CA2052 – AI時代のアルゴリズム・データリテラシー教育の必要性 / 坂本 旬

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カレントアウェアネス
No.358 2023年12月20日

 

CA2052

 

AI時代のアルゴリズム・データリテラシー教育の必要性

法政大学キャリアデザイン学部:坂本 旬(さかもとじゅん)

 

1. はじめに

 生成AIの急速な普及は、その学校現場への導入をめぐる議論を活性化させた。それは世界的な傾向である。しかし、日本ではもっぱら「活用」という側面からの議論にとどまっている。例えば、文部科学省は2023年7月4日に「初等中等教育段階における生成AIの利用に関する暫定的なガイドライン」(1)を公開しているが、これは「学校関係者が現時点で生成AIの活用の適否を判断する際の参考資料」と位置付けられており、「活用」の側面に重きが置かれている。

 しかし、AI時代に求められるのは、単なるAIの活用ではなく、アルゴリズムリテラシーやデータリテラシーの育成である。本稿ではAI時代に求められるアルゴリズムリテラシーやデータリテラシーについてユネスコの政策を足掛かりに解説する。

 

2. アルゴリズムリテラシー、データリテラシーとは何か

 まず簡単にこれらのリテラシーの定義を整理しておこう。アルゴリズムとは、プログラムが動作するためのコマンドやルール、ルーチンのことである。アルゴリズムリテラシーとはアルゴリズムが動作する仕組みや社会に与える影響を理解し、問題解決に活用する能力のことである。一方、データリテラシーとは個人がデータにアクセスし、解釈し、批判的に評価し、管理し、取り扱い、倫理的に使用する能力である。

 コンピュテーショナル思考は、コンピュータや他のツールを活用して問題解決を行う一連の思考プロセスを指すが、アルゴリズムリテラシーはコンピュテーショナル思考の一部として機能する。一方、データリテラシーは情報リテラシーの一部であり、情報に含まれるデータに焦点を当てた概念である。

 これらを含むより大きな枠組みを指す概念として、デジタルコンピテンシー(もしくはデジタルコンピテンス)、ICTコンピテンシーやデジタル・シティズンシップなどがあるが、これらを主導する組織や個人によって重点の置き方に違いがある。デジタルコンピテンシーやICTコンピテンシーは、デジタル技術を用いて情報にアクセスし、評価利用し、創造する能力に重きがあるが、デジタル・シティズンシップは、デジタル技術を用いて市民社会に参加する能力に重きが置かれる。

 

3. ユネスコの政策にみるAI時代の到来

 国際的な動向として、ユネスコは、2019年に報告書「教育におけるAI:持続可能な開発のための課題と機会」(2)を公開した。ユネスコはこの報告書で、国際的組織が提唱するデジタルリテラシーやデジタルコンピテンシー、ICTコンピテンシー、コンピュテーショナル思考などの概念を挙げ、それらの重要性を指摘している。例えば、デジタルコンピテンシーの教育は「児童生徒がこれから生きていくデジタル社会に参加するための市民としての教育の一部」とされている。

 ユネスコはまた、2021年にメディア情報リテラシー・カリキュラムを改訂した。この改訂によって、一般に「フェイクニュース」とも呼ばれる間違った情報がネット上に拡散する今日の偽情報問題に対応するとともに、教職員向けから一般市民向けへとカリキュラムの対象者を拡大した。カリキュラムによれば、メディア情報リテラシーとは、人々が日々受信する情報やコンテンツに対する批判的思考能力であり、社会的価値のあるメッセージを創造する能力である。ユネスコは、このメディア情報リテラシーのカリキュラムには、デジタル・シティズンシップ教育や持続可能な開発のための教育(ESD)、誤情報・偽情報とともに、AIに関わる諸問題も含まれると指摘している(3)。そして、AIの中心に位置するものがアルゴリズムリテラシーである。

 ユネスコ、カナダのユネスコ委員会及びカナダのNPOであるKids Code Jeunesseは、2020年に「アルゴリズムリテラシー・プロジェクト」(4)を立ち上げた。現在はデータリテラシーを含む「アルゴリズム・データリテラシー・プロジェクト」になっている。プロジェクトでは、次の三つの概念をアルゴリズムの土台であるとしている。

