CA2040 – 学術雑誌のアクセシビリティ:現状と課題 / 植村八潮

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カレントアウェアネス
No.356 2023年6月20日

 

CA2040

 

学術雑誌のアクセシビリティ:現状と課題

専修大学文学部:植村八潮(うえむらやしお)

 

1. はじめに

 「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」(2016 年、障害者差別解消法)や「視覚障害者等の読書環境の整備の推進に関する法律」(2019 年、読書バリアフリー法)の施行を受け、日本学術会議協力学術研究団体(以下「学協会」)において学術情報・コミュニケーションへのアクセスの保障がこれまで以上に求められている。障害のある読者・研究者は、学業や学術研究において、教科書・学術書による学び、図書館の利用、論文の執筆等で、さまざまなアクセシビリティの問題に向き合っている。

 そこで筆者らは、学協会を対象に、学会誌や学会ウェブサイトのアクセシビリティや、研究大会における情報保障の実施状況について質問紙調査を行い、その成果について学会での口頭発表や論文として公表した(1)(2)。調査では、学会誌やウェブサイトにおけるアクセシビリティ、研究大会における情報保障のいずれにおいても取り組みは進んでいないことが明らかになった。自由記述欄に寄せられた意見では、「調査に回答することで当学会のアクセシビリティへの対応の遅れを再認識させられた」、「障害者へのアクセシビリティそのものを理解しておらず、これまで議論もされたことがなかった」等が寄せられており、アクセシビリティ対応の必要性そのものが、学協会や編集委員会で共有されていないことは明らかである。

 本稿では、この調査における課題を見直した上で、学術雑誌のアクセシビリティを担保するための方策について検討する。

 

2. 調査の概要と課題

 筆者らは2021年8月30日から9月13日にかけて、学協会1,958団体を対象に、Google Formによる質問紙調査を実施した。うち316団体から回答があり、回収率は16.1%であった。

 調査では、まず、学協会誌の発行媒体について、紙媒体、パッケージ系電子メディア、オンラインジャーナルに分けて、それぞれアクセシビリティ対応の有無についてたずねている。回答のあった316団体のうち、紙媒体で学協会誌を発行しているのは270団体で、そのうち、アクセシビリティ対応を「している」と答えた団体は18団体にすぎない。その方法としては、選択肢のうち「アクセシブルなPDF」を選んだ回答が最多で10団体となった。ただし、何をもってアクセシブルとするかは、調査段階では回答者の判断にまかせていた。むしろ、「アクセシビリティ対応」とは何かこそが、もっと突き詰めて検討すべき課題であるといえる。

 この調査では学協会のアクセシビリティ対応を対象としているため、J-STAGEに掲載されたオンラインジャーナルを調査対象から除いている。J-STAGEにPDFで掲載したものもオンラインジャーナルと言えるが、その場合のアクセシビリティはJ-STAGEに依存することになると考えたためである。

 これも調査段階では明確にしていなかったが、J-STAGEはウェブサイトとして、どの階層でも完全な構造化がなされていない。このことから、J-STAGEはアクセシブルであるとは言いがたいという厳しい評価が視覚障害者から寄せられている。さらに、PDFで提供されたオンラインジャーナルのアクセシビリティは学会ごとに異なっている。スクリーンリーダーを用いることで、本文の読み上げ可能な学会誌もあるが、ヘッダーやフッターしか読み上げない学会誌や、読み上げはできないが本文のコピーができる学会誌もある。

 そもそも、EBSCO社のスミス(Rob Smith)氏は、PDFの提供ではアクセシビリティの確保が困難であるとして、次のように指摘している。「ほとんどのPDFにはアクセシビリティの問題があるため、これに関する私たちの大きな戦略の一つは、一般的にアクセシビリティに優れ、アクセシブルな方法で作成しやすいHTMLベースの形式の採用を奨励することである」(3)

 

3. 学術雑誌のアクセシビリティ担保の方策

 では、市場流通する学術雑誌について、どのような提供をもってアクセシビリティを担保したと言えるだろうか。その第一歩は、オンラインジャーナルでの提供であることは言うに及ばないだろう。一般的に、「コンテンツ」としてサーバー上に配置されたオンラインジャーナルは、「ウェブサイト」で提供されている。そして利用者の端末からの検索リクエストに応じて、各端末上の「ビューワー」を介して表示される。つまりオンラインジャーナルがアクセシブルであると言うためには、「ウェブサイト」だけでなく、利用者の操作にかかわる「ビューワー」、「コンテンツ」の3点が、それぞれアクセシブルである必要がある。

 ウェブサイトやビューワーのアクセシビリティに関しては、国内規格のJIS X 8341-3:2016(4)を始めとした、国内・国際規格やガイドラインがある。JIS X 8341-3には、検証可能な達成基準が設けられており、A(最低レベル)、AA及びAAA(最高レベル)の三つの適合レベルが定義されている。

 ビューワーを端末上で利用する際の支援技術として、利用者自身がインストールしたスクリーンリーダーや点字ディスプレイのほか、文字拡大をはじめ端末のOSや標準的なブラウザが提供する支援技術等が活用できなくてはならない。また、ウェブサイトは、視覚障害者等が円滑に利用できるよう、音声読み上げとキーボード操作のみで利用することを前提としたコンテンツの提供が求められる。

