カレントアウェアネス
No.255 2000.11.20
CA1349
英国における一般公衆の「市民情報」ニーズ
英国ロバートゴードン(Robert Gordon)大学情報メディア学科のマルセラ(Rita Marcella)氏とバクスター(Graeme Baxter)氏は,市民情報(citizenship information)を「政府または地方自治体,公共組織等によって作成された情報,ならびにそれらに関する情報で,毎日の生活のみならず,政府や政策策定への市民参加において価値のあるもの」と定義した上で,市民情報へのニーズを持つのはどのような人々か,情報を入手する際にどのような方法が好まれるのか,情報を探す「場」としての公共図書館に対して人々はどんな意識を持っているか,を明らかにすることを目的として研究プロジェクトを実施した。
プロジェクトの背景として,両氏は,1994年の「政府情報へのアクセスに関する法律」(Code of Practice on Access to Government Information)以降の英国における政府情報政策の大きな変革を挙げ,情報通信技術を利用した電子的な政府情報やサービスの提供などを行う,「電子政府」を目指すという方向性に言及している。また一方では,公共図書館の電子的なネットワーク”The People's Network”(CA1212参照)が構想され,政府情報を含めた社会情報へのアクセスポイントとして,公共図書館が他の行政施設と並んで積極的な役割を果たすことが求められているとしている。
プロジェクトでは,英国図書館研究開発センター(British Library Research and Innovation Center: BLRIC)の資金提供の下、1997年から98年末にかけて以下の4つの調査を実施した。
- 公共図書館や市民相談室(Citizens Advice Bureaux: CABx),その他の行政機関の利用者1,294人を対象としたアンケート調査(1997.6.9-1997.10.31)
- 898人を対象とした戸別訪問インタビュー調査(1998.5-11)
- 障害者,高齢者,少数民族,失業者など,9つのグループ討議
- 公共図書館やCABx,その他の情報関連機関27件のケーススタディ
このプロジェクトの調査結果は,BLRICのレポートとして刊行されるとともに,いくつかの専門誌にそれぞれの調査結果の具体的な報告や角度を変えた分析が掲載されている。
調査結果から,両氏は,大多数の回答者は,市民情報を探す際に公共図書館は好ましい(望ましい)選択肢であると考えているが,障害のある人や求職中の人など,図書館を利用することを好まない特定のグループがあると結論づけている。市民情報にアクセスする場として,公共図書館が適当であるということは示されているが,郵便局やショッピング・センターのような公共の場にも多くの公衆の関心が向けられている。市民の情報ニーズに対応するためには,単一のメカニズムではなく,複数の機会を提供しなければならないと結んでいる。
個別の調査をみると,調査対象があまり多くないこと,また公共図書館と他の公共情報機関との比較であるとしながらも,有効回答者が公共図書館利用者に偏っている場合があることなど,多少気になる点はあるが,全体としては,インターネットの時代に政府や自治体の情報を一般公衆に提供する場として,公共図書館がどのような可能性を持つのかを示唆する内容となっている。特に,他の公共機関の利用者を対象として,図書館の利用を好まないグループがあることを分析し,公共図書館はCABx等から学ぶ余地があるとする指摘は明解である。
わが国においても,行政の情報化政策の一環として,地域・行政情報等を提供する端末の,総合行政相談所や郵便局への配備が進められている。政府や自治体がインターネットで公開する情報の量は激増しているが,その一方で,利用者にインターネットへのアクセスを提供している公共図書館の数は未だ多くはない。市民情報が元来,国民の権利としてすべての人々に平等にアクセスが保証されるべき情報であることを考えると,「ベストセラーが平積みにされる一方で1冊の白書もない」という批判もある日本の公共図書館の現状は淋しいといわざるを得ない。図書館員も一人の市民として,インターネットの時代に,政府や自治体の情報を求める人々にどのようなアクセスの場を提供するのかを考えていくべきではないだろうか。
大塚 奈奈絵(おおつかななえ)
Ref: Marcella, R. and Baxter, G. Citizenship information. British Library Research and Innovation Report 173. British Library Research and Innovation Centre. 1999. 158p