CA2041 – ニューノーマル時代に対応したラーニングコモンズと学習支援のリデザイン―コロナ禍での対応からの示唆― / 川面きよ

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カレントアウェアネス
No.356 2023年6月20日

 

CA2041

 

ニューノーマル時代に対応したラーニングコモンズと学習支援のリデザイン―コロナ禍での対応からの示唆―

成城大学教育イノベーションセンター:川面きよ(かわづらきよ)

 

1. はじめに

 2020年1月以降、新型コロナウイルス感染症は瞬く間に全世界へと広がった。日本の大学においてはキャンパスへの入構が制限され、非対面環境での教育活動への対応が急遽検討されることとなり、2020年5月に入ると多くの大学がオンライン授業の実施に舵を切った。これに伴い、ラーニングコモンズ(LC)や図書館において対面で行われてきた様々な学習支援サービスも施設の閉鎖や利用制限により、設備やサービスの提供方法および提供内容の見直しを迫られることとなった。本稿ではキャンパス入構が叶わなかったコロナ禍初期の段階で学習支援担当者がどのような取組を行っていたかについて紹介しながら、対面授業やオンキャンパスでの活動が再び主流となった現在、コロナ禍で行われた学習支援をどのように評価し、今後の学習支援の中に包摂していくのかについて、海外の事例も紹介しながら検討したい。

 

2. コロナ禍におけるLCでの学習支援内容の変化に関する調査から

 2015年に立ち上がった関西ラーニングコモンズ担当者ネットワーク(KLCN)は、関西圏の大学を中心としたLCあるいは学習支援担当教職員による緩やかな人的ネットワークである。コロナ禍以前より、主体的な学びの場づくりのための設計・運営・支援方法に関する悩みや課題について情報交換を行ってきた。

 KLCNでは、2021年9月に、コロナ禍においてLCがどのような対応を行ったかを明らかにするため、質問紙調査を実施した(1)(2)。対象はKLCNに参加するLCまたは学習支援担当者で、17大学20施設から回答が寄せられた。調査の結果、2020年前期はほとんどの大学がLCを閉室し、2020年後期から開室時間を短縮したうえで徐々に利用が再開されたこと、2021年前期には通常開室の状態に戻った施設が最も多く、必要な感染対策を施したうえで開室が進んだ様子が確認された。人的な学習支援サービスも、一時的な中断はあったものの、コロナ禍以前に行っていた講習会やセミナー、文章作成支援など対面での学習支援サービスをオンライン環境に置き換えて実施されていた。

 「コロナ禍の開室・運用で困ったこと」としては「そもそも大学全体で各施設を開けるかどうかの判断がつかなかった(決定までに時間を要した)」や「これまでは必要なかった換気や消毒等の開閉館前業務が発生した」などの声が寄せられ、各大学が試行錯誤を重ねながら施設・サービスの運営に臨んだ姿が浮き彫りとなった。運用が開始されるにあたって、利用者間の距離を保つための対策や利用制限を行うことによって、LCの特性を活かした利用が難しくなるなど、感染防止と利用促進とのバランスをどう取るのかについて各大学が非常に頭を悩ませたこと、運営再開のための基準が定まらないことから、非常に難しい判断を迫られた様子が読み取れた。

 施設利用の再開にあたっては、学習エリアにおける座席数の調整やアクリル板の設置、密を避けるための注意喚起サインの掲示のほか、換気や消毒の頻度を決め、定期的に実施するなどの新たな業務が発生した。利用が再開されると、座席数を減らしたことで館内全域が混雑したり、利用者が密になる状況が発生することへの対策も必要となった。密を避けるという観点からLCの特徴的な機能であるグループ活動のためのスペースの利用を制限することになってしまっていることも悩ましい点として挙げられた。

 

3. コロナ禍のLCが提供できたもの

 コロナ禍においてLCおよび学習支援担当者の果たした役割として、オンライン授業に対応した学習支援環境の提供とオンラインを活用した学習支援サービスの提供が挙げられる。

3.1 オンライン授業に対応した学習支援環境の提供

 オンライン授業対応としては、ネットワーク環境やラーニングマネジメントシステム(LMS)へのアクセス集中に備えたサーバーの増強、Wi-Fiのアクセスポイントや電源の増設などのインフラの整備があげられる。オンライン授業を滞りなく実施するための教員、学生双方へのガイダンス実施や、電子資料やデータベースの学外からの利用を支援するための資料収集や当該リソースへの学外からのアクセス環境の整備、図書館資料の郵送サービスなどの準備が進められた。

 対面授業が徐々に再開されるようになると、対面授業とオンライン授業が混在する状態となったことによる新たな問題が発生した。キャンパスにおけるオンライン受講の場所の確保である。LCでは、学生のニーズに応えるべく、それまでのグループ学習の実施を意識したレイアウトからオンライン授業受講のためのスペースへとリデザインされるケースも多くみられた。また、授業を受けるのに十分なネットワーク環境やPCなどの機器を持っていない学生や自宅での学習環境が整わない学生の学習場所としての機能も果たすようになった。

3.2 オンラインを活用した学習支援サービスの提供

 コロナ禍は、これまで対面で行うことが当たり前であった人的な学習支援サービスの形も変えることとなった。活動の現場をオンラインへと移し、スライド資料や動画などのオンデマンドコンテンツの提供やZoomに代表されるWeb会議システムを用いたオンライン・セミナーやオンライン・チュータリング(個別相談)の実施など、これまでオンラインでも実施できることはわかっていたけれども実施されてこなかった学習支援の取組が始まった。これにより、オンラインという特性を生かした多人数や他キャンパスへのサービス提供、時間的な制約から来館が難しく、直接的なLCでの学習支援を利用していなかった学生などに対しても学習支援が届くこととなった。