 レベルAでの一例を挙げれば、ウェブページに見出し、段落、リスト、テーブル等のタグを指定することにより、適切な構造化を行うことや、各ページの内容や目的を説明したタイトルをつけること等がある。さらにコンテンツのうち、図表等、利用者が理解する必要があるすべての非テキストコンテンツに代替テキストを付与することが求められる。

 しかし、現状のオンラインジャーナルは、紙媒体として発行されていた学術雑誌を元に、スキャニングして制作したPDFや、組版システムからテキスト付きPDFとして制作されたものが多い。組版システムから制作されたPDFは、スクリーンリーダーによる本文の音声読み上げや全文検索が可能とは言え、図版の代替テキストもなく、数式は言うに及ばず、段組を適切な順序で読み上げない等の問題がある。スキャニングして制作したPDFに至っては、OCRテキストが付されていれば、スクリーンリーダーによる音声読み上げが可能であるとは言え、OCRの誤認識がそのままになっているものが多く、アクセシブルとはとても言いがたい。

 アクセシビリティの判断基準としては、電子書籍のフォーマット形式であるEPUBのアクセシビリティ要件を規定したJIS X 23761:2022(5)に準じることが求められる。しかし、同JISでは、EPUB出版物がアクセシブルといえる要件が示されたものの、学会誌を同JISに適合したEPUB出版物として制作するための課題は多岐にわたり、その整備すらこれからである。J-STAGEだけでなく、現在流通する電子書籍においても対応しているものはないと言ってよい。電子書籍については、アクセシビリティのメタデータが付与されていないという課題以前に、メタデータの要素自体が未整備である。この点については、「電子書籍のメタデータに関するNISOの推奨指針」が米国の現状について紹介している(E2543参照)。

 

4. おわりに

 米国では、学術電子ジャーナルのアクセシビリティについて早くから議論されており、実際、そのプラットフォームであるJSTORでは、検証方法も含めて検討されてきている。背景として、「リハビリテーション法」(1973年施行)の508条や「障害を持つアメリカ人法」(1990年施行、Americans with Disabilities Act:ADA)等の早くからの法整備を挙げることができる(6)(7)。また、アクセシブルな形式で出版物を提供するための要件としてEPUBとすることが推奨されてきた(8)

 米国のこうした動きに対し、日本の状況は緒に就いたばかりと言わざるを得ない。しかし、冒頭で述べたように法律も施行された以上、一刻も早くアクセシブルな学術情報・コミュニケーションの環境が整備されることが望まれる。そのためにも、学協会のアクセシビリティに対する理解と意識の向上が求められるところである(9)

 

(1)植村八潮, 西田奈央, 野口武悟, 植村要. 学術情報・コミュニケーションにおけるアクセシビリティの現状と課題 : 学協会を対象とした質問紙調査を通して. 専修大学情報科学研究所所報. 2022, No. 100, p. 1-6.

(2)植村要. 2022年春季研究発表会ワークショップ 学協会活動のアクセシビリティを考える. 日本出版学会会報. 2022, No. 153.

(3)Graham-Clare, Laura. “Accessibility and scholarly communications: how can we ensure access for all?”. Springer Nature. 2022-01-26.
https://www.springernature.com/jp/librarians/thelink/blog/blogposts-news-initiatives/accessibility-paneldiscussion/20065798, (accessed 2023-04-24).

(4)JIS X 8341-3:2016. 高齢者・障害者等配慮設計指針―情報通信における機器,ソフトウェア及びサービス―第3部:ウェブコンテンツ.

(5)JIS X 23761:2022. EPUBアクセシビリティ―EPUB出版物の適合性及び発見可能性の要求事項.

(6)Conrad, L.Y.; Kasdorf, B. Making accessibility more accessible to publishers. Learned Publishing. 2018, (31), p. 3-4.
https://doi.org/10.1002/leap.1154, (accessed 2023-04-24).

(7)Trimble, L. Accessibility at JSTOR: From box-checking to a more inclusive and sustainable future. Learned Publishing. 2018, (31), p. 21-24.
https://doi.org/10.1002/leap.1134, (accessed 2023-04-24).

(8)Kasdorf, B. Why accessibility is hard and how to make it easier: Lessons from publishers. Learned Publishing. 2018, (31), p. 11-18.
https://doi.org/10.1002/leap.1146, (accessed 2023-04-24).

(9)日本出版学会出版アクセシビリティ研究部会では、学術誌をアクセシブルなEPUB出版物として制作する際の課題整理に取り組んでおり、その研究成果を元に同学会の2023年春季研究発表会ワークショップで「アクセシブルなEPUB出版物の制作における課題――日本出版学会学会誌を事例にして」と題して2023年5月に討議する予定である。
https://www.shuppan.jp/event/2023/04/12/2697/, (参照 2023-04-24).

 

[受理:2023-04-28]

 


植村八潮. 学術雑誌のアクセシビリティ:現状と課題. カレントアウェアネス. 2023, (356), CA2040, p. 2-3.
https://current.ndl.go.jp/ca2040
DOI:
https://doi.org/10.11501/12894516

Uemura Yashio
Current Issues in Accessibility of Academic Journals