CA2013 – 論文公開手段としてのオープンアクセスジャーナルの有効性 / 浅井澄子

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カレントアウェアネス
No.351 2022年03月20日

 

CA2013

 

論文公開手段としてのオープンアクセスジャーナルの有効性

明治大学政治経済学部:浅井澄子(あさいすみこ)

 

1. はじめに

 オープンアクセス(OA)ジャーナルの普及の背景には、①論文のデジタル化の進展、②購読ジャーナル価格の継続的な上昇により、大学や研究機関が、購読契約を維持することが困難になったこと、③論文への自由なアクセスが、技術進歩を促進するとともに、世界的な情報格差の是正に寄与すると考えられたこと(1)、④ジャーナルで発表された多くの研究には、研究助成金として公的資金が投入されており、その成果は広く社会に還元されるべきという考え方がある(2)。米国や英国などの研究助成機関が、助成を受けた研究者に成果をOAで発表することを要請していることも(CA1903CA1990参照)、その進展を後押しした。

 学会や大学が発行するOAジャーナルの中には、著者に経済的負担を課さないものがあるが、商業出版社が編集し、発行するOAジャーナルで論文を発表するには、著者や関係機関が、発行に要する費用を論文処理料(APC)として負担する必要がある。APCの水準はジャーナルによって異なるが、上昇傾向にあり、2020年の有料のゴールドOAジャーナルのAPCは、平均で1,848ドルである(3)。だれもが無料でアクセスできるOAの意義は大きいが、購読型からOAへの移行は、経済的負担をジャーナルの需要側から、論文の供給側に転換させたことになる。本稿では、大手商業出版社のOAジャーナル市場における位置づけ、APCの決定要因と減免措置にしぼって、OAジャーナルが、ジャーナル市場を健全化させる方策となり得るか、その有効性を検討する。

 

2. 大手出版社の位置づけ

 購読ジャーナルの価格上昇の要因は複数あるが、その中の一つは、ElsevierやSpringer Natureなどの大手出版社の高い市場占有率を背景とする独占力行使にある(4)。OAの初期段階では、非営利の出版社PLOSが注目を集めたが、PLOSのOAジャーナルPLOS ONEで公開された論文数が2013年をピークに減少に転じた一方(5)、購読ジャーナルの大手出版社が、多数のOAジャーナルを創刊したことは、この市場における本格的な事業展開の象徴ととらえられた。ゴールドOAジャーナルのデータベースであるDirectory of Open Access Journals(DOAJ)では、ジャーナルタイトル数が多い出版社の上位10社に、Big5と呼ばれる購読ジャーナル大手出版社5社(Elsevier, Sage, Springer Nature, Taylor & Francis Group, Wiley)が入っている。OAは、購読ジャーナルの価格高騰に対応する側面を有するが、OAジャーナルの提供にあたって、大手出版社の存在感は高まっている。

 2020年に論文を発行した実績のあるゴールドOAジャーナルは、Elsevierで447タイトル、Springer Natureでは550タイトルであった(6)。Elsevierの447ジャーナルのうち、20タイトル(4.5%)はElsevierが傘下に置いたCell PressとLancetのジャーナル、202タイトル(45.2%)は、学会や大学などの研究機関と共同で発行したジャーナルであった。購読ジャーナルの多くは、研究機関が編集し、発行を出版社に委託するケースが多いが、ゴールドOAジャーナルにおいても、出版社は研究機関との協業によって、自社ジャーナルのポートフォリオを拡充している。出版社への委託によって、研究機関のジャーナルの引用指標で測った評価や、著者全体に占める海外の著者割合で測ったジャーナルの国際性は一般的には向上するが、その効果は編集委員会の国際的な人員配置など、ジャーナルを保有する研究機関の行動に依存すること、効果の大きさは委託先の出版社の規模によるものではないことは、サンプル数は少ないが、確認されている(7)

 また、Springer Natureの場合、OA出版社であったBMC(以前のBioMed Central)を傘下に置いたこともあり、吸収合併した出版社のOAジャーナルが、タイトル数全体の過半数を占める。合併による事業拡大は、Springer Nature に限らず、2021年のWileyによるHindawiの合併(8)、2017年のTaylor & Francis GroupによるDove Medical Pressの合併にもみられる(9)。Big5の購読ジャーナル市場における独占力行使の源泉の一つは、合併を通じたタイトル数の増大にあったが、ゴールドOA市場においても、大手出版社は独立系のOAジャーナルの出版社をグループ内に取り込んでおり、この20年で購読ジャーナル市場と同様の足跡をたどっている。