 同時に、オンラインで提供される学習支援サービスのデメリットも報告されている。岩﨑の論考では、オンライン・チュータリングを事例に、オンライン学習支援における課題として、対面に比べ支援対象の学生の様子から受け取れる情報が少ないことを指摘し、対面時と同様に学生の態度や理解度を把握するためには問いかけ方などを工夫する必要性があると述べている(3)。また谷らの論考では、LCを利用した経験を有する学生への日記法とインタビューを用いた調査から、教員や学生間でつながるための努力や困難の存在、他の学生が「見える」ことの意義、対面で一度も顔を合わせたことのない相手とオンラインでコミュニケーションをとることへの不安や心理的なハードルの高さなどを指摘している(4)

 

4. 台湾・韓国の大学におけるコロナ禍の学習支援

 海外の大学に目を向けると、台湾は2003年の重症急性呼吸器症候群(SARS)、韓国は2015年の中東呼吸器症候群(MERS)の感染拡大の経験から、コロナ禍への対応は早かった。台湾は2月、韓国は3月が新学期の始まりとなるが、ともに3月には当該学期のオンライン授業の実施が決定された。台湾・韓国とも、日本と同様にオンラインでの授業実施は一般的ではなかったが、政府による指導と経済的な支援策を受けて、オンライン学習環境が整えられた。従来、自学自習の場を提供することが学習支援であるという考え方が強いとされてきた韓国の学習支援施設はLCの構成要素の一つである「直接的な学習支援」を伴わない、インフォメーション・コモンズの段階にとどまっていると言われていた(5)。台湾の大学における学習支援環境の調査(6)においても同様の報告がなされている。しかし、コロナ禍によりオンライン学習環境を整える中でオンライン・チュータリングやメディアサポート支援、オンライン学習コミュニティの形成・活動支援など学生への直接的な学習支援へのアプローチを開始し、コロナ禍の収束が見える現在も継続してその活動の幅を広げている(7)

 

5. ニューノーマル時代のLC構築に向けて

 コロナ禍では、多くの大学が短期間に手探りの対応を迫られた。オンライン授業やオンライン学習支援という、これまでになかった取組を半ば強制的に始めざるを得なかったことにより、情報インフラの整備と学習支援コンテンツの拡充を同時に実現するという結果をもたらした。また、オンライン学習のメリットを実感する機会にもなった。

 今後も大学では多様なスタイルの授業形態が維持されることが予想される。コロナ禍以前は対面授業が主流であり、学習支援サービスも主に物理的な学習空間で提供されていたが、今後はオンラインの特性を生かした学習コミュニティの形成や学習支援サービスを組み込んだ、新しい学習支援環境の構築が求められる。広く各施設での実践を共有し、各大学の状況に応じた最適な取組を模索することが重要となるだろう。

 

(1)遠海友紀, 嶋田みのり, 千葉美保子, 川面きよ, 松井きょう子, 岩崎千晶, 村上正行. コロナ禍におけるラーニングコモンズでの支援内容の変化に関する調査. 日本教育工学会研究報告集. 2021, 2021(4), p. 41-44.
https://doi.org/10.15077/jsetstudy.2021.4_41, (参照 2023-05-02).

(2)遠海友紀. コロナ禍の学習環境に関する調査報告 課題研究シンポジウムⅢ. 大学教育学会誌. 2022, 44(1), p. 94-97.

(3)岩﨑千晶. コロナ禍の高等教育におけるオンライン学習支援. グローバル・コミュニケーション研究. 2022, (11), p. 199-210.
http://id.nii.ac.jp/1092/00001875/, (参照 2023-05-02).

(4)谷奈穂, 伊勢幸恵, 佐々木智穂, 國本千裕. オンライン学習環境における大学生の学びと支援ニーズ : 千葉大学の学生を対象とした事例調査. 大学図書館研究. 2022, no. 120, p. 2131-1-2131-16.
https://doi.org/10.20722/jcul.2131, (参照 2023-05-02).

(5)呑海沙織, 溝上智恵子, 孫誌衒. 韓国の大学図書館における学習支援 : インフォメーション・コモンズからの飛躍に向けて. 図書館情報メディア研究. 2017, 11(1), p. 47-58.
https://doi.org/10.15068/00000272, (参照 2023-05-02).

(6)千葉美保子, 川面きよ, 遠海友紀, 嶋田みのり, 岩﨑千晶. 台湾の高等教育における学習環境・学習支援のデザイン. 関西大学高等教育研究. 2020, (11), p. 121-129.
http://hdl.handle.net/10112/00020134, (参照 2023-05-02).

(7)川面きよ. 台湾・韓国の大学における学習環境デザインおよび学習支援サービスの担い手は誰か―日・台・韓 国際比較調査のための予備調査の結果から―. 大学教育研究フォーラム発表論文集. 2023, p. 65.
https://drive.google.com/file/d/18MPP9gUWsTzAkguZub8KFePYQYkQJOJ9/view, (参照 2023-05-02).

 

[受理:2023-05-18]

 


川面きよ. ニューノーマル時代に対応したラーニングコモンズと学習支援のリデザイン-コロナ禍での対応からの示唆-. カレントアウェアネス. 2023, (356), CA2041, p. 4-5.
https://current.ndl.go.jp/ca2041
DOI:
https://doi.org/10.11501/12894517

Kawazura Kiyo
Redesigning Learning Commons and Learning Support for the New Normal: Insights from the COVID-19 Pandemic