E2618 – ミュージアム・ライブラリ/アーカイブズの地平<報告>

カレントアウェアネス-E

No.461 2023.07.27

 

 E2618

ミュージアム・ライブラリ/アーカイブズの地平<報告>

東京都江戸東京博物館・楯石もも子(たていしももこ)

 

  2023年4月22日、アート・ドキュメンテーション学会(JADS)美術館図書室SIG(ミュージアムライブラリーの会)主催によるオンライン・ワークショップ「ミュージアム・ライブラリとミュージアム・アーカイブズの地平―その過去・現在・未来を見とおす」が開催された。本ワークショップは、樹村房「博物館情報学シリーズ」第8巻『ミュージアム・ライブラリとミュージアム・アーカイブズ』の刊行を記念して企画され、同書の編著者、執筆者による鼎談、対談形式をとりながら、書籍には収まりきらなかった内容を中心に議論が進められた。本稿では、当日の議論の概略を報告する。

  冒頭、筆者と長崎歴史文化博物館館長・水嶋英治氏のあいさつに続き、跡見学園女子大学の水谷長志氏から、1872年に湯島聖堂で行われた文部省博覧会を始まりとする日本のMLA(ミュージアム、ライブラリ、アーカイブズ)の成り立ちとその歴史(CA1749 参照)を踏まえて、今日のミュージアムにおけるライブラリとアーカイブズを見直す、という企画趣旨が示された。

●鼎談1「ミュージアム・ライブラリとミュージアム・アーカイブズそしてドキュマンタシオンを語る」

  東京国立近代美術館の長名大地氏、元・大阪中之島美術館の松山ひとみ氏から自身の携わったライブラリ、アーカイブズの活動事例(E2522 参照)が提示され、国立西洋美術館の黒澤美子氏からは、来歴・展示歴・文献歴などコレクションに関わる情報を収集整理する施設であるドキュマンタシオンについて、フランスの美術館等の運用事例が紹介された。各事例からは、そこで扱われる情報や資料がミュージアムの活動を支え、館の評価を左右する重要な資源となっていることを確認することができた。

  続く鼎談では、ライブラリアン、アーキビスト、ドキュマンタリストの仕事はゆるやかに連環していることを前置きした上で、これらを独立した情報資料系の職能として配置している日本のミュージアムはきわめて限られていることや、職種としての認知が進んでいない現状が取り上げられた。それぞれの職務が果たす役割や求められる人材、ミュージアムにおける仕事のひとつとして定着されるにはどうすればよいか、という課題と展望が共有された。

●鼎談2「東京国立博物館におけるMLAの情報連携を語る」

  東京国立博物館(以下「東博」)の阿児雄之氏、山﨑美和氏、元・同館百五十年史編纂室の小野美香氏から、ライブラリとしての東博資料館と、アーカイブズとしての百五十年史編纂室、東博組織内の内包的MLA連携を支える情報管理室の活動が紹介された。ライブラリでは資料を種類別に1点ずつ登録するのに対し、アーカイブズでは資料群として管理するという収蔵管理方針の違いが具体例とともに提示された。例えば、ポスター、ちらし、展覧会図録、記録写真、内部文書など展覧会の開催に伴って生成される様々な資料や記録の中には、図書として登録されるものもあれば、アーカイブ資料として保管されるものもある。これらは、各資料を管轄する部署によって目録や物理的な保存場所が分散してしまい、特定の展覧会をまとまりとする資料群として一覧することが難しいという。こうした物理的なアクセスへの課題をデータ連携によって解消していきたいという展望が述べられた。

  東博にはライブラリ、アーカイブズをはじめ、学芸業務やコレクション管理など館内で発生する様々な情報、写真、調査研究の成果を管理する各種データベースがある。それらをつなぐハブとして情報管理室が機能し、組織内MLA連携の維持管理と外部組織との連携の窓口を担っている。施設としてのドキュマンタシオンはないが、OPACや収蔵品データベースに来歴、文献歴、展示歴などの情報を付加してシステム上で連携させることで、その役割の一部を果たしていることや、館内外からのレファレンス窓口をライブラリに集約し、各部署が連携をとりながら回答を行うフローが紹介された。

