E2521 – 地域とつながる図書館:荒尾市立図書館の新たな試み

カレントアウェアネス-E

No.440 2022.08.04

 

 E2521

地域とつながる図書館:荒尾市立図書館の新たな試み

荒尾市教育委員会

 

  2020年11月,荒尾市(熊本県)・荒尾シティプラン(あらおシティモールの運営会社)・紀伊國屋書店の3者は「荒尾市立図書館の質の向上とあらおシティモールの活性化に関する連携協定」を締結した。この協定は,公民館との複合施設として1973年に開館した市立図書館を市の中心拠点に位置する商業施設(あらおシティモール)へ移転し,図書館の質的向上やあらおシティモールの活性化を図ることを目的とし,荒尾シティプランは新規テナントの誘致等を,紀伊國屋書店は施設内への書店出店の検討および図書館の移転整備について市への助言を行うというものである。この協定を契機として官民連携のプロジェクトが始動した。

  新しい荒尾市立図書館(以下「当館」)は,あらおシティモール2階に床面積約3,300平方メートル(約1,000坪),蔵書冊数約10万5,000冊,電子書籍約7,000点,座席数約250席にて2022年4月1日に開館した。「あらお本の広場」と命名されたエリア内には,紀伊國屋書店あらおシティモール店とSeattle’s Best Coffeeもオープンしたが,図書館と書店,カフェとの間には境界を設けず一体化した運用を行うことで,新図書館の基本方針である,学びを「つたえる」,交流活動と「つながる」,未来に「つづく」場の創出を図っている。

  設計にあたっては,紀伊國屋書店から,従来の公共図書館では前例のない,本格的なデジタルライブラリー設置の提案があった。電子書籍やデータベースのサービスだけでなく,デジタル技術を駆使し,情報発信の機能を備えることで,地域との連携やモール全体の活性化に寄与することを目指した,新しい機能とコンセプトを備えた図書館施設の構想である。

  デジタルライブラリーは,以下のような構成となっている。

●デジタル学習スタジオ(19.2平方メートル)

  遠隔授業やオンラインセミナーの拠点として活用することを想定し,大型液晶ディスプレイ,ストリーミングミキサー,スピーカー,カメラ等を備えた「デジタル学習スタジオ」を設置した。当市では,小中学校の児童生徒へ1人1台のタブレットを導入し,自宅への持ち帰りや大容量LTE接続を実現するなど優れた教育環境を実現しており,図書館から教育ICT化を積極的に支援していく予定である。国立有明工業高等専門学校(以下「有明高専」)教職員によるプログラミング学習講座や専門知識を有する外部講師による郷土学習講座,当館スタッフによる本の読み聞かせ動画等を市内の小中学校複数クラスへ配信していく予定である。

●デジタル万華鏡(65インチ×4台)

  当館では開館時に約7,000点の電子書籍を用意した。設置した大型液晶ディスプレイに万華鏡のように表示される多くのお薦めの電子書籍の表紙画像をタッチすると,その書籍の詳しい説明と二次元コードが表示され,スマートフォンやタブレット端末で電子書籍を読んだり借りたりすることができる。紙の書籍の貸出状況や書店の在庫情報も併せて知ることができるため,電子と紙の両方の書籍との出会いの場を創出している。

●フォトギャラリーサイネージ(70インチ×1台)

  大型液晶ディスプレイに表示される写真や動画をタッチすると,市の歴史・文化などの情報が画面上に展開される。市で保有する貴重な写真,動画などのコンテンツが閲覧可能である。また,多くの地元業者や学生等による,当館の整備や展示什器製作のメイキング映像も収録している。

●電子ペーパー(42インチ×2台)

