カレントアウェアネス
No.354 2022年12月20日
CA2030
危機下での図書館運営
シャンティ国際ボランティア会:山本英里(やまもとえり)
1. シャンティの図書館活動
公益社団法人シャンティ国際ボランティア会(1)(以下「シャンティ」)の海外における取組の軸である図書館活動は、1980年、内戦によりタイに逃れたカンボジア難民の居住するキャンプ内で開始された(2)。シャンティが支援を開始した当初、難民キャンプにおける居・食・住といったいわゆるベーシックヒューマンニーズは、国際連合(UN)とその関連機関を中心に欧米の団体によってある程度満たされていた。しかし、多くの人々は、残虐な戦争体験、自分の生活、祖国を奪われたことで、人間としての尊厳やアイデンティティを踏みにじられ、民族としての誇りを失いかけていた。難民、避難生活といった特殊な環境の中でも、人間としての尊厳を取り戻し、未来に希望をもって生きていくための支援とは何か、そんな試行錯誤の結果が、図書館活動であった(3)。
当時の活動を振り返って興味深いのは、最初から「図書館」が念頭にあったというよりは、難民の人々と共に「人間の尊厳を取り戻す」ための活動を試行錯誤していく過程の中で、「集う」場が提案され、そこで、伝統音楽や舞踊といった「伝統文化」継承のための活動が生まれ、やがて、人形劇や語り継がれてきたおはなしの読み聞かせ、その物語の復刻、書物化といった活動の流れがシャンティの「図書館」を生み出したことである。これは、その後も私たちにとっての図書館活動が、その活動の根幹である理念は共有しつつも、その国の状況、人々に応じて、形や活動を変え発展してきている原点となっている。ここでは、主に紛争下、そして紛争直後の図書館の活動展開について紹介したい(4)。
2. 「空間」が作り出す図書館
シャンティが海外で展開する図書館活動は、おそらく専門家の視点から見れば一般的な図書館としての専門的機能(蔵書の分類管理、レファレンスサービスなど)は、かなり貧弱であろう。しかし、シャンティでは、活動の根底にある人間の尊厳を取り戻すという理念を主軸にしながら、各活動地域において無いものを補足するというより、あるものを最大限活かす方法で図書館という「空間」を作りだすことに力を注いでいる。なぜならば、私たちの活動地域は、多くの場合、電気などもないインフラの未整備な地域であるからである。また、長期化する紛争で図書館の専門家や利用経験者もなく、通常の学校教育ですらまともに運営されていない。識字率は低く、本を復刻したとしても「読む」ことができる子ども、大人は少ない、といったこともめずらしくない。また、多民族国家であれば、言語、文化なども異なるため、多様性をどう担保するかも重要になる。そういった中で、シャンティは、人、本、活動を通して作り上げる空間を大事にしている。中でも、大人が様々な手法で子どもに語る「おはなし読み聞かせ」に力を入れている。シャンティのこうした取り組みの原点となっているのが、おはなしきゃらばんセンターの石竹光江氏による以下のような主旨の言葉である。
人間は生まれ出て死に至るまで愛を求め続ける。愛なくして生きることは不可能である。これを一言で言うとコミュニケーション(対話)への欲求である。赤ん坊は親と他人とのコミュニケーションによって豊かに成長し社会人となるのであり、これが欠けると様々な問題が起きてくる。人間は孤独にはなれない(5)。
おはなし読み聞かせは、本による知識の伝達や疑似体験を通した世界の広がりを届けるだけではなく、紛争で傷ついた子どもを孤独から守ることができる。紛争で、日々の生活に追われる大人たちが子どもに向き合える時間は少ない。大人の愛情が一番必要な時に、大人に甘えることができず、働くことを余儀なくされている子どもは多く存在する。
図書館での様々な活動は、大人から子どもへ愛情を注ぐ大切な時間でもある。専門的な知識はなくとも、子どもが一瞬でも楽しめるよう、大人がおはなし読み聞かせを一生懸命練習し、披露する。そんなコミュニケーションの繰り返しによってシャンティの図書館の「空間」が作り上げられていく。子どもが生きていく上で自らが誇りを持ち、未来を切り開いていけるための知識、術、そして「生きる力」を育むために「図書館」はどうあるべきかを試行錯誤することで、ものがない地域でも「図書館」が存在することができるのである。
3. 危機下の図書館運営の構成要素
戦禍および紛争直後における図書館活動において、常設図書館、学校図書館、移動図書館など、どの形態が有効かは地域の状況や背景に応じて異なる。また、地域によっては、常設図書館と移動図書館の組み合わせにより多くの子どもにサービスを届けることができる。ここに、私たちの経験を共有したい。
3.1 蔵書
