カレントアウェアネス
No.230　1998.10.20

CA1215

相互に連携を図る米国の地域保存センター

米国では，図書館や文書館の資料保存業務を支援する地域保存センターが各地に設置され，活発な活動を展開している。劣化資料に対して本格的な保存修復処置を施すには，特別な施設と設備を整備し専門的な技術者を配置することが不可欠であるが，これらを個々の図書館や文書館で確保するのは困難なことから，複数の機関が資金を出し合い，共同利用施設として設置したのが地域保存センターの端緒である。

ノースイースト文書保存修復センター（Northeast Document Conservation Center: NEDCC）はその草分け的な存在であり，全米最大の地域保存センターである。ニューイングランド地域の図書館・文書館等により州の境界を超えた共同利用施設として設立されている。書籍，文書，地図，写真，絵画等に対してあらゆる修復処置が可能な設備を備え，コンサベーターの技術力への評価も高く，年間400を超える機関から修復依頼を受けている。NEDCCの修復サービスにより，中小の図書館・文書館が所蔵する劣化し脆くなった貴重資料が数多く救われてきたが，その活動は資料の修復に止まらない。業務のもう一つの柱として積極的に展開したのが「フィールド・サービス」と呼ばれる資料保存のアウトリーチ・サービスである。

このサービスは米国人文基金の援助のもと始められたもので，依頼先の図書館へNEDCCの職員が出向いて蔵書の保存状況調査を行い蔵書の管理方法の改善をアドバイスしたり，電話による無料の相談サービスを行っているほか，各種のワークショップを開催したり大学の図書館学教育の資料保存コースへ講師を派遣するなど精力的に教育・研修活動を行っている。また，災害に見舞われた図書館の資料を救助するために24時間体制で専門的な助言を行ったり，スタッフを派遣している。

規模の大小を問わず，劣化したすべての所蔵資料に十分な修復処置を施せる財政力をもつ図書館はない。劣化資料を修復するよりも，そもそも資料が劣化しないように予防に努めることが最も効果的な資料保存対策である。特に，財政力に乏しい中小の図書館にとっては予防的措置こそがとりうる唯一の対策である場合も多い。フィールド・サービスは，教育・研修・コンサルティング機能を通じて，中小の図書館における予防に主眼をおいた保存対策を促進し，米国内の資料保存活動の裾野を広げることに貢献してきたのである。

さて，フィールド・サービスはNEDCCに限らず全米各地で活動している地域保存センターによって提供されてきた。各センターの活動は必ずしも当該地域内に限定されることなく，全米で重層的に展開されてきたが，これまでは地域保存センター間の公式な協力関係はなく，独自に活動が行われてきた。そこで，各センターがもつ知識と経験を共有することでより質の高いサービスを提供し，フィールド・サービスへの理解を深めてもらうことを目的として，5つの地域保存センターによる共同プロジェクトが図書館振興財団の援助のもと実施されている。

参加した地域保存センターは，NEDCC，AMIGOS保存サービス，美術・歴史資料保存修復センター，サウスイースタン図書館ネットワーク保存サービス，アッパー・ミッドウエスト保存修復協会の5つで，いずれも米国人文基金の資金援助を受けてフィールド・サービスを行っている。5つの地域保存センターは各々の研修教材や刊行物，教育プログラムを共有することで重複を回避し，それぞれの強みを相互に活かすことを目標に掲げ，手始めに「資料保存のための地域協力」と題する共通のニュースレターとウェッブサイト〈http://www.solinet.net/rap〉を作成し，情報提供機能の拡充を図るとともに広報に努めている。

プロジェクトが企画された背景には，フィールド・サービスのスポンサーである米国人文基金のファンドの縮小という財政上の事情が作用していると推測される。実際，プロジェクトの目標のひとつに，協力して資金集めに努め財政基盤の強化を図ることがあげられている。しかし，これを契機に，各地域センターのフィールド・サービス担当者と米国人文基金保存アクセス課の代表者が一同に会して情報交換と意思疎通を図る場が設けられたことは，財政問題への対処という消極的理由を超えて，地域協力の緊密化と資料保存ネットワークの基盤の強化という観点から意義深いことであると思われる。

竹内　秀樹（たけうちひでき）

Ref: Preservation field services cooperate with outreach. Newsl Comm Preserv Access (100) 1, 4, 1997