 

3. APCの決定要因

 医学・薬学系のジャーナルのAPCは、一般的に人文系のAPCより高く、学術分野によって、その水準は異なる。2010年代のAPCの分析では、学術分野別や出版社別の調査のほか、引用指標との相関分析が行われ、引用指標との間に正の関係があることが確認された(10)。2020年前後からは購読価格と同様に、APCを引用指標、論文数、出版社や学術分野を示す変数で回帰した実証研究が行われるようになった。大手出版社からAPCを課して発行されるジャーナルを対象に、2019年のAPC、引用指標と論文数の3本の推定式を連立で推定した分析では、多くの論文を収録し、引用指標が高いジャーナルには、高いAPCが課されること、Big5自身のインプリントよりも、これら出版社が吸収合併した出版社のインプリントとして発行されるジャーナルの方が、より高いAPCを課す傾向があることが報告されている(11)。このことは、高いAPCが設定可能な学術面で評価されているOAジャーナルを発行している出版社を、Big5が自社内に取り込んでいることを意味する。

 最近では、大手出版社が転換契約(CA1977参照)を提供し、その実施に際して、購読価格とAPCをパッケージ化した料金体系が導入されている(12)。具体的な料金体系は転換契約によって異なるが、APCが減額または免除される場合、研究者はOA論文の投稿先として、学術分野の合致などの条件を満たせば、所属する機関が転換契約を結んでいる出版社を優先して選択するかもしれない。転換契約の有無が、OAジャーナル市場の競争環境に影響を与える可能性があり、これについては継続的な観察が必要である(13)

 

4. APCの減免措置

 論文発行に際してAPCを課すことは、とりわけ低所得国の研究者が論文をOAで発表することの障壁となる。このため、大手出版社は、これらの国に属する著者のAPCを免除、あるいは半額程度を減免する措置をとっている(14)。対象国や減免の程度は出版社によって異なるが、概ね、世界銀行が低所得国と定義する国の著者には100%の免除、低中所得国に属する著者にはAPCの50%を免除することが一般的である。世界銀行の所得水準で分類した国別の著者が選択した論文種別をみると、自然科学系の論文では、低所得国の40%以上の著者が論文の発表先として、ゴールドOAジャーナルを選択している。この高い割合の背景には、自らが論文の入手に苦労している現状から、他者に対し論文を提供する誘因があることと、APCの免除が寄与しているだろう。一方、自然科学系の著者がOAジャーナルを選択していない割合は、高所得国の著者では55%程度であるのに対し、低中所得国の著者では70%を上回っており、後者にとって、半額が免除されたにせよ、APCの支払いは負担が大きいことを示す。さらに、世界銀行の分類で低中所得国に属するが、著者数が多いインドを減免制度の適用から外している出版社もある(15)。低所得国の著者へのAPCの免除措置は、学術情報の発信に関するグローバルな格差是正の観点から評価されるが、低所得国の著者は全体の1%以下である。OAジャーナルが、研究成果の発表に関する格差を発生させないためには、減免措置の拡充も必要であろう。

 

5. OAジャーナル市場の考察

 購読ジャーナルにOAジャーナルという新たなタイプのジャーナルが加わり、これに伴いPLOSのような参入者が登場したことは、購読ジャーナル市場におけるBig5の独占力に一石を投じる機会であった。しかし、Big5は、現在では多数のOAジャーナルを発行し、そのAPCは一般的に高水準で、かつ上昇傾向にある。APCの決定要因の分析で、大手出版社は、高い引用指標を持つジャーナルに高いAPCを設定することが示された。引用指標とAPC水準の正の関係には、厳格な論文審査で増加した編集費用がAPCに転嫁された結果という解釈と、高い引用指標を持つジャーナルには、著者が高いAPCを支払う意思があることが、高水準のAPCの設定を可能にするという解釈の2通りが考えられる(16)。どちらが高水準のAPCの設定に関係しているかは、詳細な分析を行う必要があるが、著者がOAに対する十分な補助を受けた場合、APCが高水準であっても、評価の高いジャーナルでの論文発表を選択することは想定できる。これに対し、APCを課すOAジャーナルの収入は、論文数とAPC水準によって決定されることから、多数の著者がAPC水準に敏感に反応するならば、出版社は投稿数の大幅な減少による収入の低下を回避するため、APCの引き上げを躊躇するかもしれない。出版社の詳細なデータが開示されていないため、出版社が競争価格よりも過度に高い価格を設定しているか否かの検証はできないが、著者の行動が、APC水準に影響している可能性は否定できないであろう。

