カレントアウェアネス-E
No.521 2026.04.23
E2877
第36回保存フォーラム:紙資料の修理・修復の基礎<報告>
国立国会図書館収集書誌部資料保存課・白石愛(しらいしまなみ)
2025年12月4日、国立国会図書館(NDL)は第36回保存フォーラム「紙資料の修理・修復の基礎―保存の理念と事例から学ぶ―」を開催した。
保存フォーラムは、資料保存に関する知識の共有と実務的な情報交換を意図した場である(E2782ほか参照)。今回は昨年に引き続き対面形式で開催し、報告動画(意見交換、質疑応答部分を除く)をNDLの公式YouTubeチャンネルにて、2025年12月11日から2026年3月31日まで公開した。
今回の保存フォーラムは、図書館員等の関心が高い紙資料、特に劣化の進行が問題となっている明治期以降の近現代の紙資料を対象とした修理・修復について、基本的な考え方とその手法への理解を深めることを目的として開催した。
以下、当日の報告内容の概要を紹介する。
●基調報告「近現代紙資料の保存と修復」(元・元興寺文化財研究所研究員:金山正子氏)
金山氏は、近現代の紙資料を対象とした保存修復の基本的な考え方と技術について、具体的な事例を交えながら解説した。
はじめに、保存修復を考える上で基盤となる「原形保存」「可逆性」「安全性」「記録」の保存修復の4原則を説明した。特に「記録」の原則については、修復は一度で完結するものではなく、数十年単位で繰り返される作業であることから、判断の根拠や使用した材料・技法を記録し、資料と共に保存することの重要性を強調した。
続いて、修復に使用される材料や繕い、裏打ち、漉嵌(すきばめ)といった技術、そして固着資料の剥離、脱酸処理、真空凍結乾燥法などの修復処置について、事例をもとに具体的な説明があった。
近現代紙資料には、酸性紙や没食子(もっしょくし)インクといった、近現代ならではの劣化要因が存在する。そのため、紙や筆記材料を分析・検証し、劣化状態を把握した上で保存修復を行うことが重要であると指摘した。また、大量に存在する近現代の紙資料は、製作・収集の背景や用途、類縁資料との関係、使用痕や補修痕の扱いに関する考え方が所蔵機関ごとに異なる点にも触れ、保存措置に先立つ状態調査においては、調査項目そのものを検討することの必要性が述べられた。
最後に、所蔵機関のみで全ての資料の保存修復に対応することには限界があるとし、市民の手を借りたワークショップの実践や専門家による作業マニュアルの整備といった取組が紹介された。今後は、こうした専門家以外の幅広い人々が関与する仕組み作りが重要になるとして報告を締めくくった。
●事例報告1「国立公文書館における資料の修復」(国立公文書館業務課課長補佐(保存担当):阿久津智広氏)
阿久津氏は、まず図書館員向けに国立公文書館の概要や所蔵資料を紹介し、公文書の受入れから利用提供に至るまでの業務の流れを説明した。その上で、その過程で実施している修復業務について報告した。
公文書は、受入れから1年以内に目録を公開することが法律で義務付けられている。また、原則としてデジタル化した資料があっても原本が利用提供される。このため、数多くの利用請求に対して、原本利用を前提としつつ、効率的かつ適切な修復措置を行うことが重要であると述べた。
具体的な修復措置として、手繕い、裏打ち、リーフキャスティングのほか、軽微な損傷に対する補修方法を紹介した。資料の損傷状態や文字情報の有無、筆記材料の種類、紙質や劣化の程度などを総合的に判断し、修復方法を選択していることを説明した。
あわせて、大量の資料に対応するための、修復に使用する和紙の選択の仕方や、不織布を補助とした裏打ちの方法、両面に情報が記載された資料や酸性劣化が進行した脆弱な資料に対して表裏両面から裏打ちを行う「両面打ち」など、公文書の特性を踏まえた処置について言及した。
また、被災公文書等への対応の紹介もあり、国立公文書館の職員で構成される救援チームの設置とこれまでの活動、水損した公文書等の救出から乾燥までの対応を説明した。そして、こうした取組は、日常的に大量の資料の保存修復処置を行ってきた国立公文書館の経験と知見を生かした活動であることを強調した。
●事例報告2「国立国会図書館における紙資料の修理・修復―和装本保存係の業務を中心に―」(NDL収集書誌部資料保存課和装本保存係長:正保五月)
正保からは、NDL資料保存課和装本保存係の業務を中心に、紙資料の修理・修復について報告した。製本計画の策定から修復する資料の受領、処置方針の検討、修復処置、修復記録作成、返却に至る流れを示すとともに、修復記録の実例を紹介した。
続いて、修復処置の考え方や手法、使用する道具や材料について、事例を交えながら説明した。資料の形態や状態が多様であることを前提に、個別の資料に応じて処置の内容を検討していることを述べた。また、修復後の利用形態を見据えた修復処置の選択や、館内の関係部署との情報共有の重要性についても、具体例を交えて説明した。
最後に、資料の長期保存には保存修復の4原則の尊重に加え、資料の特性や利用方法を踏まえた適切な修復処置の選択が不可欠であり、そのためには、継続的な情報収集や関係部署とのコミュニケーションが重要であるとして報告をまとめた。
報告終了後、意見交換及び質疑応答が行われた。意見交換は、参加者を小グループに分けて行われた。また、質疑応答では、修理・修復の判断基準、簡易な補修と専門的修復との関係、限られた人員・予算の中での工夫などについて質問が寄せられた。
保存フォーラムの報告資料はNDLウェブサイトで公開しているので参照されたい。
Ref:
“第36回保存フォーラム(終了しました)” . NDL.
https://www.ndl.go.jp/event/events/preservationforum36
公益財団法人元興寺文化財研究所.
http://www.gangoji.or.jp/
国立公文書館.
https://www.archives.go.jp/
金山正子. 紙資料の保存修復. 東海地区大学図書館協議会誌. 2010, No. 55, p. 19–24.
https://www.nul.nagoya-u.ac.jp/tokai/kyogikaishi/55all.pdf
金山正子. 記録和紙資料の伝統修復と新しい技法. オレオサイエンス. 2018, 18(10), p. 491-498.
https://doi.org/10.5650/oleoscience.18.491
有友至, 中島郁子, 阿久津智広. 資料の保存と修復―リーフキャスティングによる脆弱化した資料の修復. アーカイブズ. 2010, (39), p. 68-74.
https://www.archives.go.jp/publication/archives/wp-content/uploads/2015/03/acv_39_p68.pdf
筧雅貴, 阿久津智広. 被災公文書等救援チームの設置及び常総市における活動について. アーカイブズ. 2016, (60).
https://www.archives.go.jp/publication/archives/no060/4856
山﨑美和. 第35回保存フォーラム : 被災資料への対応<報告>. カレントアウェアネス-E. 2025, (499), E2782.
https://current.ndl.go.jp/e2782
