カレントアウェアネス
No.358 2023年12月20日
CA2053
初年次生のためのリーディング学習から見えてくる、大学図書館による学習支援の可能性
青山学院大学教育人間科学部:杉谷祐美子(すぎたにゆみこ)
1. ライティングにとってのリーディング
高校から大学への円滑な移行と適応支援を目指した初年次教育は、2000年代中頃には基礎学力の補習を目的としたリメディアル教育に取って代わるように、日本の大学・短大に普及してきた。2021年度の文部科学省の調査では、初年次教育を実施する大学は実に97.5%に上り、その内容は「レポート・論文の書き方などの文章作法」(91.2%)が最も多い(1)。このようにほとんどの大学で書き方の指導が行われている一方で、なぜか学術的文章の読み方は同調査の調査項目にすら挙がっていない。
高校までに日本語での読みは十分に習得したとの前提に立つのかもしれないが、読み書きはいわば表裏一体の営みである。レポート・ライティングが重視されるのであれば、そのために必要な文献を探索し、適切に理解し評価できることも求められるはずである。そもそも、大学で利用する学術書は高校までに読むものとは質、量ともに大きな差がある。大学生にふさわしいリーディングの学習もまた必要といえるだろう。
本稿では、ライティングと連携させたリーディング学習について、筆者の授業実践も踏まえて課題を示し、大学図書館による学習支援の可能性を検討する。
2. 大学生に求められるリーディング・スキルとは
大学教育においては、ライティングに比べ、リーディングに関する研究はまだそれほど広がっていない。大学のテキストを見てもリーディングの扱いは少なく、用語に揺れがみられ、読みの方法の開発と体系化が課題となっている(2)。
それでも、大学生に求められるリーディング・スキルをテキスト等からまとめると、「読む前の段階の文献探索スキル」「読みのスキル」「読み取った内容のアウトプットのスキル」がある。これらはリーディング学習を行う際には、相互に連動しているスキルでもある。
2.1 読む前の段階の文献探索スキル
第一に、読む前の段階の文献探索スキルがある。文献・情報の探索法と収集である。これこそ図書館が本領を発揮するところだが、検索法にとどまらず、優先的に読むべきものを選び出す方法もここには含まれる。題名、要旨・紹介文、目次、序論、結論、著者紹介、出版年、索引等を手がかりに、読むべき文献のあたりをつけていく。
2.2 読みのスキル
第二に、読みのスキルがある。読み方の名称は様々だが、「速読・多読」「精読」「批判的読み」の三段階に分けて読み進める。
速読・多読は、テーマや接続詞等に注意してざっと通読し、著者の立場や論の展開を大まかにつかむ「スキミング/すくい読み」と、目次や索引を参考に特定の情報を見つけて重点的に読む「スキャニング/探索読み」が該当する。こうして概要を頭に入れたら、次は丹念に読む精読に移る。精読では、重要な箇所に印をつけながら段落の要点や段落間の関係を理解し、論理構造をつかむ。また、分からない用語等を調べて文意を正確に把握する。さらに次の批判的読みでは、論の展開に矛盾はないか、根拠に説得力があるかなど、疑問を投げかけながら、複数の視点から注意深く分析的に、批判的に読む。この批判的読みが問いの設定や文献の信頼性の判断につながるのである。
2.3 読み取った内容のアウトプットのスキル
第三に、読み取った内容のアウトプットのスキルがある。重要な箇所を抽出して整理する、それに対する疑問や考えをメモする、文章の構造を図式化する、要約や批評を書く等である。さらに、引用の方法や参考文献の書き方も含めてよいだろう。これらは文章への理解を深め、ライティングと重なるスキルでもある。
3. リーディング学習の授業実践例
近年、初年次生を対象としたライティングのためのリーディング学習として、「あらまし読み」といった速読・多読により問題意識を形成し、文献2冊を比較して読書レポートを書く取組(3)(4)、ライティング科目との連携を目指したリーディング科目の中で、課題文を精読して予習ノートを作成し、仲間との話し合いによる協同学習法(Learning Through Discussion:LTD)を通して読解力を高める取組(5)、自分で選んだ論文やサンプルレポートの構成、形式を分析し、自由なテーマでレポートを書く取組(6)等がみられる。
筆者の「基礎演習I」の授業実践はこのうちの最後の取組に近いが、問題の多面的な考察を重視し、論文作成に主眼を置いた授業を実践している(7)(8)。「基礎演習Ⅰ」は教育学科の初年次生必修科目(前期開講)で、原則対面授業である。受講生自身が教育問題に関するテーマを設定して、7月末までに4,000字程度以上の論文を書くことを最終目標にしている。これまで適宜改善を重ね、2023年度の授業内容は表の通りである。