シャンティの図書館で設置する本は、その地域で手に入る書物、印刷物、現地の作家や画家に依頼して独自に出版した絵本、日本語の絵本を現地語に訳した絵本を組み合わせている。しかし、紛争下においては、選書に政治的、宗教的圧力がかけられたり、こちらが意図をしないまでも紛争の火種になってしまうこともある。子どもにとって良本であるか否かに加えて、状況に応じた配慮が必要になる。例えば、アフガニスタンでは、2002年の活動開始当初、旧タリバン勢力の影響を受けた保守派が大半を占めていたため、子ども図書館の選書はかなり困難であった。旧タリバンに攻撃されるリスクがない本だけにすれば、子どもにとっての良本といえるものは1冊も置けない。そのため、現地で語り継がれている民話、それにに類似するような国外の本など限られたタイトルから収集、制作を開始し、図書館の理解が進み、少しずつ政情が落ち着いてくる中で蔵書数を増やした。また、紛争を経験し、理不尽な社会で育った子どもにとって、いきなり想像力を掻き立てられるような物語はかえって難しく、常識的な善悪が語られた本の方が理解しやすいなどの傾向がみられた。中には、理不尽な社会の中で人に親切にする、思いやるという行為は逆に損をすることも多く、受け入れない親や子どももいた。しかし、徐々におはなしの世界に魅了され、2021年8月の政変前までは、アフガニスタンの教育政策に図書館が重要な教育施設として組み込まれるまでに至った。残念ながら、現在、図書館は存続危機にあるが、図書館の魅力を理解した多くの人があらゆる知恵を出し合い、制約の中でも図書館活動の継続を可能としている。
3.2 図書館で行われる様々な活動
シャンティでは、紛争などの危機下では、図書館活動を通した子どものための優しい空間と称して図書館活動を展開している。通常時の図書館活動で取り入れている様々な活動(縫製教室、伝統文化、レクリエーション、イベントなど)の中で、家庭内暴力、虐待、児童労働など紛争故に直面しやすいリスクを学ぶ場を組み込んだり、教育の機会を損失した子どもへの学習など教育の機会を提供したり、日々の生活のストレスから解かれ、「安心して、楽しんで過ごせる」空間をより意識した活動を取り入れている。アフガニスタンでは、子どもが好きな絵本の物語を演じたり、ビーズアクセサリーや刺繍、伝統衣装を作る縫製教室が人気である。また、紛争下では、子どもも不安を抱えているため、おはなし読み聞かせや読書に没頭することで一時の平和な時間を過ごすことができる。おはなし読み聞かせを通して感じる大人からの愛情に、閉ざした心を開き、自分の抱える問題や日々の不安を話し始める子どもが見受けられる。
シャンティの対象地域では、心的ケアの専門家を確保することは難しく、その国全体でも人的リソースが限られているため、心の病気など深刻なケースが仮に図書館に共有、相談された場合は専門機関につなげるような形式をとっている。本来の図書館の活動を大きく逸脱しているかもしれないが、私たちは「図書館(Library)」と呼び続け、子ども、人々は、そこに行けば未来に希望を持てる何かがあるのではないかという期待を胸に訪れる。仮に、特別な施設名にしたら、子どもも訪れる人々も躊躇してしまうかもしれない。非日常的な生活の中で、日常的な空間を提供することが図書館の可能性であると考える。
また、インターネットが普及したことで情報が溢れ、フェイクニュースが飛び交うなど、人々は正確な情報にアクセスすることが困難になっている。そういった中で、客観的な情報を得ることができる施設は危機下でこそ必要になっている。
3.3 図書館で働く人々
紛争下、直後における職員の選定は、図書館活動の実施における知識、スキルだけではなく、言語や民族、紛争構造に配慮して人選をする。紛争下では、個人の意見はどうであれ、民族背景などによっては、利用する側にとっては、公平性が疑われ、すべての人々に開かれた図書館になりにくい。そのため、職員の構成にも配慮する必要がある。そして、職員体制は、時間の経過、紛争や政治状況に応じて変化させていく。
アフガニスタンのような、著しく女性の権利が脅かされ、就労が制限されている国では女性職員の確保は極めて難しい。女性職員の配偶者はもちろん家族の同意と協力が不可欠になる。そして、すべての職員に、性的搾取・虐待・ハラスメントからの保護(Protection from Sexual Exploration, Abuse and Harassment : PSEAH)、子どものためのセーフガーディングなどの研修は必須となる。
3.4 図書館の維持、管理
戦禍、紛争直後の図書館活動において一番困難となるのは施設の維持、管理である。通常は、図書館といった施設は、ある程度国が落ち着いて国の予算が配分され始めることで運営されていくと認識されているため、政府が崩壊し、国家予算に期待できない国や、経済活動が禁止され、援助により成立している難民キャンプなどにおいては、施設の維持・管理が最大の課題となる。その費用を紛争で何かも失った住民たちに頼るわけにもいかない。独自で収入を得る試みを検討する場合もあるが、収入向上につながるような活動が優先されてしまうことが懸念される。図書館により提供される空間、レクリエーション、学習といった要素は国際的に認められた緊急時の教育基準(INEE)(6)でも推奨されており、緊急人道支援などの枠組みにおいて「図書館」の活動の意義がより認識され、危機下であっても図書館活動が展開、維持できるような制度整備が不可欠である。
