カレントアウェアネス-E
No.498 2025.03.13
E2777
研究情報のオープン化に関するバルセロナ宣言とロードマップ
京都大学情報環境機構データ運用支援基盤センター・西岡千文(にしおかちふみ)
2024年4月、研究を実施・助成・評価する機関や研究情報基盤を提供する機関の関係者らのグループによって、「研究情報のオープン化に関するバルセロナ宣言」(以下「宣言」)が公開された。宣言では研究情報を「研究の実施およびコミュニケーションに関する情報」と定義している。研究情報の具体例としてタイトル等のメタデータ、組織や研究者等に関する情報が挙げられており、宣言の署名者は以下の4つの事柄に誓約することとなる。
- 我々が使用および作成する研究情報をオープンにすることを原則とする。
- 我々は、オープンな研究情報を支援し可能にするサービスやシステムと協力する。
- 我々はオープンな研究情報のための基盤の持続可能性を支援する。
- 我々は、研究情報のオープン化への移行を加速するための協調を支援する。
宣言が公開された背景として、クローズドな研究情報による意思決定への懸念がある。これまで研究者のキャリアや研究組織の今後に関する意思決定においてアクセスが制限された研究情報が頻繁に利用されており、透明性と再現性が欠如していた。オープンな研究情報を利用してそれらを確保することで、より公正な意思決定が期待できる。特に研究評価改革の推進のための有志連合(CoARA)等でオープンな研究情報の重要性が指摘されてきたことから、研究評価改革の文脈を汲んでいる。また、これまでオープンな研究情報を求めるイニシアティブとして引用データのオープン化を求めるInitiative for Open Citations(I4OC)等があった。これらの取り組みと協調して研究情報のオープン化を推進するために、この宣言が公開された。
宣言の署名者は、研究を実施、助成または評価する組織に限られるようで、オープンな研究情報やそれに関するサービスを提供する組織(DOI登録機関等)はサポーターとして位置付けられている。宣言は研究情報をオープンにすることだけではなく、オープンな研究情報を使用して意思決定を行う行動変容までを求めていることが窺える。
宣言の公開を受けて、2024年9月にフランス・ソルボンヌ大学にてオープンな研究情報に関するパリ会議が開催された。この会議はオープンな研究情報を推進するためのロードマップ案を議論することを目的の1つとしていて、約140人の署名者、サポーター等が参加した。会議では7件のトピックについてロードマップ案が議論された。各トピックのロードマップを構成する具体的な行動目標(アクション)を、参加者間での投票により明らかにしている。紙幅の都合上、以下ではトピックを4つに分けて報告する。
- メタデータ:メタデータのオープンな利活用を実現することを目的としたアクションが示された。出版者に求める論文・図書等のメタデータの標準を開発し、それらを調達条件とすることが挙げられた。宣言の背景を鑑みるとORCIDやROR等の識別子が重要になると想定される。さらに、リポジトリ上の研究成果のメタデータの質が課題として認識され、メタデータの検証を行う人材の育成等メタデータの質に関するアクションが提案された。助成に関するメタデータについても議論された。助成のメタデータやその流通については助成機関間で調整されておらず、先行する助成機関の取り組みを他機関に広めていくことがアクションとなる。
- クローズドなシステムの置換:クローズドなものの代替となるデータソースと、オープンな研究情報システムを採用するための道筋について議論された。課題として、研究情報の質に関する要件や基準が明確でないこと、契約解除等に関する行動の調整等が挙げられた。
- 基盤の維持:目標として署名機関から中長期的な支援の確約を得ることが掲げられた。まずは研究組織から基盤へのリソースの投入について広範な調査を実施することがアクションとして挙げられている。
- オープンな研究情報の評価と有益性の証明:オープンな研究情報ならびにその便益について継続的にモニタリングを行うことがアクションとして挙げられた。
上記の議論に基づいて、ロードマップが策定される予定である。宣言には、研究情報のオープン化を加速するために連合体を設立して、協調して取り組んでいくことが述べられている。「研究評価の改革に関する合意」(E2561参照)がCoARAに発展したように、この宣言もCoARAのような連合体に発展し、具体的なアクションが包摂的に実施されることが見込まれる。
Ref:
Barcelona Declaration on Open Research Information.
https://barcelona-declaration.org/
天野絵里子, 西岡千文, 沼尻保奈美, 林和弘, 林隆之, 横井慶子. 研究情報のオープン化に関するバルセロナ宣言(仮訳). 2025.
https://doi.org/10.15108/BarcelonaDeclarationJP
西岡千文. オープンな研究情報に関するバルセロナ宣言とロードマップの検討. 情報の科学と技術. 2025, vol. 75, no. 3, p. 126-129.
https://doi.org/10.18919/jkg.75.3_126
CoARA.
https://coara.eu/
Initiative for Open Citations.
https://i4oc.org/
Report of the Paris Conference on Open Research Information. Zenodo, 2024, 26p.
https://doi.org/10.5281/zenodo.14054244
“Paris Conference on Open Research Information”. Zenodo.
https://zenodo.org/communities/paris_conference_ori_2024
標葉隆馬. 欧州における「研究評価の改革に関する合意」とその展開. カレントアウェアネス-E. 2022, (438), E2561.
https://current.ndl.go.jp/e2561