 また、Big5が短期間でOAジャーナル事業を拡大させた要因は、新規ジャーナルの創刊や出版社の合併のほか、ElsevierのOAジャーナルの内訳で示したとおり、学会や大学などの研究機関の行動も関係する。購読ジャーナルと同様、研究機関が保有するOAジャーナルの配信をBig5などの大手出版社に委託した結果、出版社は少ない追加費用で、ジャーナルのポートフォリオを短期間に拡充することができた。ジャーナルの国際的な知名度を向上させたいと考える学会や大学の行動が、Big5の存在感を高める結果をもたらし、そのことが、APCの上昇を可能とする環境を生成した要因の一つと考えられる。研究機関の大手出版社への発行委託は、その効果の程度と大手出版社の事業拡大につながることから生じる影響とを比較衡量すべきであろう。

 APCの減免措置は、学術情報の発信に関するグローバルな格差を是正する措置であるが、日本国内においても、OAに対する十分な支援が受けられない研究者にとって、APCの支払いは経済的負担が大きい。本稿では、知名度の高いOAジャーナルの多くがAPCを課していることから、APCの支払いが必要なOAジャーナルを中心に議論しているが、OAジャーナルが購読ジャーナルに代わる健全な学術情報の発信手段となるためには、低所得国の研究者に限らず著者全体に適用するAPCの上昇を抑制することが不可欠である。Plan Sでは価格の透明性が提起されたが、APCの適正水準を議論するには、出版社のデータの開示は不可欠である。しかし、出版社の行動以外にも、研究者の論文を投稿するジャーナルの選定、学会や大学などのOAジャーナルの発行方法、コンソーシアムの転換契約の締結時など、ジャーナルの利用者側においても、APCの上昇を抑える行動をとる余地は残されている。

 

6. おわりに

 当初、OAジャーナルは、購読ジャーナルをめぐる問題を解決する方策として期待されたが、OAが進展するにつれ、購読ジャーナル市場で独占力を持つ大手出版社の影響力が強まっている。出版社と交渉するコンソーシアムは、転換契約を結ぶ際、購読価格やAPCの上昇につながらないか、慎重に判断する必要がある。また、転換契約はOAの進展に有効であろうが、OA市場におけるBig5の位置づけを考慮すると、OAが学術情報の流通における諸問題を解決する手段になると考えることは適切ではない。

 最後に、大手出版社は、その高い利潤率で批判されることが多いが、論文の提出からジャーナルの発行まで、以前から構築していたネットワークシステムを使って、パンデミックで社会活動が減速する中で、多数の論文を発表し続けた。さらに、一部の出版社は、所得水準に関わらず、2020年から2021年にかけて発行された新型コロナウイルス感染症関連論文のAPCを免除した (17)。このような大手出版社の社会貢献活動は評価できるだろう。

 

(1) 2002年のブダペスト宣言(Budapest Open Access Initiative)などのオープンアクセスを推進する宣言については、以下が詳しい。
有田正規. 学術出版の来た道⑧:ビッグ・ディールとオープンアクセス. 科学. 2021, 91(1), p. 73-83.

(2) 尾身朝子ほか. 研究助成機関とオープンアクセスポリシー: NIHパブリックアクセスポリシーに関して. 情報管理. 2005, 48(3), p. 133-143.

(3) Crawford, Walt. Gold Open Access 2015-2020: Articles in Journals (GOA6). California, Cites & Insights Books, 2021, 245p.
https://waltcrawford.name/goa6.pdf, (accessed 2022-01-18).

(4) Larivière, Vincent et al. The Oligopoly of Academic Publishers in the Digital Era. PLOS ONE. 2015, 10(6), e0127502.
https://doi.org/10.1371/journal.pone.0127502, (accessed 2021-11-15).

(5) 年間論文数のデータは、PLOS ONEのジャーナルウェブページの情報による。
PLOS ONE.
https://journals.plos.org/plosone/search, (accessed 2021-11-15).

