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カレントアウェアネス
No.325 2015年9月20日
CA1854
国立図書館によるデジタル化資料の専門家育成:LCとBLの事例から
国際子ども図書館資料情報課:東川梓(ひがしがわ あづさ)
1. はじめに
海外の国立図書館では館外の研究者や図書館員の専門性を育成する活動の一環として、フェローシップと呼ばれる研究奨励制度やレジデンシー・プログラムと呼ばれる一定期間滞在しながら研究を行うプログラムが実施されている(1)(2)。特にデジタル化資料に携わる研究員や図書館員の専門性を高めるために、米国議会図書館(LC)ではNational Digital Stewardship Residency (NDSR)(3)、英国図書館(BL)でもBLラボ(British Library Labs)(4)などが近年始まった。資料のデジタル化に関する技術や人材は確立されてきたが、デジタル化資料の保存や研究者による利活用は、人材不足のため英米では進んでいない(5)(6)。このようなデジタル化資料の使用に対応する人材を育成するため、研究者が提案した自館のデジタル化資料を活用するプロジェクトに対して、金銭面等の支援を行っている。既にLC(E537参照)やBLにおけるこのようなプログラムは広く知られているが、プロジェクトの定着により新しい局面を迎えているため、両館のデジタル化資料の専門家育成について本稿で改めて概要を紹介する。
2. LC
2.1 NDSR
NDSR とは、LCと米国博物館・図書館サービス機構(IMLS)が2013年9月から開始した将来のデジタル保存専門家を育成するプロジェクトである。応募対象者は図書館情報学等の課程を修了してから1年以内の者に限られ、約1年に亘って約4万ドルの給費と共に受入機関(ワシントンD.C. (7)、ニューヨーク(8)、ボストン(9))でデジタル保存分野の業務に従事する機会を与えられる。研修生はLC及び受入機関において研修や様々な実務的な支援を受けながら、各自のデジタル保存プロジェクト案を策定する。応募には履歴書以外に推薦書2通、短いビデオもしくはデジタル技術を利用したオンライン展示作品等を提出することが求められる。NDSRは図書館情報学を専攻する大学院生に対して積極的に周知されており、米国の大学院に派遣されていた筆者にも数回、大学教授、学生グループや職業支援センター等から各NDSR受入機関の募集案内メール(10)が転送されてきた。NDSR の詳細に関しては、ワシントン大学大学院を修了したワーク(Lauren Work)の、2013年9月から2014年4月までの公共放送サービス(Public Broadcasting Service:PBS)におけるNDSR体験談ブログ(11)から紹介したい。
ワークによれば、最初の2週間はNDSR研修生全員でLCが提供するDigital Preservation Outreach & Educationの研修に参加し、それから各NDSR受入機関に配属された。ワークの受入機関であるPBSには40年以上に渡りアーカイブされてきた公共放送のフィルムが倉庫等に保存されており、ワークはそれらのフィルムの状態確認やメタデータの作成を行い、米国の政策や著作権法に則ったデジタル保存プロジェクト案を策定した。さらにNDSR参加期間中に、ワークはLCで9月26日から27日まで開催された文化遺産アーカイブシンポジウム(12)、2月10日に開催されたデジタル世界の図書館・博物館会議“WebWise” (13)、3月24日から27日まで開催された図書館関連のシステムに関する会議“Code4lib”(14)に参加し、NDSR受入他機関を訪問する機会も与えられた。その後、ワークは他のNDSR参加者と共に、1月24日から28日まで開催された米国図書館協会(ALA)冬季大会デジタル保存分科会(15)、4月8日に開催されたデジタル情報管理における最新動向シンポジウム(16)(17)、3月31日から4月1日まで開催されたネットワーク情報連合(Coalition for Networked Information:CNI)(18) の会議で、NDSRとPBSで実施した自身のデジタル保存プロジェクトに関して発表を行った。このように、NDSR参加者には単なる受入機関内での実務研修のみならず、新たなデジタル保存プロジェクト案の策定と数多くの会議への出席や発表の機会が与えられる。NDSRは、専門家とのネットワーク作りを含めた、デジタル化資料の専門家の育成を主眼としたプログラムであることが分かる。
2.2 Kluge デジタル研究フェローシップ(Kluge Fellowships in Digital Studies)
LCのJohn W. Kluge Centerでは2013年から新たに、主にLCのデジタル化資料(Twitterアーカイブ(E1042参照)を除く)を使いながら、社会、文化、国際関係におけるデジタル化革命の影響を考察する研究に特化したフェローシップを開始した(19)。応募に際しては履歴書、プロジェクト提案書、推薦書3通が必要であり、最大で3名に対してフェローシップが授与される。応募では学歴が博士課程修了以上であることが推奨されているだけで、米国内外のあらゆる分野の研究者に対して門戸が開かれている。今年度の応募は昨年12月で締め切られ、建築学と社会学の若手研究者2名が選ばれた。彼らはフェローとしてLCに約11か月間滞在し、その間はKluge Centerから研究スペース、スタッフによる支援、毎月4,200ドルの給費が支払われる。プロジェクト発表を一回以上行うこと、また当該プロジェクトに関する著作物(本、記事、フィルム、ウェブサイト等)を2部Kluge Centerに納めることが義務付けられている。今年度のフェローであるライプニッツ社会科学研究所研究員のウェラー(Katrin Weller)は、今年5月にLCで、将来ソーシャルメディアの記事が史料として扱われる可能性について発表した(20)。このようなプロジェクトを現場が支援することは、デジタル化資料の専門家の育成に寄与するのみならず、研究者がデジタル化資料と身近に接する機会を設け、更なる研究発展を促すことになると思われる。
