E2606 – 国立アートリサーチセンター設立とその情報資源部門の取組

カレントアウェアネス-E

No.459 2023.06.29

 

 E2606

国立アートリサーチセンター設立とその情報資源部門の取組

国立アートリサーチセンター・川口雅子(かわぐちまさこ)

 

  独立行政法人国立美術館は2023年3月28日、日本におけるアート振興の拠点として国立アートリサーチセンター(NCAR)を設立した。NCARは「アートをつなげる、深める、拡げる」をキーワードに、「美術館コレクションの活用促進」「情報資源の集約・発信」「海外への発信・国際ネットワーク」「ラーニングの充実」の4本柱に沿って事業を進める予定である。本稿ではこのうち情報資源に関する取組の一端を紹介する。

●『日本アーティスト事典』(仮称)構想

  たとえば海外のキュレーターが展覧会を企画していたとしよう。展覧会の出品候補として仮にそのキュレーターが日本人アーティストの名前を思い浮かべたとする。その場合キュレーターは、そのアーティストに関する書籍や雑誌記事は手に入るか、カタログ・レゾネ(全作品集)は出版されているか、展覧会出品歴はどうか、作品収蔵先はどこかといったことを徹底的に調べあげる必要がある。

  現状では、海外でリサーチに携わる人にとって、日本のアートに関するレファレンスツールが十分に提供されているとは言い難い。なかでもアーティストについての情報は重要だが、日本の人名事典は欧米水準のそれと異なり、あくまで人物に関する解説本文が中心で、調査を進める手がかりとなるような参考文献等の情報を欠いていることが多い。

  そこでNCARが取り組むことにしたのが日本のアーティストに関する総合事典の作成である。「ベネジット」の略称で知られる芸術家事典“Benezit Dictionary of Artists”(1911年刊行開始、現在はオンライン版)や、「ティーメ・ベッカー」の呼び名で親しまれた芸術家事典“Allgemeines Lexikon der bildenden Künstler von der Antike bis zur Gegenwart”(1907年刊行開始)の後継版“Artists of the World”(オンライン版)といった海外の定評ある人名事典を手本に、各項目には解説本文に加えて主要展覧会や主要所蔵先、参考文献等のレファレンス情報を盛り込む計画である。2023年秋のオンライン公開を目指し、目下編纂作業を進めている。

●リサーチガイドの作成

  欧米の図書館においてリサーチガイド作成は司書の重要業務であり、今日、図書館ウェブサイトでパスファインダーが続々公開されるのはその証しといえる。ところが日本ではサブジェクト・ライブラリアンの制度が根づいておらず、主題別情報をまとめる経験やスキル養成の機会を司書が十分に持てないという指摘もある(E1410 参照)。アート分野もしかりで、海外でリサーチガイドが充実しリサーチの環境が格段に進化する一方、日本のアートをめぐる環境整備は遅れている。

  こうした状況を踏まえ、NCARでは海外事例を参考に「日本のアーティストを知るには」「美術館所蔵作品を網羅的に調べるには」といった目的別のリサーチガイドの公開準備を進めている。国内外の情報探索者に適切なガイドを提供し、日本のアートの研究に資することがねらいである。

●全国美術館コレクション情報の集約と提供

  上記に加え、NCARは美術作品のカタログ編纂事業も手がけている。文化庁アートプラットフォーム事業から引き継いだ、全国美術館収蔵品サーチ「SHŪZŌ」である。欧米の美術史研究所には「スライド・ライブラリー」等の名称で、作品画像資料を蓄積する特別資料室が備えられてきたが、作品情報に関わるという点でSHŪZŌはそうした美術史学の伝統と通ずるものがあるともいえる。

  2022年の博物館法改正で「博物館資料に係る電磁的記録」の作成と公開は博物館事業の一つとして位置づけられたが、収蔵品データの全件公開を実現している美術館・博物館はまだごく一部にすぎない。ここでいう収蔵品データとは、画像データに限らず、作品タイトルや技法などの基礎データから、作品来歴(所有歴)といった歴史研究により得られるデータまでをも含む収蔵品関連データ全般のことだが、そうした収蔵品データについて、各館にはオンライン公開を進める予算や人手が十分にないというのが現状である。

  これを踏まえてSHŪZŌは、全国の美術館の協力のもと、館内業務で使用されている未公開のデータやそのほか紙媒体の目録等の提供を受け、事業運営側がそのデジタル化やデータ処理等のオンライン公開に伴うさまざまな作業負担を率先して引き受けてきた。もちろんこの方法にも限界はあるが、各館に過度の負担を強いることなく、オンラインで利用可能なデータの増加に少しでも役立てばと考えてのことである。国内美術館コレクションを網羅的に検索可能にすることが最終的な目標だが、当面は日本近現代美術を中心にデータの充実を進めている。

  NCARはナショナルセンターとして日本のアーティストや作品に関する国際的な調査研究拠点の機能を確立することを目指し、各事業に取り組んでいる。日本のアートの国際的価値・評価の向上に僅かばかりでも貢献できれば幸いである。

Ref:
独立行政法人国立美術館. ~アートをつなげる、深める、拡げる~日本におけるアート振興の新たな推進拠点として設立 : 独立行政法人国立美術館『国立アートリサーチセンター』. 2023.
https://www.artmuseums.go.jp/media/2023/03/jp_0308NCAR_PressRelease.pdf
国立アートリサーチセンター.
https://ncar.artmuseums.go.jp/
“Benezit Dictionary of Artists”. Oxford University Press.
https://www.oxfordartonline.com/benezit
Artists of the World.
https://aow.degruyter.com/
全国美術館収蔵品サーチ「SHŪZŌ」.
https://artplatform.go.jp/ja/resources/collections
天野絵里子. つながるLibGuides:パスファインダーを超えて. カレントアウェアネス-E. 2013, (234), E1410.
https://current.ndl.go.jp/e1410