カレントアウェアネス-E
No.497 2025.2.27
E2771
オープンネス、開かれているということ:鳥取県立美術館の開館
鳥取県立美術館館長・尾崎信一郎(おさきしんいちろう)
県立レベルではほぼ最後発となる鳥取県立美術館が2025年3月に開館する。美術館建設という決定がなされてから約10年が経過し、計画から建設までこの経緯に伴走してきた者として大きな感慨がある。
日本に専門的な美術館が開設されてから半世紀以上が経つ。とりわけ1980年代には県立の美術館の建設ラッシュが続き、今やほぼすべての都道府県に公立美術館が設置されている。鳥取県はこの波に乗り遅れ、自然、人文、美術の三部門から成る総合博物館として鳥取県立博物館が部分的に県立美術館の務めを果たすといった状況が続いていた。しかし1972年に建設された県立博物館は経年による建築の劣化が進むともに収蔵庫は満杯、常設展示も狭隘化し、機能を十分に果たすことが困難になっていた。事態を憂慮した県教育委員会は2014年に専門家による「鳥取県立博物館現状・課題検討委員会」を設置し、日本博物館協会が公開している自己点検システムを用いて、当時の鳥取県立博物館の置かれていた状況の客観的な判定を試みた。結果としていずれかの部門について施設を新設することなくして状況は打開できないことが判明した。このプロセスは同じ悩みをもつ全国の博物館からも注目され、翌年の日本博物館協会の館長会議においては事例発表を引き受けることとなった。
議論を経て、美術部門が県立美術館として独立することが決定された。間髪を入れず、県では新しい美術館の理念を方向づける「鳥取県美術館整備基本構想検討委員会」を設置し、有識者による検討を始めた。確かに私たちの美術館は最後発であるが、最後発であるがゆえに美術館についての最新の知見、課題や方向性をじっくりと検討することができたと思う。私も毎週各地に出張しては、先進的な事業や活動を実践していた美術館の担当者に面談したことを覚えている。地域連携やアート・ラーニング・ラボといった新しい美術館の取り組みにはこのような経験が反映されている。運営についても同様だ。PFI法が施行されたこともあり、直営以外の運営方法をとる自治体も少しずつ増えていた。委員会では直営、地方独立法人、PFIという三つの手法を比較したうえで建築と運営の両面にわたるPFI手法という日本初の方法によって新しい美術館を建設し運営する方針を立てた。立地についても各市町村が誘致に名乗りを上げる中、委員会は12か所の候補地を4か所に絞り込み、最終的には住民投票という異例の方法で倉吉市に建設することが決まった。
必ずしも収益に結びつかない美術館という事業を民間の事業者との協働によるPFIという手法で展開することができるかという点は私たちにとっても大きな賭けであった。しかし幸いにも熱心な事業者による三つのグループからこの事業への応募があった。いずれのグループも世界的に高名な建築家を擁しており、このことからも応募者たちの実力が高いレベルで伯仲していたことが理解されよう。
PFI事業者が決まってからは一気呵成に作業が進んだ。コロナ禍の直前に事業者と契約を結ぶことができたことは幸運であった。私たちはオンライン会議を活用して、建築と運営の両面で美術館の輪郭を定めていった。もっとも実際にはこのさなか、作品収集をめぐって「ブリロ騒動」と呼ばれる大事件が勃発し、その収拾に大変な労力を要したのであるが、ここでは触れない。美術館が具体化する過程で私たちは新しい美術館の方向性を示すブランドワードを定めることにした。学芸員と事業者グループが何度か協議を重ねた結果、「オープンネス」というキーワードが浮かび上がった。開かれているという意味だ。開放的な空間、広いフリーゾーンといった建築の特性と、多様な人々を受け入れてさまざまの表現を紹介していくという運営面での理念をともに象徴する言葉であるが、今振り返るならばこの美術館の構想から実現までが一つのオープンネスの過程ではなかっただろうか。この10年間、私たちは常に議論の過程を公開してきた。おそらく上に掲げた多くの議論の記録は現在でもインターネットを介して参照できるはずだ。美術館を新規建設するという決定、立地場所の選定、運営方針、そしてここでは詳細に触れなかった作品収集をめぐる批判、公共施設の常とはいえ、いずれについても激しい議論が巻き起こされた。私たちが唯一誇ることができるのは、決定の過程を可視化するとともに、反対派の多い集会であっても招かれることがあれば必ず出席し、愚直に自分の信じるところを説明したことだ。厳しい記憶も多いが、自分の一生を締めくくる仕事として美術館の開設という大きな事業を実現させることができたことはひとえにオープンネスの精神、知っていること、考えていることを包み隠さず伝え、理解を求めたことによるのではないかと思う。美術館の構想から実現の過程で私たちははからずも一つの精神的支柱を得ていたのである。
いよいよ開館の時が迫る。私たちは真に地域と住民に開かれた場として、最後発にして最新の美術館を未来の世代のために育てていきたい。
Ref: 鳥取県立美術館. https://tottori-moa.jp/ “沿革・PFI事業概要”. 鳥取県立美術館. https://tottori-moa.jp/about/history/ 日本博物館協会. “博物館自己点検システム”. WARP. https://warp.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/11675719/www.j-muse.or.jp/04links/jikotenken.php “鳥取県立博物館現状・課題検討結果報告書”. 鳥取県. https://www.pref.tottori.lg.jp/284817.htm “美術館”. 鳥取県. https://www.pref.tottori.lg.jp/art-museum/