3. BLラボ
BLラボは、BLのデジタル化資料群を活用した研究を支援するため、アンドリュー・メロン財団の助成を受けたイニシアチブである。現在では終了したハーバード図書館ラボ(E1096参照)などを参考に、次世代の研究者とBLのデジタル化資料群を繋げる目的でBLラボは始まった。BLラボでは様々なプロジェクトが実施されており、特に2013年から毎年開かれているBLラボコンペ(21)が注目を浴びている。5月にはこのコンペの最終選考通過者にそれぞれ3,600ポンドの給費、BLラボのスタッフによる支援が与えられ、9月までかけてプロジェクト案を発展させてBLで発表を行う。コンペ優勝者には3,000ポンドの賞金も与えられる。
2014年に優勝したエッジヒル大学講師のニコルソン(Bob Nicholson)の、ビクトリア時代の忘れ去られたジョークに注目したプロジェクト“Victorian Meme Machine”(22)を例にBLコンペの作業過程を紹介する。ニコルソンはBLラボコンペの応募に際して、プロジェクトの要旨、BLのデジタル化資料の使用方法、過去にプロジェクトを遂行した経験、5月から10月までの計画などを詳細に提示した(23)。プロジェクトが選考された後、最初にBLの19世紀の新聞をデジタル化したデータベース(24)の著作権処理を行い、その後“jokes”や“jests”をキーワードとして検索し、ジョークが載っているjpeg形式の画像を1,000件程度抽出してジョークの画像データベースを作成した。これらのジョーク画像を直に見ながら文字に起こし、XML形式のメタデータとタグを付与して、ジョークのデータベースを検索可能にした。さらにBLでデジタル化されたビクトリア時代の写真を抽出し、それぞれのジョークに合わせた画像を連結させ、ミーム(インターネットで面白いネタとして主に海外で流行している画像)を試験的に作成した。これらのミームをTwitter等で配信する可能性をBLラボのスタッフと協議した。ニコルソンは作業過程をBLのブログや自身のTwitter(25)で公開している。このようなデジタル化資料を使用したユニークなアイデアを外部の研究者から得ることによって、デジタル化資料の専門家を育成する以外に、BLも新たなサービスを模索するきっかけに繋がると思われる。
BLラボでは、今年BLラボ賞(26)が新設された。参加者はBLのデジタル化資料を使った作品等を、研究・創造・起業のいずれかの分野を選んで9月半ばまでに応募する。優勝者は11月に開かれるシンポジウムで発表され、賞金500ポンドと作品を宣伝する機会が与えられる。
4. 情報発信
これらの人材育成プログラムでは、積極的な情報発信がなされている。例えばBLラボの場合はメーリングリスト、ブログ(27)、Twitter(28)、Flickr(29)、Slideshare(30)、GitHub(31)、YouTube(32)でコンペの募集要項から、所蔵しているデジタル化資料群の情報、更に最終候補者の発表内容まで詳細に紹介されている。NDSRのスタッフが大学関係者に対して積極的に広報していたように、BLラボのスタッフも定期的に近隣の大学キャンパスを訪問し、研究者がBLのデジタル化資料をいかに利用して研究を発展させたか解説するなどの活動を行っている。このような普及活動を行うことによって、今まで知られていなかったBLのデジタル化資料を研究者に有効活用してもらうことが主な狙いである。
5. おわりに
このようなデジタル化資料の専門家の積極的な育成は、将来のデジタル技術を担う人材を育てるだけでなく、外部の優秀な若手の能力を活用してデジタル化資料を利用するサービスを拡充させる以外に、自館のデジタル化資料の広報活動ともなっている。デジタル化資料の専門家の育成を検討していく上で、各プログラムの発信する情報に今後も注目していきたい。
(1)Bibliothèque nationale de France. “International residencies and internships”.
http://www.bnf.fr/en/professionals/international_residencies_internships.html, (accessed 2015-07-04).
(2)National library of Scotland. “Scots language residency opportunity at the National Library”.
http://www.nls.uk/news/archive/2015/06/scriever-residency, (accessed 2015-08-10).
(3)“National Digital Stewardship Residency”.
http://www.digitalpreservation.gov/ndsr/, (accessed 2015-07-04).
(4)British Library Labs.
http://labs.bl.uk/, (accessed 2015-07-04).
(5)The Signal Digital Preservation. “Interview with Brett Bobley of the Office for Digital Humanities at the NEH”.
http://blogs.loc.gov/digitalpreservation/2011/10/interview-with-brett-bobley/, (accessed 2015-07-10).
