CA1585 – 北欧の移民・難民への図書館サービス-スウェーデンとデンマークの事例から / 堤恵

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カレントアウェアネス
No.287 2006.03.20

 

CA1585

 

北欧の移民・難民への図書館サービス – スウェーデンとデンマークの事例から

 

はじめに

 平成12年国勢調査によると,日本の外国人人口は131万1千人。総人口の1.03%を占め,戦後初めて1%を超えた。国籍も多様化し,37か国で千人以上の人口を数える。一層深化する多文化社会・日本において,図書館が果たす役割を再考することは重要だろう。その導きの糸の一つは,図書館の多文化サービスで先進的な取り組みをしてきた国々の経験である。

 1960年代以降,多くの外国人労働人口を受け入れ,加えて1980年代後半には流入する難民の数も増大していった北欧諸国は,図書館の多文化サービスに力を入れてきた。本論では,スウェーデンとデンマークの図書館の移民・難民サービスを紹介したい。

 概して言えば,スウェーデンでもデンマークでも,移民・難民向けサービスの充実が目指す目的は同じだろう。それは,新しい国で不利な立場に追い込まれやすい移民・難民たちに十分な情報やサービスを提供し,彼らが自信を持って新しい国で生きていく支援をすることに要約できるのではないだろうか。スウェーデンとデンマークの事例から,目的を同じにする移民・難民向けサービスの異なる2つのアプローチを紹介する。

 

スウェーデンの事例

 スウェーデンでは,地方(regional),地区(local),学校(school)という3つのレベルの図書館が,移民・難民たちのスウェーデン社会への適応を助けている。

 スウェーデン南西部,ヴェストラ・イェータランド(Vaestra Goetaland)県のブロース(Boraas)市では,ブロース市立図書館,Haeasslehus(種々のサービスを市民に提供する複合施設)の図書館,成人学校(Komvux)図書館がそれぞれ地方,地区,学校の図書館にあたる。

 ブロース市立図書館では児童サービスに重点が置かれ,40言語の児童書が揃う。さらに図書館は,児童用の新聞,音楽,ビデオを外国から購入している。成人向けには,テープ,文法書,辞書などの教材の他,34言語の文献,160種類の外国語の新聞と定期刊行物が揃えられている。また,図書館員は,移民・難民の教育レベルの差を考慮し,比較的学歴の高い利用者にも対応できるよう広範な資料の収集を心がけている。

 Haesslehusは,ブロース市ブレムフルト(Braemhult)自治区内のヘッスレホルメン(Haessleholmen)にある複合施設で,図書館のほかレクリエーションセンター,映画館などが併設されている。ヘッスレホルメンでは住民の46%がスウェーデン以外の国に出自を持つ。この地区では失業率の高さと犯罪が問題となっていたが,その原因の1つとして,移民・難民たちがスウェーデン語を習得しておらず,社会にうまく参加できていないことが指摘されていた。

 Haesslehusの図書館は,移民・難民たちとそれ以外の市民の間に存在する社会的格差を埋める手助けをするために設立された。図書館は移民・難民の児童向けにスウェーデン語を習得するためのプログラムを用意し,母国とスウェーデンの文化的な統合のために,児童が母語とスウェーデン語のバイリンガルになることを勧めている。また,図書館で働く図書館員自身も移民であることは,移民・難民たちの助けとなっている。

 成人学校図書館は,成人教育センターのための小さな図書館である。成人教育センターの生徒は2,000人で,彼らの多くが移民である。その母語はさまざまで,70以上もの言語に分けられる。

 図書館員によると,成人学校図書館の生徒は非常に雑多だという。例えば,学校に通った経験のないコソボからの移民,スウェーデンに嫁いできた高等教育修了者がいる。彼らは仕事に役立てるためにスウェーデン語を習得したいと考えている。図書館員はスウェーデン語教育を通じて,彼らがスウェーデンで自信を持って生きていけるよう援助している。

 移民・難民が新しい社会に適応する過程は,新しい国を賞賛する段階,挫折の段階,挫折を克服し,新しい国と調和的な関係を築く段階の3つに分類できる。上で紹介した異なるレベルの公共図書館は,異なる適応の段階に対応している。

 ブロース市立図書館に代表される地方図書館は,新しい国についての情報,教育資源,さまざまな移民の言語による書籍など多様な資料を有する。これは,適応の最終段階にある,知識や言語能力を伸ばす意欲のある移民向けの図書館であるといえる。

 Haesslehus図書館に代表される地区図書館のサービスは,地区の持つ問題に根ざしたより個別的なものであり,挫折の段階にある移民たちを援助するものである。

 成人学校図書館に代表される学校図書館は,適応の段階に関係なく重要なものであるが,挫折段階を乗り越え,調和段階へと向かう人々にとってより有益なものである。

 このように,異なるレベルの図書館が協働して,移民・難民たちがスウェーデン社会に適応できるよう援助している。今後は,適応の段階に応じて図書館員を専門化することが,効果的な手段となるという指摘もある。

