CA788 – 情報化時代における生産性―ホワイトハウス会議の議論より― / 松山健二

カレントアウェアネス
No.150 1992.02.20


CA788

情報化時代における生産性−ホワイトハウス会議の議論より−

第二回ホワイトハウス会議(CA771CA781で既報)では,次の三つの総合テーマの下に話し合われた。

  1. 識字。アメリカ人の識字率がその生活水準の高さに対応していないこと。情報化の進展に伴い,高い専門性と能力が情報の入手と活用に必要な状況となった。その点では,識字率の低さは危機的とさえ言える。
  2. 生産性。情報化社会の進展に伴い,経済における情報の役割が変化したことが議論の中心となった。
  3. 民主主義。民主主義が機能するには,情報が正確に伝達され,それに基づいて大衆が正しい判断をすることが必須条件である。そこで,図書館と情報サービスにそうした役割が求められているのである。

以下に紹介するポール・シェイ(Paul E.Shay)の「情報社会の生産性(Productivity in the Information Society)」という論文は,会議のために作成された討議資料の一つで,論題のとおり,特に生産性を扱ったものである。

この論文の中で,シェイは生産性の概念の拡張を詳細に論じている。古典的な経済理論では,生産性とは一定の労働の下における材料と生産量との関係であった。それが,今日では効率性を指すものに止まらず,経済過程や経済行動への情報の適用の指標となりつつある。この変化の背景にあるのは,第一に,新しいテクノロジーの登場である。産業化時代の大量生産システムから,フレキシブル生産システム(FMS)への移行である。FMSは情報テクノロジーの発達によって誕生したもので,このシステムによって従来の効率を維持しつつ,多種類の商品の生産が可能になった。それが,人間の創造力を経済に応用する可能性を生み出したのである。第二には,価値観における革命である。産業化時代には,健康,功績,権力,名声等,精神の外部に価値の中心があった。しかし,産業化時代の終焉とともに次第に精神面が重視されるようになってきた。新しい価値観は,人間的成長,自己充足,質重視の生活,環境等を重んじる。こうした人間の内面に基点を置く風潮は価値観の多様化を生みだし,消費者行動にも強く影響を与える。そして,消費者の嗜好を的確に掴み,素早く対応することが経営の必須条件となる。第三に,新しい世界経済の状況が,生産性に影響した。すなわち,アメリカの経済的な地位が低落したことと,強力な競争相手の登場である。生産性をめぐる競争は世界的な規模で行われ,敗者になることは生活水準の低下につながる。以上の三つの要因が相互に作用して,ルネッサンスや産業革命に匹敵する社会的な変化を生み出したのである。

こうした状況で,図書館と情報サービスにとって考えられる将来のシナリオは五つある。しかし,将来と言っても既にその傾向は始まっている。1) テクノロジーの進歩はますます速くなり,専門的な能力を維持するには常に研究が必要となる。そして,その手段として図書館と情報サービスの需要は高まるだろう。2) ゴールド・カラーと呼ばれる人々が産業界にとって不可欠の存在となるだろう。電子機器やデータベースに詳しく,図書館での情報検索にも通じている,高度な訓練を受けた,創造的な情報労働者であるゴールド・カラーは,正確かつ最新の情報を活用して,的確な判断を下す。3) 企業の在り方もかなり変わりつつある。企業は激増したが,その雇用者は減りつつある。つまり,小規模の企業が増えているのである。内部に独自の情報源を持つ大企業ならともかく,小規模の企業にとって外部の情報サービスは欠かせない存在となるだろう。4) アメリカでは,新たな階層分化が始まりつつある。すなわち,知識と情報を持つ者と持たざる者である。近年,高等学校における中途退学者の割合は増え,低学歴層は増えている。図書館と情報サービスが,こうした人々の救済を始めることは望ましいことである。5) 新たな人口の移動が始まっている。かつては,農村から都市へ,そして都市から郊外への移動があった。現在起こりつつあるのは,郊外からさらにその外側への移動である。人々の持つ新たな価値観と生活スタイルは,都市を必要としない。また,情報に関するテクノロジーは,企業と個人を大都市から自由にした。電話,ファックスなどの伝達手段の発達や電子機器の進歩により,職業に関して場所の制約を受けることはなくなった。これは,場所に規定されることの多い図書館にとって,どのような事態をもたらすだろうか。

情報は,土地,労働,資本に替わる新しい戦略的資源である。整備された情報システムは,新たな成長産業の基礎となるだろう。情報化時代に当たって,図書館は将来に対して大きな役割を担う。しかし,図書館は社会や産業の変化を手伝うだけでなく,それに応えて自らも変化しなければならない。ニーズにそった変革を図書館が進めれば,将来の図書館は現在とはかなり違ったものになるだろう。将来,図書館は建物を意味するのではなく,対話型情報サービスを意味することになるだろう。クレジットカードのように,あらゆる場所であらゆる情報を活用できる情報アクセスカードのようなものは無理だろうか。そうした普遍的なシステムがあれば,生産性にどれほどの効果を与えるだろうか。

松山健二(まつやまけんじ)

Ref: Inf. Hotline 23 (4) 5-9, 1991. 4
図書館と生産性:インディアナ州図書館情報サービス会議における報告 専門図書館 (136) 21-22, 1991