カレントアウェアネス
No.275 2003.03.20
CA1488
動向レビュー
デジタルレファレンスサービスの特性と展開
1.はじめに
インターネットを利用したレファレンスサービスは,図書館におけるレファレンスサービスの形態として広く認知されるようになり,試行的にせよ,導入する図書館は年々増加している。米国研究図書館協会(Association of Research Libraries: ARL)に加盟する大学図書館の調査によれば,その実施率は1997年に77%であり,2000年には回答した大学図書館の全てで実施されるまでに至っている(1)。レファレンスにおけるインターネット利用には,ウェブをレファレンス質問への回答のための情報源として利用する側面と,ウェブを利用者と図書館員とのインタフェース,すなわち利用者からの質問の受付,レファレンスインタビューや回答提供の手段として利用する側面とがある。デジタルレファレンスサービス(以下, DRS)は,後者のウェブをインタフェースとして利用するレファレンスサービスの形態である。DRSは,これまでの試行的導入の時期を経て,本格導入の段階に移行する時期を迎えている。そこで,本稿では,その特性や今後のサービス展開について,米国の研究事例をもとに見ていきたい。
2.デジタルレファレンスサービスの特性
DRSが,レファレンスデスク上で提供される伝統的なレファレンスサービスと大きく異なる点は,第一に利用者と図書館員との相互作用が非同期的,間接的であり,第二にサービスの時間と場所が限定されないことである。これら二つの点は相互に関係しており,非同期的であるがゆえにサービス時間の制約がなく,間接的であるがゆえにサービスを利用できる場所が図書館内に限定されないことになる。こうした諸特性について,DRSと伝統的なレファレンスサービスとを比較したものが次頁の表である。以下,DRSの特性について,新たな動きや事例を取り上げながら,今後のDRSの展開を見ていく。
項目 | デジタルレファレンスサービス | 伝統的なレファレンスサービス | |
特性 | 方式・事例 | ||
相互作用 | 非同期・間接 | 電子メール, ウェブフォーム | 同期・直接 |
同期・間接 | チャット(ライブレファレンス) | ||
サービス時間・場所 | 非限定(24時間/7日間,遠隔利用) | 開館時間内・館内 | |
レファレンス質問の類型 | 調査質問,探索質問指向 | 電子メール, ウェブフォーム | 即答質問,探索質問,調査質問 |
即答質問指向 | チャット(ライブレファレンス) | ||
情報源 | 所蔵レファレンス資料 商用外部データベース | 所蔵レファレンス資料 商用外部データベース | |
ウェブ上の情報源 | MARS Best Web Reference Sites | ||
他館との協力関係 | 質問回答事例のナレッジベース化とその提供 質問回送による共同デジタルレファレンス | GRN(QuestionPoint), VRD | 他館への質問回送による協力 レファレンス |
3.利用者と図書館員との相互作用
伝統的なレファレンスサービスは,利用者がレファレンスデスクにおいて情報要求を図書館員に提示し,図書館員から回答の提供を受けるサービス方式が基本となる。この状況では,利用者と図書館員との相互作用(質問応答)は同期しており,利用者と図書館員はレファレンスデスクを挟んで直接対峙する。それに対してDRSでは,電子メールやウェブフォームからの質問の提示,電子メールによる回答の提供という方式をとり,利用者の質問提示と図書館員からの回答提供は非同期的である。一方,チャットによる質問回答サービス(ライブレファレンス)も導入されつつあり,この場合,レファレンスインタビューを含めて利用者と図書館員との相互作用は同期しているが,ネットワークを介している点でその相互作用は間接的である。非同期的あるいは間接的な相互作用において問題となるのが,レファレンスインタビューの扱いである。ウェブフォームからレファレンス質問を提示する場合には,利用者の属性や情報利用目的など,必要な情報の主題以外の入力項目を設定するなど,DRSには伝統的な対面状況下でのレファレンスインタビューに代わる機能が組み入れられているのが一般的である。しかしながら,ウェブフォームや電子メールによるサービス形態では,インタビューが同期的に行えないために利用者の情報要求を十分に確認できないことや,回答が即座(同期的)に提供されないことが問題となる。
レファレンスサービスにおける同期性(即時性)の問題については,米国の先駆的DRSプロジェクトであるAskERICの非同期的サービスを対象に実施したランクス(R.D. Lankes)らの利用調査がある(2)。それによれば,非同期的サービスは,回答提供に数日を要する場合であっても,利用者からは有用なものと評価されている。また,バーチャルレファレンスデスク(VRD)プロジェクトによるAskAサービス(CA1323参照)の利用調査では,非同期的サービスの利用は年々増加傾向にあるとの結果が示されている(3)。これらの結果から,ランクスはレファレンス質問の内容や種類によっては,利用者は非同期的サービスで十分に満足していると結論付けている。伝統的なレファレンスサービスにおいても,文書によるレファレンス質問の受理・回答方式という非同期的,間接的な相互作用をとるサービス形態があり,上記の結果はこの文書レファレンスに対応したDRSの機能が利用者から評価されたものといえる。
4.レファレンス質問の類型
