 特集, 図書館の経営経済分析と資金調達:米国公共図書館の資金調達動向について. 情報の科学と技術. 2008, 58(10), p. 499-504.
https://doi.org/10.18919/jkg.58.10_499,(参照 2019-05-21).
(3) 連帯の意義を自らの哲学で実践したのはリチャード・ローティである。彼が1980年代に南山大学に滞在していたのは今思うと奇遇である。下記の主著は、書誌コントロール論の Patrick Wilson に決定的な影響を与えている。
Wilson, Patrick. Second-hand knowledge: an inquiry into cognitive authority. Greenwood Press, 1983, 210p.
ローティ, リチャード. 偶然性・アイロニー・連帯 : リベラル・ユートピアの可能性. 齋藤純一, 山岡龍一, 大川正彦訳. 岩波書店, 2000, 438p.
ローティ, リチャード. 哲学と自然の鏡. 野家啓一監訳, 伊藤春樹 [ほか] 訳. 産業図書, 1993, 503p.
(4) Daniel Coit Gilman は、世界初の図書館長会議(Librarians’ Convention 1853)主宰メンバーで、全米初の研究大学Johns Hopkins University 初代学長。
[受理:2019-05-21]
松林正己. 友愛が図書館の連帯を強化する:LCとNDLでの交流から. カレントアウェアネス. 2019, (340), p. 6-7.
http://current.ndl.go.jp/ca_no340_matsubayashi
DOI:
https://doi.org/10.11501/11299452
Matsubayashi Masaki
Librarianship Is Based upon Friendship