  郷土の偉人・宮崎兄弟の生涯を,新たに描き下ろされた学習漫画で学ぶことができる。電子書籍化された漫画は電子図書館で市民にも提供していく予定である。

  今回の整備にあたり,当館では,郷土の魅力ある資源をふんだんに盛り込んでいる。ラムサール条約登録湿地である「荒尾干潟」や世界文化遺産「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼,造船,石炭産業」の構成資産である「万田坑」をコンセプトデザインに取り入れ,国指定重要無形民俗文化財「野原八幡宮風流」等の衣装を展示するとともに動画でも紹介している。また,国指定伝統的工芸品「小代焼」で製作した有明海の生き物の陶板を壁に設置するなど様々な形で取り入れ,郷土愛の醸成を図っている。また,各団体や関係者からの協力や助言を取り入れた整備を行っており,前述した展示什器のデザイン及び製作は有明高専建築学専攻の学生,「デジタル学習スタジオ」については,同校情報システムコースの教職員から設置とその後の活用についての提案を受けた。他にも前述の陶板の製作を「小代焼窯元の会」,返却ボックスの製作を「少年少女発明クラブ」に依頼し,地元在住の漫画家の先生には,子どもたちが市の歴史,文化を学べる4コマ漫画(デジタル版)の製作で関わっていただいた。

  このようなつながりを生かしながら,今後,地域とも学校教育ともつながっていく多様な取組を進めていく予定である。また市からの情報発信だけでなく,地域や学校からも,展示什器やデジタル機器を通して情報を発信してもらおうと考えている。

  コロナ禍以前の年間来館者が4万人前後だった本市図書館が,4月1日の開館以降,3か月半で10万人を超えるほどの活況を呈しており,ショッピングモール全体の来客も大きく増加するなど,早くも地域の中核施設として機能し始めている。

  今後,当館は,公共図書館として,紙の本を基本としながらも,デジタル化も推進し,多世代が気軽に立ち寄り,学び,滞在し,交流できるような市民のサードプレイスを目指していきたい。
 

Ref:
荒尾市立図書館.
https://www.arao-lib.jp/
“荒尾市立図書館の質の向上とあらおシティモールの活性化に関する協定を締結しました”. 荒尾市. 2020-12-01.
https://www.city.arao.lg.jp/oshirase/kosodate/shogaigakushu/page17754.html
“令和4年4月 荒尾市立図書館 リニューアルオープン!”. 荒尾市. 2021-07-27.
https://www.city.arao.lg.jp/oshirase/machi-wadai/page20378.html
“2022年4月1日 熊本県荒尾市に荒尾市立図書館と紀伊國屋書店あらおシティモール店がグランドオープン”. 紀伊國屋書店. 2022-03-23.
https://mirai.kinokuniya.co.jp/2022/03/31912/
藤戸克己, 花田吉隆. 荒尾市 図書館+書店プロジェクト、地域の活性化と本の力. 人文会ニュース, 2022, (140), p. 22-36.
http://jinbunkai.com/wp-content/uploads/2022/04/140_web.pdf
“荒尾市立図書館メイキングムービー「荒尾市立図書館ができるまで」”. YouTube. 2022-05-24.
https://www.youtube.com/watch?v=kPXgkzXrmvs
“74.荒尾市立図書館”. あらおシティモール.
https://www.arao-citymall.com/map/shop_74
“店舗案内”. あらおシティモール.
https://www.arao-citymall.com/shopall#serch_floor
“宮崎兄弟”. 荒尾市. 2021-01-01.
https://www.city.arao.lg.jp/kurashi/shisetsu/miyazaki-kyodai/page771.html
“ラムサール条約湿地 荒尾干潟”. 荒尾市. 2016-03-10.
https://www.city.arao.lg.jp/kurashi/shisetsu/higata/page982.html
“万田坑の歴史”. 荒尾市. 2016-02-12.
https://www.city.arao.lg.jp/kurashi/shisetsu/mandakou/page902.html
“専攻科生が荒尾市立図書館の什器デザイン提案”. 有明工業高等専門学校建築コース.
http://www.ar.ariake-nct.ac.jp/new/210807_6A7Adesign.html