レファレンスインタビューの機能が十分でないDRSでは,回答可能なレファレンス質問には一定の制約が伴うものと考えられる。ジェーンズ(J. Janes)らの調査によれば,DRS実施館において即答質問や事実質問は広く受け付けられているが,探索質問や調査質問を受理するか否かは,個々の図書館におけるDRSの方針によって異なる(4)。ところで,即答質問や事実質問に限定せずにレファレンス質問を受理する場合,実際に寄せられた質問に調査質問が多いことを示す調査結果が出ている。スローン(B. Sloan)は米国イリノイの9大学図書館におけるDRSで受理した877の質問を8類型に分類しているが,それによれば既知文献に関する質問が77件(8.78%),即答質問が125件(14.25%),特定主題に関する文献探索質問が179件(20.41%),文献の引用の仕方に関する質問が36件(4.1%),調査質問が260件(29.65%),図書館利用に関する質問が71件(8.1%),テクニカルサービスに関する質問が79件(9%),その他の質問が50件(5.7%)であった(5)。このように,調査質問が全体の30%近くを占め,最も多い質問の類型となっている。調査質問は回答に多くの時間を要する複雑,高度な要求の場合が多く,レファレンスインタビューの機能が十分でないDRSでは対応できないものと考えられてきた。しかし,少なくとも利用者側にそのような認識はなく,利用者は質問類型に関わりなくDRSに質問を寄せていることがわかる。DRSで扱われるレファレンス質問については,今後さらに調査が必要であるが,調査質問が回答の探索に一定の時間を要する質問であることを考えるならば,調査質問は非同期的サービスの形態をとるDRSに適した質問類型であるといえよう。
5.情報源の問題
DRSでは,回答に利用する情報源として,図書館が所蔵する印刷媒体あるいはCD-ROM媒体のレファレンス資料に加えてウェブ上の情報源が重要となる。ただし,ウェブ上の情報源については,図書館のレファレンスサービスのための情報源として一定の要件を満たす必要がある。
米国図書館協会(ALA)のレファレンス・利用者サービス部会(Reference and User Services Association: RUSA)に設置されたコンピュータによるレファレンス支援部門(Machine-Assisted Reference Section: MARS)では,1998年から毎年,ウェブ上の有用なレファレンスサイトとして20〜30件程度を調査,選定し,解題付きでRUSAの機関誌に発表している(6)。レファレンスサイトの選定にあたっては9の規準が示されている。それによれば,コンテンツについては質・詳細度・有用性,独自性,更新性が挙げられており,ウェブページの生産者については権威ある機関であることが要件となっている(6)。これらの規準は印刷媒体のレファレンス資料の選定にも当てはまるものであり,レファレンスサービスに使用される情報源が備えるべき基本要件といえる。
米国議会図書館(LC)の書誌レコード高度化諮問チーム(Bibliographic Enrichment Advisory Team: BEAT)では,上記のMARSが選定したレファレンスサイトの解題を目録レコードに付加するプロジェクトを開始している(7)。これにより,目録データベースから有用なレファレンスサイトとその内容の検索が可能となり,レファレンスサービスに適したより質の高いウェブ上の情報源の活用が期待される。
6.デジタルレファレンスにおける協力体制
DRSではインターネットを介して複数の図書館が共同してレファレンスサービスを提供する体制が進行している。これは従来のレファレンスサービスにおける協力レファレンスに相当するものである。その例として,LCのグローバルレファレンスネットワーク(GRN)のプロジェクトにおけるQuestionPointサービス(8)(CA1476参照)と,米国教育省とシラキュース大学によるVRDプロジェクト(9)があげられる。従来の協力レファレンスは,レファレンスデスクにおいて利用者から受付けた質問が自館資料では回答不能な場合に,その質問を他館に回送し他館から得られた回答を利用者に提供するというものである。それに対してDRSでは,利用者はウェブ上でこれまでに寄せられた質問とその回答の記録が蓄積されたナレッジベースを使って回答を探すことから始める。利用者はウェブを通して質問を提示する前に,ウェブ上に用意されているこれらの質問回答のナレッジベースをまず使って自分の要求について調べ,それでも解決できない場合にウェブから質問を提示することになる。このように,質問回答のナレッジベースをもとにした協力レファレンス体制がDRSの大きな特徴である。
7.おわりに
DRSは,利用者と図書館員との相互作用,情報源,サービス体制の面で,図書館内での実践を基本とする伝統的なレファレンスサービスとは異なる。この違いは,伝統的なレファレンスサービスを規定してきた基本的な考え方に変更をもたらすものである。DRSに関するこれまでの記事や報告は,様々な先進的事例や新たなシステムの導入成果を紹介するものが中心であったが,最近になってDRSの基本的な考え方やモデルを対象とする理論研究が発表されるようになってきた。例えば,フリッツ(J.W. Fritch)らは,伝統的なレファレンスサービスを規定してきた保守理論と自由理論(注)からDRSを考察し,DRSには保守理論と自由理論を混成した理論が必要であると指摘している(10)。
一方,ディレブコ(J. Dilevko)は,レファレンスサービスへのデジタル技術の導入が引き起こす図書館職の変化についてブルデューの社会学理論を使って考察している(11)。そこでは,レファレンスサービスへのコンピュータ技術の導入により,レファレンスライブラリアンが備えるべき重要な能力とされている多様な分野に関する主題知識や日常業務がその価値を失い,脱専門職化の道を辿る問題についてブルデューの理論を使って説明を加えている。特に興味深い論点は,図書館における技術革新は地域性を考慮に入れない支配装置として図書館を機能させることになり,図書館が果たしている地域住民の活動支援という機能を弱体化させるという点である。すなわち,レファレンスサービスへのコンピュータ技術の導入を唱導する者が価値のない業務として批判するレファレンスライブラリアンの日常業務(館内で騒ぐ子どもに注意したり,子どもに読み聞かせをしたり,施設・設備を管理するなどを含む)が実は日常生活を送る地域住民の日々の活動やニーズを支援する環境を作り出すうえで重要な役割を果たしていると指摘している。