  1. メディアは常に構築されている
  2. AIはデータに基づいて構築される
  3. 私たちとアルゴリズムは相互に依存している

 なお、(1)はやや難解だが、メディアリテラシーの基本原理であり、メディアは現実をありのままに反映するのではなく、人間によって再構築されたものであることを意味している。彼らは、アルゴリズム・データリテラシーとは、コンピュータの動作の仕方やアルゴリズムがAIに作用する方法を理解することであるとした上で、AIは学習データに依存し、常に正しいとは限らず、バイアスが生じるといった倫理的問題を含んでいることを理解することが求められると指摘している。

 

4. データフィケーション:何が問題なのか?

 AIが機能するためには膨大なデータを意味するいわゆるビッグデータが必要である。ビッグデータ時代には、私たちが残したソーシャルメディア上のデジタル足跡は蓄積され、数値化され、AIによってモデル化や予測が可能となる。この一連のプロセスが「データフィケーション」である。データフィケーションは学校にも導入されつつあり、児童生徒の膨大な学習データを収集することによって、学習評価や学習の個別最適化に活用することが目指されている。しかし、データフィケーションには大きな問題がある。

 パングラッツィオ(Pangrazio)氏とセフトン・グリーン(Sefton-Green)氏は、2022年の著書で世界各国の教育研究者によるデータフィケーションへの批判的研究をまとめた。著者らによれば、データフィケーションの問題は、個人のプライバシー侵害の問題にとどまらない。Facebookの「いいね」のような、ユーザーになんらかの行為を促すプラットフォームの機能やリコメンド機能によって、データ生成を増加させるように若者たちを「訓練」することにあるという。著者らは、「データの処理は、特定の社会的・文化的前提に基づくカテゴリーや規範に依存」しているため、「データフィケーションは政治的な意味合いを持っている」と指摘する(5)。つまり、企業や政府はデータフィケーションを権力行使のためのツールとして活用することができるのである。

 著者らの結論は、データの保護規制と、市民のエンパワーメントと社会への参加のためのデジタルリテラシー教育の必要性である。この二つの要素は相互に代替可能なものではなく、両方が同時に求められるという。とりわけ、重要なのは子どもの扱いである。例えば、欧州連合(EU)の一般データ保護規則(GDPR)では子どもへ特別な注意を払うべきであることが明記されている(第57条)。

 この考え方の土台に位置づくものはデジタル環境の子どもの権利であり、それは国際連合(UN)の子どもの権利委員会が2021年に公表した「デジタル環境に関連する子どもの権利に関する一般的意見第25号」で示されている(6)。同文書では広い意味でデジタルリテラシーという用語を用いているが、アルゴリズム・データリテラシーを含むといってよいだろう。

 

5. 学術図書館とデータリテラシー教育支援

 では、図書館界はどのように考えているのだろうか。米国図書館協会(ALA)は、2021年に『学術図書館におけるデータリテラシー:数字で批判的思考を教える』(7)を公刊した。同書は「図書館員は情報リテラシーと同様にデータリテラシーの推進を支える主要な構成員」だと指摘する。ユネスコと同様に、同書もデータリテラシーが求められる理由を日常生活におけるアルゴリズムの常在化とした上で、AIのデータ収集と利用の手法は、バイアスやプライバシーの面で大きな疑問を投げかけているとする。また、「データリテラシーは、民主主義社会への参加の本質に関わるもの」と述べている。つまり、データリテラシーをコンピュータサイエンスなどの特定の分野の狭い概念と捉えるのではなく、すべての市民が身につけるべき基本的リテラシーの一つとみなしている。

 同書の第1章では、大学教員や学生へのインタビュー調査を通じて、教員が学生に求めるデータリテラシーや図書館員による支援の内容を検討している。その結果、大学のデータリテラシー教育に対して支援できる内容は以下の三つであった。

  1. データ及びデータの情報源の評価
  2. 多様な文脈で用いられるデータの統合
  3. データ倫理と引用

 そして、図書館員が直接行うことができる教育方法として、以下の三つを挙げている。

  1. データ倫理や引用など、授業や研究に関連する専門能力開発ワークショップ
  2. 学部を超えた教員間の交流や実践事例共有の促進
  3. 学生の学習を主題とした研究についての大学教員との連携(8)