 

デンマークの事例

 デンマークの事例として,図書館サービスへのIT活用で注目されるオーフス公共図書館の取り組みを紹介したい。

 オーフス公共図書館は19の分館を持ち,257人のフルタイム職員を雇用,年間予算は2,200万ドル(約26.1億円)である。オーフスはデンマーク北部に位置し,住民の12%が移民・難民である。これは国全体の平均よりも高い。特に,オーフス西部の街ゲレロプ(Gellerup)には移民・難民が集中する。このような地域性から,ゲレロプにあるオーフス公共図書館の分館(以下ゲレロプ図書館)では,移民・難民サービスに力が注がれている。

 オーフス公共図書館の最大の特徴はITに重点を置いたサービスの展開である。ゲレロプ図書館の移民・難民サービスもまた,ITに基礎を置く。ITの目覚しい進歩に伴い,デンマークでは情報利用に長けることが,社会で生き抜くための重要な条件となっている。スウェーデンと同じように,デンマークでも移民・難民は不利な立場に置かれることが多い。その状況を打破する手助けとして,図書館が移民・難民にITを学ぶ機会を提供し,彼らに力をつけさせようというのがサービスのねらいである。

 ゲレロプ図書館とハスレ(Hasle)図書館(オーフス公共図書館の分館の1つ。ハスレはゲレロプの北部の街で,移民・難民が特に多い)では,2002年から2007年の予定で,移民・難民が基本的なIT技術を習得するのを助ける“IT Competence Boost”というプロジェクトに取り組んでいる。プロジェクトでは,移民向け,ボランティア向け,図書館員向けの授業を準備しており,授業はすべて無料で,18か月にわたり実施される。移民・難民は,授業のなかで文書作成ソフトやインターネットの基本操作,電子メールやオンラインショッピングの方法など実践的なIT技術を学ぶことができる。

 また,オーフス公共図書館が中心となって,移民・難民向けの情報システムであるFINFOが運営されている。13の言語でデンマーク社会についての有益な情報を提供し,45か国の情報へリンクが張られている。70以上のデンマークの市が,王立図書館の支援の下,FINFOに協力している。

 ゲレロプ図書館はさまざまなサービスを提供しているが,資金やスタッフが潤沢なわけではない。1991年から2003年の間に,オーフス公共図書館への市の資金供給は,30%落ちた。逆境のなかサービスを支えるのは,図書館のセルフマネジメント力である。デンマークの図書館システムは脱中央集権が進んでおり,限られた予算の使い道は各図書館に委ねられる。オーフス公共図書館は,目標達成,アイディアの実行,新しい技術の習得をスタッフに促し,効率的に予算を活用することで生産性を高めてきた。

 さらに助成金や開発基金といった制度を積極的に利用し,図書館が外部から資金を得ていることも大きい。実際“IT Competence Boost”プロジェクトは,オーフス公共図書館がEUの都市再生プログラム“UrbanII”に応募し,資金援助先として認められたことによって実現した。2004年にはその活動が評価され,オーフス公共図書館はビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団の「学習へのアクセス賞」を受賞,100万ドルの賞金を新たに手にした(E245参照)。今後はこの賞金を元手に,ITに主眼を置いた図書館サービスの充実を促進する計画だ。

 

おわりに

 今後も北欧図書館の活動から目が離せない。一方,多文化サービスについては遅れをとっていると言われる日本で,図書館に関わって働く私たちは,北欧図書館の取り組みや経験を1つの報告として聞き流すのではなく,「私たちの経験」として咀嚼しなおし,日本の多文化サービスについて再検討することが必要なのではないか。

関西館総務課:堤 恵(つつみ めぐみ)

 

Ref.

総務省統計局.(オンライン), 入手先< http://www.stat.go.jp/data/kokusei/2000/gaikoku/00/01.htm >, (参照2005-11-30).

Jackson, Jack. Aarhus Public Libraries:Embracing Diversity, Empowering Citizens in Denmark. CLIR Report. (131), 2005. (online), available from < http://www.clir.org/pubs/reports/pub131/pub131.pdf >, (accessed 2006-01-20).

深井耀子. “スウェーデンにおける移民・難民への図書館サービス”. 多文化社会の図書館サービス. 東京, 青木書店, 1992, 165-181.

Yelena Joensson-Lanevska. The gate to understanding: Swedish Libraries and Immigrants. New Library World. 106(1210/1211), 2005, 128-140.

FINFO. (online), available from < http://www.finfo.dk >, (accessed 2006-01-25).

 


堤恵. 北欧の移民・難民への図書館サービス-スウェーデンとデンマークの事例から. カレントアウェアネス. (287), 2006, 8-10.
http://www.ndl.go.jp/jp/library/current/no287/CA1585.html