CA1177 – ロシア国立図書館における国際交換業務の変化 / 酒井貴美子

カレントアウェアネス
No.223 1998.03.20


CA1177

ロシア国立図書館における国際交換業務の変化

ソ連崩壊以後の政治的・経済的変化によってロシア国立図書館(モスクワ)の国際交換業務に大きな変動が起きている。ロシア国立図書館の1992年から1995年にかけての国際交換による送付は,1986年と比べると送付は1/10に,受理は1/3に減っている。交換相手機関の数は,現在102ヵ国2,500機関であるが,これは以前の1/1,000である。

こうした急激な変化はなぜ起きたのだろうか?

交換相手機関の劇的な減少の原因として,まず,交換業務が果たしていた役割の変化がある。以前の交換業務には,本を通じてのロシア文化の宣伝・友好関係の促進という面があった。交換は対等である必要はなく,一方的な送付が行われていたのである。しかし,こうした役割を果たすことは,いまや,経済的な事情もあって,非常に難しくなってしまった。

資料入手の手段としての国際交換も,以前は豊富な国際交換用資料に支えられており,それほど効率を念頭におく必要もなかった。上記の宣伝・友好関係の機能と重なるところもあるが,東欧圏などの同じ社会主義陣営の機関とは,ゆるやかな合意のもとに,大して選択せずに大量の文献を相互に送りあっていた。社会主義体制の崩壊後,こうした国際交換体制は存続不可能になった。送付が1/10に減ったのはその間の事情を表している。

ロシア国立図書館はいまや国際交換による資料入手という機能に,より一層力を注いでいる。以前やっていたようなイデオロギーによる交換相手国の選択はもはや問題にならない。あくまで資料入手の観点から各国との関係を考えるようになっており,その関係の維持に腐心している。

しかし,資料入手のための国際交換も以前よりいっそう難しいものになっている。各国の国際交換に対する姿勢は変化した。もはや書誌情報が乏しく,外国資料の購入・入手が困難という時代ではない。各国の図書館は,書誌情報を参照しては,自館に必要な資料をいかに効率良く入手するかに力を入れている。注文したわけでもない本でもとりあえず受け入れるという交換はもはやあまり意味がないのである。また,各国の図書館において,外国資料の収集がより選択的になってきていることもある。

こうした一般的状況の変化以上に,ロシア国立図書館の交換業務を困難にしているのは,ロシアの社会的,経済的状況である。

かつてルーブルは固定レートだった。ロシアの出版物は外国に対してそれなりの値段だったのである。しかし,ソ連崩壊以後のインフレの結果,1991年には1ドル=110ルーブルだったのが,1996年には1ドル=約5,500ルーブルにまでなっている。外国の図書館にしてみれば,交換用に自国の資料を買って送付するよりは,書店を通じてロシア資料を購入した方がずっと安上がりなのである。

ロシア国立図書館の困難はそれだけではない。以前得ることのできた豊富な交換用資料は納本法の改正(CA1095参照)によって,もはや望むべくもない。納本によっては得られない送付資料を購入によって確保しようとしても,資料の高騰でそれもままならない。なによりも以前のような本の供給システムが崩れてしまい,資料を見つけだすことも難しくなった。その結果,外国の交換相手の入手希望資料を送ることができなくなっている。1995年度には42%の注文に応えることができただけだった。地方出版物になるとこの数字はさらに低下している。こうしたことから,外国の図書館は,資料の入手については,より一層,書店や取次業者を頼るようになっている。

ロシア国立図書館のこうした苦境に対し,国は何らの有効な対策を立てる気配はない。それどころか,国の政策は,国際交換用資料の納本を納本法から削除したことに示されるように,国際交換を縮小する方向に向いている。

ロシア国立図書館は,新刊だけでなく,古い本についてもかなりの複本を持っており,これを国際交換に役立てていた。しかし,法律によって,1925年以前の出版物を外国に送ることは禁止され,1925年から1945年までの出版物についても許可が必要になった。その結果,この時期の出版物を使っての国際交換は不可能か,不可能ではないまでも送付までに手続にかなり時間を要するようになり,実際上,交換の原資にはならなくなってしまった。

さらに,国は,出版年鑑,雑誌記事索引といった書誌類の外国での販売を外国の企業にまかせるといった政策をとっている。外国の図書館は書誌情報についてすらロシア国立図書館に頼る必要はなくなっているのである。

ロシア国立図書館にとって,国際交換はそれでもなお外国資料収集の重要な手段である。1995年,入手した外国資料の68%は国際交換によるものだった。国際交換の効率化のため,ロシア国立図書館は交換相手の見直しなどの努力を行っている。しかし,上記のような状況の中では,ロシア国立図書館の方が,逆に外国の図書館にとっての交換見直しの対象なのかもしれない。既にロシア国立図書館に対しては,いくつかの外国図書館からの交換の停止,もしくは縮小の申し出がなされている。

図書館が外国の図書館に対する書誌情報,資料提供の分野で,書店や出版取次業者にはるかに劣るとしたら,これからの戦いでどちらが勝利者になるかは明らかといっていいだろう。

酒井 貴美子(さかいきみこ)

Ref: Kruglik, G. M. Dinamika mezhdunarodnogo knigoobmena. Nauchnyie i Tekhnicheskie Biblioteki 1997 (1) 94-98, 1997