CA941 – 教育と一般向け資料の提供と:公共図書館の役割に関する全国調査 / 田村俊作

カレントアウェアネス
No.177 1994.05.20


CA941

教育と一般向け資料の提供と
−公共図書館の役割に関する全国調査−

ジョージ・デリア等ミネソタ大学の研究者は,公共図書館の役割に関する人々の意見を調べるために,1992年の春から夏にかけて全国調査を実施した。

公共図書館が運営計画を立てる際の手引きとして通常考えられているのは,望ましい基準など,目標となる全国基準を提供することである。しかし,米国公共図書館協会(PLA)の現在の方針は,このような全国基準の設定をやめ,代わりに,各館が自らのコミュニティのニーズにあった目標を立て,目標の達成計画を策定・実施・評価できるよう,マニュアル等計画策定のツール類を開発し,必要な情報提供を行う,というものである。「公共図書館開発計画 (PLDP)」と呼ばれるPLAのこのプロジェクトの中で,計画策定のマニュアルであるPlanning and Role Setting for Public Libraries(ALA,1987 :以下『マニュアル』)は中核に位置する重要な文書となっている。

『マニュアル』の重要な特徴の一つは,公共図書館がコミュニティにおいて果たす役割を8点に整理して提示していることである。各館はその中から自館に適したものを選択し,その遂行を基本的任務とすればよい。役割の限定は図書館の活動範囲を狭めるが,一方,達成目標を明確にし,効果的な計画策定を可能にする。住民に対しても,図書館の役割が明確に提示されることになるだろう(『マニュアル』および役割に関しては,Williams,1991に詳しい)。ただし,このような役割設定が成功するためには,設定された役割が住民の意向に沿い,支持されるものであることが不可欠である。

デリア達の今回の調査は,『マニュアル』が提示する役割に対する人々の意見を知ろうとするもので,連邦政府の補助金によって,ギャラップ社に委託して電話調査が行われた。層化抽出法により人種分布に比例した標本抽出を行い,1,001名の標本を抽出したが,さらに人種別に分析する為に,アフリカ系とヒスパニック系の人々に対して追加の標本抽出を行った。『マニュアル』の8つの役割をカッコ内の10の役割に修正した上で,各々の重要性に対する意見が調査された。(10の役割:1)学校教育の支援,2)就学前児童の学習への扉,3)個人に対するレファレンンス・サービスの提供,4)地元の企業に対するレファレンス・サービスの提供,5)コミュニティ活動のセンター,6)研究活動への支援,7)コミュニティに関する情報の提供,8)成人の自主学習の援助,9)勉強や仕事のための場所の提供,10)軽い読物や雑誌・ビデオなど一般向け資料の提供)

図書館に振り当てるべき税金の額に対する意見なども調査されているが,ここでは役割に関する調査結果に絞って紹介する。

役割に関する質問の回答では,重要度の高い順に,1)公教育支援,8)自主的学習援助,2)就学前児童援助,6)研究センター,7)コミュニティ情報センター,4)企業へのレファレンス,3)個人へのレファレンス,9)仕事場の提供,10)一般向け資料の提供,5)コミュニティ活動センターと,教育に関連した役割の重要度が最も高く,情報へのアクセス手段の提供に関連した役割がそれに次ぎ,一般向け資料の提供などの重要度は低かった。人種別にみた場合でも,アフリカ系とヒスパニック系が白人系よりも全体に重要度が高かったものの,順位自体に大きな違いはなかった。

人々が重要と考える公共図書館の役割は,第一に教育の支援であり,第二に情報へのアクセス手段の提供であるという結果であるが,これは公共図書館自身が計画策定において設定した役割とは大きく異なっている。シラーは前記PLDPによって作成された全国の公共図書館に関するデータ(PLDSと呼ぶ)を分析して,『マニュアル』の各役割について,それを最も重要な役割ないし二番目に重要な役割としてあげている図書館の数を数えると,最も多いのが10)一般向け資料の提供,次いで2)就学前児童援助,3)と4)のレファレンス(『マニュアル』では個人向けと企業向けを区別していない)の順で,重要性に対する一般市民の意見とは異なることを指摘している。

シラーはこれについて,人々が最もよく利用するものと人々が最も重視しているものとを図書館員が混同しているとして,教育的役割の重視を提唱しているが,デリア達の見解はこれとはやや異なっている。彼ら自身が行ったいくつかの公共図書館での調査によると,利用者に来館理由として最もふさわしいものを尋ねたところ,一般向け資料の利用が例外なく最も多かったのに対し,おなじ利用者に最も重要な来館理由を尋ねたところ,レファレンスと教育関連のものが最も多く,一般向け資料の利用は少なかった。このことから,デリア達は,図書館員の認識に混乱があるというよりは,利用者の要求に,最もよく利用するものに対する要求と,利用はそれよりも少ないが,重要度の高いものに対する要求という二つの側面がある,という結論を導き出している。さらに,分館によっては,両者が一致して,一般向け資料の利用が利用度でも重要性でも最も高いところが存在したことから,計画策定に当っては,二つの側面を相互背反的な関係としてとらえるのではなく,各館の状況に合わせて,両者のバランスを取っていくことこそ肝要であるとしている。

役割の具体的な実践に関する議論がないために,話がやや抽象的であるが,公共図書館の役割に関する以前からある論争の中に置いてみるとき,デリア達の見解は興味深いものがある。

田村俊作(たむらしゅんさく)

Ref: D'Elia, G.et al. Public opinion about the roles of the public library in the community. Publ Libr 33(1) 23-28, 1994
Shearer, K. Confusing what is most wanted with what is most used. Publ libr 32 (4) 193-197, l993
Williams, P. アメリカ公共図書館史1841年-1987年 勁草書房 1991