(6)The Signal Digital Preservation. “Digital Studies Fellowship Opportunity at the Library of Congress”.
http://blogs.loc.gov/digitalpreservation/2013/09/digital-studies-fellowship-opportunity-at-the-library-of-congress/, (accessed 2015-07-10).
(7)USAJOBS. “National Digital Stewardship Resident”.
https://www.usajobs.gov/GetJob/ViewDetails/389615400, (accessed 2015-07-04).
(8)The National Digital Stewardship Residency New York.
http://ndsr.nycdigital.org/, (accessed 2015-07-04).
(9)“National Digital Stewardship Residency Boston, Massachusetts”.
http://projects.iq.harvard.edu/ndsr_boston, (accessed 2015-07-04).
(10)“NDSR-New York Resident Application”.
http://ndsr.nycdigital.org/wp-content/uploads/2014/05/resident_application_ndsr-ny2.pdf, (accessed 2015-07-04).
(11)Work, Lauren. National Digital Stewardship Resident at PBS.
https://workindigital.wordpress.com/, (accessed 2015-07-04).
(12)The American Folklife Center. “Cultural Heritage Archives: Networks, Innovation & Collaboration”.
http://www.loc.gov/folklife/events/culturalheritagearchives/bios.html, (accessed 2015-07-04).
(13)Institute of Museum and Library. “WebWise 2014:Anchoring Communities”.
http://imlswebwise.chnm.gmu.edu/, (accessed 2015-07-04).
(14)Code4lib. “Code4lib 2014”.
http://code4lib.org/conference/2014/, (accessed 2015-07-04).
(15)ALAConnect. “Report and Presentations from the Digital Preservation Interest Group meeting at ALA Midwinter 2014 Philadelphia”.
http://connect.ala.org/node/219902, (accessed 2015-07-04).
(16)Emerging Trends in Digital Stewardship.
https://ndsr2014.wordpress.com/, (accessed 2015-07-04).
(17)The Signal Digital Preservation. “NDSR Symposium Pushing the Digital Envelope”.
http://blogs.loc.gov/digitalpreservation/2014/04/ndsr-symposium-pushing-the-digital-envelope/, (accessed 2015-07-04).
(18)CNI. “Spring 2014”.
http://www.cni.org/events/membership-meetings/pastmeetings/spring-2014/, (accessed 2015-07-04).
(19)John W. Kluge Center.“Kluge Fellowship in Digital Studies”.
http://www.loc.gov/loc/kluge/fellowships/kluge-digital.html, (accessed 2015-07-10).
(20)Weller, Katrin.“The Digital Traces of User-Generated Content”.
http://de.slideshare.net/katrinweller/the-digital-traces-of-user-generated-content, (accessed 2015-07-10).
(21)British Library.“British Library Labs”.
http://labs.bl.uk/British+Library+Labs+Competition+2015, (accessed 2015-07-04).
(22)“Victorian Meme Machine -4th July Presentation to British Library”. YouTube.
https://www.youtube.com/watch?v=FN1ZSAz2vMg, (accessed 2015-07-10).
(23)British Library Labs. “The Victorian Meme Machine”.
http://labs.bl.uk/The+Victorian+Meme+Machine, (accessed 2015-07-10).
(24)British Library.“19th Century British Library Newspapers Database”.
http://www.bl.uk/reshelp/findhelprestype/news/newspdigproj/database/, (accessed 2015-07-10).
(25)Nicholson, Bob.“Digital Victorianist”.
https://twitter.com/DigiVictorian, ( accessed 2015-07-10).
(26)British Library.“British Library Labs Awards 2015”.
http://labs.bl.uk/British+Library+Labs+Awards+2015, (accessed 2015-07-04).
(27)British Library.“Digital Scholarship Blog”.
http://britishlibrary.typepad.co.uk/digital-scholarship/bl-labs/, (accessed 2015-07-04).
(28)“British Library Labs”. Twitter.
https://twitter.com/BL_Labs, (accessed 2015-07-04).
(29)“British Library Labs”. Flickr.
https://www.flickr.com/photos/british_library_labs/, (accessed 2015-07-04).
(30)“Labsbl”. Slideshare.
http://www.slideshare.net/labsbl/, (accessed 2015-07-04).
(31)“British Library Labs Project”. GitHub.
https://github.com/BL-Labs, (accessed 2015-07-04).
(32)“British Library Labs”. YouTube.
https://www.youtube.com/playlist?list=PLVRvouzCZmFcJ72yCzRSYHVGMkmas1ZDx, (accessed 2015-07-04).
[受理:2015-08-18]
東川梓. 国立図書館によるデジタル化資料の専門家育成:LCとBLの事例から. カレントアウェアネス. 2015, (325), CA1854, p. 5-7.
http://current.ndl.go.jp/ca1854
DOI:
http://doi.org/10.11501/9497647
Higashigawa Azusa
Digital Residency at National Libraries: Case studies of the Library of Congress and the British Library