(6) これらのデータは、以下の文献による。
Asai, Sumiko. Strategies to Increase the Number of Open Access Journals: The Cases of Elsevier and Springer Nature. Journal of Scholarly Publishing. 2022, 53(2), p. 75-84.
Elsevierの447タイトル以外に、2020年時点で論文を発行していないジャーナルが多数あるため、Elsevierのタイトル数は、現在ではさらに増える。

(7) Asai, Sumiko. Collaboration between Research Institutes and Large and Small Publishers for Publishing Open Access Journals. Scientometrics. 2021, 126(6), p. 5245-5262.

(8) “Wiley Announces the Acquisition of Hindawi”. Wiley. 2021-01-05.
https://newsroom.wiley.com/press-releases/press-release-details/2021/Wiley-Announces-the-Acquisition-of-Hindawi/default.aspx, (accessed 2021-10-24).

(9) “About Dove Medical Press”. Dovepress.
https://www.dovepress.com/about_dovepress.php, (accessed 2021-10-24).

(10)Björk, Bo-Christer; Solomon, David. Article Processing Charges in OA Journals: Relationship between Price and Quality. Scientometrics. 2015, 103(2), p. 373-385.

(11)Asai, Sumiko. Market Power of Publishers in Setting Article Processing Charges for Open Access Journals. Scientometrics. 2020, 123(2), p. 1037-1049.

(12)転換契約と導入されている料金システムは、Efficiency and Standards for Article Chargesに登録されている情報から入手することができる。
“ESAC Transformative Agreement Registry”. ESAC.
https://esac-initiative.org/about/transformative-agreements/agreement-registry/, (accessed 2021-10-24).

(13)ドイツのコンソーシアムが、Springer Nature と Wileyとの間で転換契約を締結した後、ドイツの研究機関に所属する著者が、この2つの出版社のジャーナルでの論文発表を増やしていたことは、以下の文献が差の差の検定を使って確認している。しかし、この分析は、化学分野の論文に限定されており、結論を出すには、より幅広い分野での分析が必要であろう。
Haucap, Justus et al. The Impact of the German ‘DEAL’ on Competition in the Academic Publishing Market. CESifo Working Papers. 2021, (8963), 31p.
https://www.cesifo.org/DocDL/cesifo1_wp8963.pdf, (accessed 2022-01-18).

(14)本節の情報は、以下の文献による。
Asai, Sumiko. Author Choice of Journal Type Based on Income Level of Country. Journal of Scholarly Publishing. 2021, 53(1), p. 24-34.

(15)Jain, Vijay Kumar et al. Article Processing Charge May be a Barrier to Publishing. Journal of Clinical Orthopaedics and Trauma. 2021, 14, p. 14-16.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC7919939/, (accessed 2022-01-18).

(16)この2通りの解釈は、以下の文献で表明されている。
Pinfield, Stephen et al. A “Gold-Centric” Implementation of Open Access: Hybrid Journals, the “Total Cost of Publication,” and Policy Development in the UK and Beyond. Journal of the Association for Information Science and Technology. 2017, 68(9), p. 2248–2263.
https://doi.org/10.1002/asi.23742, (accessed 2022-01-18).
また、以下の文献は、大手出版社のAPCと出版された論文数との関係から、著者の行動は、APCに対し感応的ではないと結論付けた。
Khoo, Shaun Yon-Seng. Article Processing Charges Hyperinflation and Price Insensitivity: An Open Access Sequal to the Serials Crisis. LIBER Quarterly. 2019, 29(1), p. 1-18.
https://doi.org/10.18352/lq.10280, (accessed 2022-01-18).

(17)Sageは、そのウェブページ上で新型コロナウイルス関連の論文のAPCの免除を明記した。
“SAGE Waives Article Processing Charges for Research Related to COVID-19”. SAGE Publishing. 2020-03-26.
https://us.sagepub.com/en-us/nam/press/sage-waives-article-processing-charges-for-research-related-to-covid-19, (accessed 2021-10-24).

 

[受理:2022-02-15]

 


浅井澄子. 論文公開手段としてのオープンアクセスジャーナルの有効性. カレントアウェアネス. 2022, (351), CA2013, p. 2-4
https://current.ndl.go.jp/ca2013
DOI:
https://doi.org/10.11501/12199166

Asai Sumiko
Effectiveness of Open Access Journals as a Means of Publishing Articles