回 | テーマ |
① | オリエンテーション |
② | 本の読み方 |
③ | 批判的読み |
④ | 論文とは・論文の構造 |
⑤ | 図書館の利用 |
⑥ | 問題の設定 |
⑦ | 文献の情報整理と検討 |
⑧ | 主張の確認と根拠 |
⑨ | プレゼンテーションの技法 |
⑩ | アウトラインの発表(1) |
⑪ | アウトラインの発表(2) |
⑫ | 論文の作成(1) |
⑬ | 論文の作成(2) |
⑭ | 論文の作成(3) |
⑮ | まとめ |
以下で、2章で挙げたリーディング・スキルと照らし合わせて概説する。
文献探索スキルについては、文献の選び方を第2回「本の読み方」で説明し、検索方法は第5回「図書館の利用」で大学図書館が作成したオンデマンド教材を用いて自主学習をしてもらう。この第5回の課題として、学生たちは自分の論文作成に必要な文献表(図書、雑誌論文、新聞記事を含む)を作成する。
読みのスキルは第2回「本の読み方」で講義し、第3回「批判的読み」で演習を行う。同一テーマで正反対の主張をする小論を用意し、学生は片方だけ精読、批判的読みをしてコメントを付す。前半は同じものを、後半は異なるものを読んだ学生でグループを作り、互いのコメント等を共有し、それぞれの立場から小論の説得力を検証する。さらに第4回「論文とは・論文の構造」で、論文の構成を理解するために事前課題を出す。これは教員が選んだ学会誌の論文を精読し、問題設定、結論、論証等の項目ごとに内容を整理する課題である。第4回の授業では論文の書き方の講義のうち、論文の構成や問いの絞り込みの部分について説明し、事前課題の解答例と突き合わせて解説する。
アウトプットのスキルは読みのスキルの課題でも用いるが、特に第7回「文献の情報整理と検討」で扱う。この回は教場で授業は行わず、オンデマンド授業として一定期間内に、学生が自分の論文に必要な文献を2点以上精読、批判的読みをし、利用できそうな箇所の抜き書き・要約を行い、キーワード、文献を読んだ目的、論文で使う箇所、その他考えたことを文献整理シートのファイルに記入する。さらに次の第8回「主張の確認と根拠」ではこの文献整理シートを参照して、文献から明らかになったこと、設定した問題に対する自分の考え、今後の文献調査の予定等を文章化し、それに基づきグループでディスカッションを行う。これらに加えて、序論(第6回)、論文の概要(第10回)、中間論文(第12回)の各提出課題には利用する文献の最低限の点数を指定し、授業外での文献の精読を促している。そして、課題の前には、適切に論文に利用できるように引用の方法や参考文献の書き方を繰り返し説明する。
4. 学生の試行錯誤と学び
本授業で論文完成後に実施してきた学生へのアンケートでは、論文作成で難しいと感じたことやさらに学んでみたいことなどを尋ねている。その結果、例年、リーディングに関する記述が大勢を占めてきた(9)(10)。ここ3年は、振り返りとして、論文作成を通じて学んだこと、考えたことを書いてもらっている。
この振り返りの記述から、改めて大学でのレポート・ライティングが高校までとは大きなギャップがあることがうかがえる。自分の意見を主張する小論文を書いた経験はあるものの、概して文献を用いたことがなく、あったとしても多数の文献を利用していない。そのため、前述の三つのスキルいずれにも学生たちは戸惑いと難しさを感じている。授業では「書く」以上に、前段階の「調べる」「読む」下準備が大変だと伝えるが、学生たちは「書く」段階になって身をもってそれを実感する。適した文献を探し、より多くの文献を読み、そこから適切な部分を見つけ、批判的読みをしながら論文に利用できるか、どのように利用するかを考える。学生はこれらの重要性を自覚し、試行錯誤していく。
しかし、そうした大変さの一方で、楽しさを感じる学生も少なからずいる。様々な文献を読むことを通じて自分の知識や視野の狭さを痛感した学生は、新たな知が増えて理解が深まることに喜びを見出し、さらには自分の関心や主張が明確になることに手応えを得ていく。それはときに、思いもよらぬような考え方に触れ、文献に引きずられたり、揺さぶられたりもするが、そうした経験自体が本授業の到達目標の一つである「自分の考えを相対化する」契機となる。
5. 学習支援の課題と大学図書館への期待
初年次からのリーディング学習が必要だと述べてきたが、通常、レポート・ライティング科目は半期1コマで設定されている。その中でライティングとリーディングの両方を扱うには自ずと時間的な限界がある。それを補うために、効果的な授業外学習と学習支援が求められる。リーディング学習に関しては、大学図書館の関与の余地が大きいことはいうまでもない。
