CA1178 – 勤労者に対する公共図書館サービスのあり方 / 白石英理子

カレントアウェアネス
No.223 1998.03.20


CA1178

勤労者に対する公共図書館サービスのあり方

A. L. ワドレー(A. L. Wadley)らは,イギリスの公共図書館がフルタイムで働く人々に対して適切なサービスを行っていないと指摘する。そしてマーケティングの手法を用いて現在行われているサービスを評価し,その問題点を明らかにする。その上で,効果的サービスの方法を館内・館外サービスおよびリモート・アクセスの3つのカテゴリーに分けて論じている。

著者は,現在の公共図書館は(1)サービス・ポイントの数や開館時間が勤労者層に利用しやすくなっていない,(2)非来館型利用に対して電話によるレファレンス・サービスが行われている程度で,インターネットなどのアクセス手段を提供できていない,(3)非利用者層に利用意欲を持たせるには利用に要する時間や努力がかかりすぎる,(4)図書館サービスについて十分知ってもらうための宣伝を始めとするマーケティング活動が足りない,と分析する。

では利用する側の負担を最小にし,利用しやすさを最大にする効果的サービスはどのようにして可能となるか。第一に館内サービスにおいては,夜間開館や日曜開館により,利用しやすい開館時間とし,また図書館建物を通勤経路上に設ける。第二に館外サービスにおいては,職場図書館,ミニ図書館,24時間ブック・ディスペンサー(缶ジュースの自動販売機のような自動貸出機),自動車図書館によるサービスを行う。第三に,来館を必要としないサービス形態として,電話による情報サービス,図書の郵送貸出,インターネットを通じたOPACの利用,E-mailによるレファレンス・サービス,ケーブルテレビの利用が提案されている。さらに,マーケティング戦略の観点から,これらのサービスを機能させるために必要なこととして,プロモーション活動,財源の確保,サービスの評価・再検討のプロセスの重要性が述べられている。

ワドレーらは,人口の1/3以上を占める勤労者層に適切なサービスを行わないのは,全ての人々に対するアクセスの平等を保障するという公共図書館の使命の中心的課題に反すると強調している。だがこの論考の背景には,そのような理念に基づく要請もさることながら,1980〜90年代における財政悪化によって公共図書館の予算がカットされ,サービス・ポイントや開館時間の削減などが行われるようになってきた中で,図書館が自ら効果的なサービスを行っていることを示す必要に迫られている状況があると考えられる。保守党政権下の支出抑制政策によって,図書館にも強制的競争入札制度,業務委託,フランチャイズ制度などの外圧が生じている(CA810,CA998参照)。それに対し,図書館自身の資源でその存在意義を印象づけるサービス展開をして劣勢を挽回しようとの意図が窺える。ただし,具体的方策として提案されている内容は,新規性に欠けており少々陳腐な感が否めない。この提案を受けて,勤労者サービスを再構築した図書館のレポートが出てくると,論議を深められるだろう。

日本においても,フルタイムで働く勤労者層に公共図書館が適切なサービスを行えていないという事情はイギリスと同様である。図書館に対する外圧の高まりも似ている。その点で,この論考が提示している方向性は示唆に富むと言えよう。

東京都立中央図書館: 白石 英理子(しらいしえりこ)

Ref: Wadley, A. L. et al. Marketing the public library service to the full-time employed: future directions? Libr Manage 18 (5/6) 253-263, 1997
Wadley, A. L. et al. An evaluation of current public library service to the full-time employed. Libr Manage 18 (3/4) 205-215, 1997
小田光宏 連載・英国公共図書館を理解するみんなの図書館 (223) 1995. 11- (229) 1996. 5
柳与志夫 図書館におけるマーケティングとパブリック・リレーションズの適用(1)(2) 図書館学会年報37 (4) 153-165, 1991; 38 (1) 1-18, 1992