CA1216 – 岐路に立つ米国の刑務所図書館 / 中根憲一

カレントアウェアネス
No.230 1998.10.20

 

CA1216

岐路に立つ米国の刑務所図書館

米国の刑務所図書館と刑務所図書館員は,いま,苦しい試練のさなかに立たされている。増加する犯罪に対する厳罰化政策によって全米の刑務所人口は1980年代当時に比べ180万人へと倍増(刑務所図書館員も1,000人以上へと倍増したが),その拘禁費用の負担増が図書館,教育,医療などの処遇予算へのしわ寄せとなって現れてきているからである。加えて,米国の刑務所図書館がこの20年来果たしてきた法律図書館としての重要な機能に多大の影響を与えかねない出来事が最近生じ,刑務所図書館員の苦悩を一層深める結果をもたらしている。

その出来事とは,1つはアリゾナ州の受刑者たちが同州矯正局を相手取って刑務所法律図書館サービスの不十分さを訴えた事件(Lewis v. Casey)に関し,連邦最高裁が1996年6月「裁判所へのアクセス権は必ずしも法律図書館の設置を求める権利を受刑者に保障したわけではない」とする趣旨の,1977年のBounds v. Smith事件における連邦最高裁の画期的な判決を変更する判断を下したことである(注)。もう1つは,Lewis v. Casey事件に対する連邦最高裁判決の2ヶ月前に,あたかも判決と符合させたかのように,刑務所内のことがらに対する連邦裁判所の裁判権を制限し,受刑者による「くだらない(frivolous)」提訴を抑制することをねらいとした刑務所訴訟改革法(Prison Litigation Reform Act)と称する連邦法が制定されたことである。

全米の刑務所図書館で働く図書館員はこの2つのニュースに驚き,かつ,失職するのではないかと懸念した。なぜなら,この2つの出来事は互いに絡み合って,刑務所図書館がこれまで果たしてきた法律図書館としての機能を今後大幅に衰退させると予想されるからである(受刑者の好訴傾向を快く思っていない矯正当局や政治家や一部の市民にとっては,受刑者による訴訟をサポートする役割を果たしてきた刑務所法律図書館の衰退は大いに歓迎であろうが)。事実,アリゾナ州矯正局は,今回の最高裁判決のあと既存の法律書の整理・縮少に手をつけ始め(注釈つきの州法令集を注釈なしの州法令集に入れ替えるなど),法律図書館を娯楽・教養のための一般図書館へ改編する計画を進めている。他州はまだ静観中で態度を明らかにしていないが,いずれ法律図書館の整理・縮少は避けられないものと刑務所図書館員は見ている。

こうした逆風の中,受刑者の裁判所へのアクセス権を保障する今後の手だてとして,一部の刑務所図書館員や矯正職員はCD-ROMやオンラインによる法律・判例データベースの導入を検討している。州法令集等の備付に比べ費用負担が少なくてすむこと,盗難・紛失が防げること,貸出・返却に伴うやっかいなチェックがなくなること,書架スペースをとらないこと,そして,今回のLewis v. Casey事件で問題とされた死刑囚などの隔離棟の収容者にも法律資料への公平なアクセスが保障されることなどからである。メリーランド州では,現在,図書館と死刑囚棟において収容者自身にCD-ROMを利用させており,イリノイ州でも,受刑者による直接の操作は認めていないが,隔離棟の受刑者に対しCD-ROMによる検索サービスを試行中であるなど,電子媒体への移行に向けての具体的な動きも一部の州で出始めている。だが,コンピュータの利用については,多くの州がまだまだ及び腰だ。その理由は,受刑者によるコンピュータ犯罪の懸念と,これまでよりも効果的な法律調査がなされるのではないかという不安からである。

いずれにせよ,米国の刑務所図書館は,今後予想される法律図書館としての機能の比重低下に伴い,一般市民に奉仕する公共図書館と同じ様に娯楽・教養のための資料を受刑者に提供する情報センターへと模様替えがなされていくのではないかと思われる。

中根 憲一(なかねけんいち)

(注) 連邦最高裁は1977年,Bounds v. Smith事件において,受刑者の裁判所へのアクセス権の保障を実効あらしめるため法律図書館の設置もしくは法律専門家による相談助言のいずれかの形態での援助を受刑者に与えることを全米の刑務所当局に命じた。その結果,47州が法律図書館の設置を,3州が法律専門家による相談助言の形態による援助をそれぞれ選択した。

Ref: Vogel, Blenda. Bailing out prison libraries. Libr J 122 (19) 35-37, 1997