文献探索スキルでは、学生は検索方法を学べても、各自のテーマで適切な文献を探し、優先的に読むべきものの判断をつけるのが難しい。問題設定を絞り込んだり、逆に視野を広げたりしながら、関連するキーワードを考える際に、専門的な助言は有益となる。
読みのスキルでは、文献探索スキルとも関連するが、優先的に精読するものを選ぶための速読・多読、「スキャニング/探索読み」のこつなどを、授業以外にも学生に勧めてもらう機会があると望ましい。
アウトプットのスキルでは、文献を読みながら必要な情報や考えたことを記録・整理するように学生に習慣づけられないかと思う。学生には、論文に直接利用できなかった情報も自分にとっての財産であり、また別の機会に利用できる可能性があると説明する。かつては読み取った情報をカードに記録することが推奨されたが、筆者の授業ではWordのファイルで情報整理を行っている。現在の学生の学習環境に合わせて、特定の科目だけでなく大学4年間にわたってリーディングのアウトプットを蓄積できる効率的・効果的な方法の開発を大学図書館に期待したい。
(1)令和3年度の大学における教育内容等の改革状況について(概要). 文部科学省,2023,8, 56p.
https://www.mext.go.jp/content/20230908-mxt_daigakuc01-000031526_1.pdf, (参照 2023-10-23).
(2)牧恵子. 「レポートを書くこと」と「読むこと」の再定位-大学初年次生の困難さから-. 愛知教育大学大学院国語研究. 2017, 25, p. 60-35.
https://aue.repo.nii.ac.jp/record/5904/files/inkokugokenkyu253560.pdf, (参照 2023-10-23).
(3)牧恵子. 「俯瞰的多読と比較レポート」の実践-2016年度「初年次演習」の産出文章からの検証-. 愛知教育大学大学院国語研究. 2018, 26, p. 34-25.
https://aue.repo.nii.ac.jp/record/6449/files/inkokugokenkyu263425.pdf, (参照 2023-10-23).
(4)牧恵子. 英語多読方法の調査と日本語多読への応用-大学初年次教育における新たな「読書シート」の開発のために-. 愛知教育大学大学院国語研究. 2019, 27, p. 48-29.
https://aue.repo.nii.ac.jp/record/7099/files/inkokugokenkyu272948.pdf, (参照 2023-10-23).
(5)福博充,関田一彦. “書くために必要な読解力を鍛える-初年次科目「思考技術基礎」とライティング-”. 思考を鍛えるライティング教育:書く・読む・対話する・探究する力を育む. 井下千以子編著.慶應義塾大学出版会, 2022, p. 33-50.
(6)中村かおり. 大学での学びの基盤作りを目指す初年次レポート指導-アカデミックなスキーマ形成を中心に-. 大学教育学会誌. 2022, 44, p. 84-94.
(7)杉谷祐美子. “初年次教育の重要性とリーディング&ライティング”. 大学教育と読書:大学生協からの問題提起. 玉真之介編著.大学教育出版, 2022, p. 43-63.
(8)杉谷祐美子. “リーディング学習と接続するライティング教育”. 思考を鍛えるライティング教育:書く・読む・対話する・探究する力を育む. 井下千以子編著.慶應義塾大学出版会, 2022, p. 75-90.
(9)杉谷祐美子. “初年次教育の重要性とリーディング&ライティング”. 大学教育と読書:大学生協からの問題提起. 玉真之介編著.大学教育出版, 2022, p. 43-63.
(10)杉谷祐美子. “リーディング学習と接続するライティング教育”. 思考を鍛えるライティング教育:書く・読む・対話する・探究する力を育む. 井下千以子編著.慶應義塾大学出版会, 2022, p. 75-90.
[受理:2023-11-10]
杉谷祐美子. 初年次生のためのリーディング学習から見えてくる、大学図書館による学習支援の可能性. カレントアウェアネス. 2023, (358), CA2053, p. 8-10.
https://current.ndl.go.jp/ca2053
DOI:
https://doi.org/10.11501/13123924
Sugitani Yumiko
Possibilities of Learning Support by University Libraries as Revealed by Reading Learning for First-Year Students