3.5 安全に利用するために職員と利用者の安全
紛争下や紛争直後の政情不安の最中では、教育活動に従事する人々は時に攻撃対象になる。シャンティの図書館事業に関わる職員、教員なども政治的情勢に巻き込まれやすく、攻撃対象になるリスクがある。アフガニスタン、ミャンマーでは、2021年の政変などにより職員の離職、退避などの影響を受けた。一時的に活動を中断しなければならない場合もある。有事の場合の対応方法などをあらかじめ計画化し、職員と共有しておくことが重要である。事業中断の判断基準や、代替案、施設備品、本などの取り扱い、蔵書のデータ化についても可能な範囲で対応計画を作成し、備えることが必要となった。
利用者の安全を守るために有効な手段としては、やはり地域における多様なネットワークである。特に紛争下では、危険を察知した住民による情報提供が安全確保上有益であるため、日ごろから図書館活動への理解や安全確保のための協力体制を構築しておくことが必要である。
紛争下や紛争直後の政情不安の中で図書館活動を推進することは決して容易ではない。一方で、アジアから中東まで文化、習慣が異なる様々な地域で受け入れられてきたことから図書館のさらなる可能性を感じる。
4. これからの図書館活動
紛争下、そして紛争直後のあらゆる支援と比べ、教育支援の優先度は低いことが多く、例にもれず図書館活動の優先度も高くはない。現在、私たちが直面する紛争は複雑化かつ長期化しており、緊急人道支援においても、人々の権利、尊厳を守る支援がより必要となっている。状況が落ち着くまで待っていては、子どもにあらゆる意味での「空白」が生まれてしまう。この「空白」が子どものその後の人生にとって、どれだけ影響があるか計り知れない。図書館は様々な形でこの空白を埋めることができる可能性を大いに秘めている。子どもは、大人が繰り広げる戦争、紛争の最大の犠牲者である。自分自身でその正否を判断する前に大人の主張を刷り込まれてしまう状況は、次世代に新たな対立構造を生みかねない。図書館を通じて対立しあう勢力の子どもが共に学びあい、平和な社会について考える。そういった平和構築への貢献もでき、そして平和な社会の架け橋といった役割を担うことができるのではないか。シャンティは平和の実現に向けた図書館の可能性を引き続き追求していきたい。
(1)シャンティ国際ボランティア会.
https://sva.or.jp/, (参照 2022-10-07).
(2) カンボジアでは1970年代にポル・ポト政権により、作家や教師といった知識人の多くが虐殺されており、焚書政策によって、大半の書物は国内で焼失され、「本」と呼べる印刷物は全く残されていなかった。
シャンティ国際ボランティア会編. 図書館は、国境をこえる. 教育史料出版会, 2011, p. 11-16.
(3) 前掲.
(4) シャンティ図書館活動は、紛争の傷跡を残し、貧困、民族問題などを抱えるタイ、ラオス、カンボジア、タイのミャンマー難民キャンプ、アフガニスタン、ミャンマー、ネパールなど7か国8地域での教育復興支援へと広がっている。また、国内外の自然災害においても、さまざまな活動形態をもって、図書館活動を通じた支援を展開し今日に至る。シャンティの国内外の支援活動についてはウェブサイトを参照。
“シャンティについて”. シャンティ国際ボランティア会.
https://sva.or.jp/about/, (参照 2022-10-07).
(5)以下を元に筆者が要約。
シャンティ編集部. 特集「おはなし」は“教育の原点”. シャンティ. 1997, vol. 162, no. 5, p. 4-5.
(6) The Inter-Agency Network for Education in Emergency は多様なアクターにより構成され、緊急時の教育支援のミニマムスタンダードを提唱している。
“Education in Emergencies”. Inter-agency Network for Education in Emergencies.
https://inee.org/education-in-emergencies#event-universal-declaration-of-human-rights, (accessed 2022-10-07).
[受理:2022-11-15]
山本英里. 危機下での図書館運営. カレントアウェアネス. 2022, (354), CA2030, p. 6-8.
https://current.ndl.go.jp/ca2030
DOI:
https://doi.org/10.11501/12394667
Yamamoto Eri
Libraries in Emergencies