E2522 – 大阪中之島美術館アーカイブズ情報室について

カレントアウェアネス-E

No.440 2022.08.04

 

 E2522

大阪中之島美術館アーカイブズ情報室について

大阪中之島美術館・松山ひとみ(まつやまひとみ)

 

  2022年2月,大阪に新しい美術館が開館した。国立国際美術館,大阪市立科学館が並び立つ中之島の西部地区に現れた漆黒のキューブには,6,000点を超える美術作品が収蔵されている。美術館建設のための準備室が発足する1990年11月から30余年,開館に至るまでに殊のほか長い時間がかかり,いつになったら「仮称」や「準備室」がとれるのか,もうずっとこのままなのではないか,と考える美術関係者も多くいたことだろう。この間,「大阪市立近代美術館」,「大阪新美術館」と準備室の冠する館の仮称が変遷し分かりにくいのだが,いずれも,1983年にまとめられた「大阪市制100周年記念事業基本構想」に端を発する一連の美術館建設事業によるものである。その帰着点が「大阪中之島美術館」であり,この新名称は2018年10月に公募によって決定した。

  美術館建設事業の出発点は,大阪市に託された秀逸な美術作品コレクションの継承である。そのことが変わらずにある一方で,新しい美術館のめざす姿は,長い準備期間中に変化した。時代のニーズに応じ,最後に計画に加えられたのが美術館アーカイブの新設である。

  ところで,いまだ耳慣れない美術館アーカイブには二つの機能がある。一つは美術館という活動体の記録を蓄積し,公共的な社会教育施設としての説明責任を果たすための機関アーカイブ。もう一つは,地域作家の研究や収蔵作品の調査など,美術館が美術史形成に関わるうえで,歴史の証左として集め参照する一次資料を管理するための収集アーカイブである。

  機関アーカイブは,東京都美術館や神奈川県立近代美術館など,歴史ある美術館の取り組みが先駆的で,周年事業や大規模改修を期に,設立からのあゆみを振り返る美術館の多くが徐々に関心を寄せはじめていた。収集アーカイブは,日本美術に関する資料の海外流出を問題視する動きやインターネットによる研究のグローバル化から,国内にある美術関連資料の情報発信に目を向ける必要がしばしば訴えられていたが,主たるコレクションとは言いがたい歴史資料(情報資源)に対する美術館の動きは鈍かった。

  準備室は,2015年度に大規模な「具体美術協会」関連資料群を受贈し,これをきっかけに美術館アーカイブ設置計画を大きく前進させる。すなわち,国際的評価の高まる関西の前衛芸術について,美術館収蔵資料群の所在情報を発信し,誰もが研究利用できるようにすれば,その収蔵価値を一層高めることができるという発想である。情報資源の共有がもたらす知の循環,その意義に気づきながら,やや出遅れていた国内の美術館界をけん引する「新しさ」として,準備室は収集アーカイブの機能に主眼を置くことにした。美術館アーカイブ整備の基本方針は,時流と,関西の一美術館に埋もれさせておけない資料群の取得によって形作られ,これを実行する場所が「アーカイブズ情報室」である。

  収蔵する資料群の整理にあたっては,外部アーキビストの助言を得てアーカイブの国際標準を学んだ。その中で,アーカイブ機能を維持していくための専任者の必要性を感じ,2017年度に学芸員の枠組みで,常勤のアーカイブ専任者を採用した。その専任者は2021年度,国立公文書館によるアーキビスト認証(E2251参照)を受けている。現在,大阪中之島美術館の2階,北西側に位置するアーカイブズ情報室は,火曜日から土曜日まで開室(10時から17時まで)し,常勤のアーキビスト1人と,司書,ITスタッフからなる非常勤の専門職員4人によって運営されている。

  一般閲覧室では,館内閲覧用デバイス(タブレット)で,収蔵資料のデジタル複製物を閲覧できる。ここには,現物調査に手がかかる大型のものや素材の劣化が進行しているもの,機器の陳腐化により再生が困難な映像・音声資料を優先してデジタル化し,順次登録している。また,予約閲覧室では,事前の利用予約により美術館が収蔵する情報資源の現物調査ができる。先述の具体美術協会関連資料群のほか,大手広告代理店の一つであった株式会社萬年社から引き継いだ広告関連資料群,浪華写真倶楽部や丹平写真倶楽部といった関西のアマチュア写真活動に関する資料群など,いろいろなものを含む大小さまざまな規模の,70件を超える収蔵資料群があるので,オンラインデータベースを見て,利用者が閲覧希望対象を指定する。

  美術館付属施設としてすでに馴染み深いアート・ライブラリと違い,ほとんどが閉架で,かつ来室によるレファレンスを行っておらず,閉じた印象を与えるかもしれない。その場での即対応が難しい一次資料へのアクセスポイントであることが認知されるまでには,まだ時間がかかるだろう。目立った動きのない静かな開室だが,収蔵資料群の所在を広く知ってもらうための公開情報の充実と,調査・研究に関する問い合わせへの対応が要である。

  アーカイブズ情報室は,美術館の中の研究支援施設として当然のように存在し,美術館活動に関する情報,収蔵資料に関する情報が,そこにあって利用できるよう維持することに努める。美術館の職員に限らず,必要とする誰に対しても,その扉は開かれている。

Ref:
大阪中之島美術館.
https://nakka-art.jp/
“アーカイブズについて”. 大阪中之島美術館.
https://nakka-art.jp/collection/archive/
東京都美術館 開館90周年記念サイト.
http://90th.tobikan.jp/
“アーカイブ”. 神奈川県立近代美術館.
http://www.moma.pref.kanagawa.jp/collection/archive
“日本の美術館にアーカイブズは可能か? シンポジウム「日本の戦後美術資料の収集・公開・活用を考える」”. artscape. 2016-04-15.
https://artscape.jp/study/digital-achive/10121712_1958.html
“大阪新美術館建設準備室”. 大阪市. 2018-08-02.
https://warp.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/11132910/www.city.osaka.lg.jp/keizaisenryaku/page/0000009428.html#archives
“所蔵アーカイブズデータベース”. 大阪中之島美術館.
https://archives.nakka-art.jp/
国立公文書館統括公文書専門官室人材育成担当. アーキビスト認証制度創設の検討について. カレントアウェアネス-E. 2020, (389), E2251.
https://current.ndl.go.jp/e2251