DRSは,インタフェースの改良,情報源の拡充,質問回答記録の蓄積とそれに基づくナレッジベース化など,今後も時間と場所に拘束されない利用者への情報要求支援サービスとして発展し,利用者に計り知れない利便性をもたらすであろう。しかし,地域の子どもたちへの読書環境を用意し,読み聞かせなどの児童サービスを提供し,また成人への貸出サービスを通じて教養娯楽機能を発揮するなど,図書館員が図書館という物理的施設のもとで地域住民の日常生活を情報・資料面から支援する人的サービスの重要性は,DRSによっていささかも減じることはない。大学図書館においても,一般教育,教養教育の再認識,重視が叫ばれる今日,適切な読書相談サービスや一般教育,教養教育に有用な資料の収集・提供など,読書環境の整備は重要な責務である。公共図書館や大学図書館には,DRSが指向するような先端的な情報サービスとは別に,場としての図書館が果たす機能が依然として求められていることを忘れてはならない。
玉川大学教育学部:斎藤 泰則(さいとう やすのり)
(注)保守理論,自由理論は,レファレンスサービスにおける人的サービスの方針に関する考え方を示すものである。保守理論は利用指導を重視し,利用者の求める情報を含むような情報源を図書館員が紹介し,また情報源の利用方法を指示するという最小限の援助にとどめる考え方を指す。それに対して,自由理論は,情報提供を重視し,利用者の求める情報自体を図書館員が検索,提供するという最大限の援助を行う考え方を指す。
(1) Tenopir, C. et al. A decade of digital reference, 1991-2001. Ref User Serv Q. 41(3), 2002, 264-273.
(2) Lankes, R.D. et al. The necessity of real-time : fact and fiction in digital reference systems. Ref User Serv Q. 41(4), 2002, 350-355.
(3) Lankes, R.D. AskA’s : lesson learned from K-12 digital reference services. Ref User Serv Q. 38(1), 1998, 63-71.
(4) Janes, J. et al. Finger on the pulse : librarians describe evolving reference practice in an increasingly digital world. Ref User Serv Q. 42(1), 2002, 54-65.
(5) Sloan, B. “Asking Questions in the Digital Library”. (online), available from < http://www.lis.uiuc.edu/~b-sloan/ask.htm >, (assessed 2003-1-14).
(6) RUSA Machine-Assisted Reference Section (MARS).Best free reference web sites : forth annual list. Ref User Serv Q. 42 (1), 2002, 34-40.
MARS Best Free Websites Committee. (online), available from < http://www.ala.org/rusa/mars/MARSBEST.html >, (accessed 2003-1-14).
(7) The Library of Congress Bibliographic Enrichment Advisory Team. (online), available from < http://lcweb.loc.gov/catdir/beat/ >, (accessed 2003-1-14).
Bibliographic Record Enrichment Project. IFLA Journal. 28(4), 2002, 211.
(8) The Library of Congress. “Global Reference Network.” (online), available from < http://www.loc.gov/rr/digiref/ >, (accessed 2003-1-14).
QuestionPoint Collaborative Reference Service. (online), available from < http://www.QuestionPoint.org/ >, (accessed 2003-1-14).
(9) The Virtual Reference Desk. (online), available from < http://vrd.org/ >, (accessed 2003-1-14).
(10) Fritch, J.W. et al. The emerging reference paradigm : a vision of reference services in a complex information environment. Libr Trends. 50(2), 2001, 286-305.
(11) Dilevko, J. An ideological analysis of digital reference service models. Libr Trends. 50(2), 2001, 218-244.
斎藤泰則. デジタルレファレンスサービスの特性と展開. カレントアウェアネス. 2003, (275), p.10-13.
http://current.ndl.go.jp/ca1488