●対談「ミュージアム・ライブラリの原理と課題」

  水谷氏に対し筆者が質問を投げかける形で進行した。その中で、個々のミュージアム・ライブラリが地域や主題などの独自性、特殊性に根差した蔵書構築を行い、各館が有機的に連携することで、総和として日本のミュージアム全体が豊かになるのではないか、という意見が述べられた。このような「部分と全体」が機能する枠組みを構築することは、収蔵スペースの問題解決にもつながるという見解も語られ、この話題は全体討議にも引き継がれた。

●全体討議

  全体討議では、水谷氏の「個々の館によるボトムアップの活動と併せて、全体を俯瞰し部分を再構築していくようなストラクチャーが必要」という意見に関連して、ワークショップ参加者の川口雅子氏から氏の所属する国立アートリサーチセンター情報資源部門(E2606 参照)における「俯瞰的な立場から各館のコレクション情報を集約し、つなぎ、国際的に発信するハブとしての機能をもって活動する」という事業計画と、個々の館と国立アートリサーチセンターとの相互協力の必要性が述べられた。さらに登壇者からは「ミュージアム・アーカイブズの普及には、既存の枠組みを超えてゆくようなアクションが必要」、「ミュージアム・ライブラリアンにはアーキビストの知識も必要。司書教育に組み込めると良い」、「ライブラリもアーカイブズも外に開かれていることが大切」などの発言があった。

  最後に水嶋氏から、ドキュメンテーション作業の再考、ミュージアム・ライブラリ・アーカイブズ間の用語の共有、「部分と全体」の各レベル(国、協会、学会、機関、個人など)で継続的な議論や情報交換を行うための枠組みづくり、の3点を進めることが今後のミュージアムに必要な第一歩ではないか、という二つの鼎談と対談に対する感想が寄せられた。

  全体を通して、ミュージアムにおけるライブラリ、アーカイブズ、ドキュマンタシオンの各立場から現状と課題を共有したことで、収集対象とする資料や整理方法の違いはありながらも、いずれもミュージアムの資産となる「情報資源」を扱っており、それらを整理活用するという役割は同じであること、その重要性を再確認できたと感じている。本ワークショップが、今後のミュージアム・ライブラリとミュージアム・アーカイブズを取り巻く議論の場を構築するきっかけの一つとなれば幸いである。

Ref:
JADS. ミュージアム・ライブラリとミュージアム・アーカイブズの地平―その過去・現在・未来を見とおす. 2023.
http://www.jads.org/news/2023/20230422.pdf
“ミュージアム・ライブラリとミュージアム・アーカイブズ”. 樹村房.
https://www.jusonbo.co.jp/books/288_index_detail.php
“アートライブラリのご案内”. 東京国立近代美術館.
https://www.momat.go.jp/library
“アーカイブズについて”. 大阪中之島美術館.
https://nakka-art.jp/collection/archive/
“研究資料センター”. 国立西洋美術館.
https://www.nmwa.go.jp/jp/research/
“資料館利用案内”. 東京国立博物館.
https://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=138
“東京国立博物館創立150年記念特設サイト”. 東京国立博物館.
https://www.tnm.jp/150th/
水谷長志. MLA連携-アート・ドキュメンテーションからのアプローチ. カレントアウェアネス. 2011, (308), CA1749.
https://doi.org/10.11501/3192161
松山ひとみ. 大阪中之島美術館アーカイブズ情報室について. カレントアウェアネス-E. 2022, (440), E2522.
https://current.ndl.go.jp/e2522
川口雅子. 国立アートリサーチセンター設立とその情報資源部門の取組. カレントアウェアネス-E. 2023, (459), E2606.
https://current.ndl.go.jp/e2606