 この調査は、大学教員がとりわけデータの情報源の信頼性の評価に注意を払っていることを明らかにしている。そのため、支援の第一項目は「データ及びデータの情報源の評価」である。

 学術図書館におけるデータリテラシー教育支援の対象にはアルゴリズムも含まれる。AIはアルゴリズムとデータセットによって構成されており、学生はデータだけではなく、アルゴリズムの機能や社会への影響についても学ぶ必要がある。同書では、「データ倫理」教育の一部としてアルゴリズムに言及されている。

 

6. さいごに

 図書館界から見れば、アルゴリズム・データリテラシーは情報リテラシーの拡大とみることができる。前章で紹介した米国の事例も、従来の情報リテラシー教育支援を拡張する形でアルゴリズム・データリテラシーを導入しようとするものと捉えることができる。こうした見方は実践的と言えるだろう。

 一方、ユネスコの枠組みからすると、情報リテラシーもアルゴリズム・データリテラシーもともにメディア情報リテラシーやデジタル・シティズンシップの一部である。こちらは理論的な見方だと言える。

 アルゴリズム・データリテラシーの土台に位置するものが批判的思考である。メディアリテラシー研究の世界では、「批判的思考」には二つの意味が含まれている。一つはどのようにメディアが構築されているのかに注意を向けることである。これは先で言及した「メディアは構築されたもの」という原理に基づくものである。

 もう一つの意味は、発信者や受信者の社会的文脈を意識することである。とりわけ社会的文脈において周縁化されがちなマイノリティの立場を理解し、AIのアルゴリズムのバイアスが社会にどのような影響をもたらすのか考えることである。

 ユネスコの政策におけるアルゴリズム・データリテラシー教育は、決してAIやデータ活用のための教育ではなく、こうした批判的思考を含んでいることを改めて確認したい。

 

(1)初等中等教育段階における生成AIの利用に関する暫定的なガイドライン. 文部科学省初等中等教育局, 2023, 24p.
https://www.mext.go.jp/content/20230710-mxt_shuukyo02-000030823_003.pdf, (参照 2023-10-02).

(2)UNESCO. Artificial intelligence in education: challenges and opportunities for sustainable development. 2019, p. 1846p.
https://unesdoc.unesco.org/ark:/48223/pf0000366994, (accessed 2023-10-02).

(3)UNESCO. Media and information literate citizens: think critically, click wisely!. 2021, p. V.
https://unesdoc.unesco.org/ark:/48223/pf0000377068, (accessed 2023-10-02).

(4)KCJ; CCUNESCO. The Algorithm Literacy Project Educational Guide: Diving Deeper into Algorithms. 2020, 15p.
https://algorithmliteracy.org/data/resources/en/Algorithm-Literacy-Education-Guide.pdf, (accessed 2023-10-02).

(5)Pangrazio, L.; Sefton-Green, J. eds. Learning to live with Datafication: Educational Case Studies and Initiatives from Across the World. Routledge, 2022, p. 4.

(6)Committee on the Rights of the Child. General comment No. 25 on children’s rights in relation to the digital environment. United Nations, 2021-03-02, CRC/C/GC/25.
https://docstore.ohchr.org/SelfServices/FilesHandler.ashx?enc=6QkG1d%2fPPRiCAqhKb7yhsqIkirKQZLK2M58RF%2f5F0vEG%2bcAAx34gC78FwvnmZXGFUl9nJBDpKR1dfKekJxW2w9nNryRsgArkTJgKelqeZwK9WXzMkZRZd37nLN1bFc2t, (accessed 2023-10-02).

(7)Bauder, Julia ed. Data literacy in Academic Libraries: Teaching Critical Thinking with Numbers. ALA, 2021, p. 93.

(8)Ibid. p. 17.

[受理:2023-10-30]

 


坂本旬. AI時代のアルゴリズム・データリテラシー教育の必要性. カレントアウェアネス. 2023, (358), CA2052, p. 5-7.
https://current.ndl.go.jp/ca2052
DOI:
https://doi.org/10.11501/13123923


Sakamoto Jun
Need for Algorithm, AI and Data Literacy Education