E2602 – 図書館とFood Justice:北米の都市図書館協議会による報告書

カレントアウェアネス-E

No.458 2023.06.15

 

 E2602

図書館とFood Justice:北米の都市図書館協議会による報告書

立命館大学食マネジメント学部・安井大輔(やすいだいすけ)

 

  2023年1月、北米の都市図書館協議会(Urban Libraries Council:ULC)は、図書館とFood Justiceについての報告書を公開した。“Food Justice”(食の正義)とは、文化的に適切で健康に良い食料を、誰もが手頃な価格で手に入れられるようになることを目指す取り組みで、格差の拡大する米国などで広がっている。報告書は、ULCと地方及び小規模図書館協会(Association for Rural & Small Libraries)会員館の調査をまとめたもので、北米における食料不安の現状や、地域のニーズに対応するための主要な図書館のプログラム・サービス・活動、図書館の管理職向けの推奨事項等がまとめられている。

●北米における食料不安の現状

  報告書の前半では、米国の食料不安の現状が紹介される。食料不安とは、一時的に食事提供を受けることができるとしても、健康な食生活を続けるための恒常的な手段が保障されていない状態にあることを指す。特に低所得者が購入できる食品購入ルートがファストフード店やコンビニエンスストアに偏る米国の傾向を考えると、食料不安は肥満や成人病のリスクとも関わる。高品質の生鮮食品が入手できるスーパーマーケットが近くにない地域は「フードデザート」(食の砂漠)と呼ばれ、スーパーの郊外化により、米国及び世界各地で広がっている。フードデザートに暮らす人びとは高いお金を出しても劣悪な食品を入手することしかできず、結果として健康への悪影響もみられる。このようなフードアクセスをめぐる問題は、経済的理由から郊外のスーパーで買い物をすることが困難な低所得層に不利で、かつ米国では人種間の格差とも重なる。2021年に食料不安を経験した世帯を見ると、白人世帯は7.0%であるのに対し、黒人世帯は19.8%、ラティーノ世帯は16.2%となっており、制度化された人種差別は食料不安の格差にも強く反映されている。

  こうした状況に対して、世帯、コミュニティ、政府などさまざまなレベルで研究が行われているが、その背景には「すべての人がいつでも安全かつ文化的にも栄養面でも適切な食料を入手する」とする“the Right to Food”(食の権利)があり、それが果たされなければならないというFood Justiceの考えがある。すべての人が良質の食料を得られる社会を実現するための施策の対象は、従来は世帯だったが、現在はコミュニティに焦点が当てられるようになっている。さらに米国や欧州における公共図書館は、楽器やおもちゃ、調理器具、工具など多様な貸出サービスに加え、ホームレスの人を含む社会的弱者の救済・支援の活動を行っており、本を貸し出す場所という以上に地域の公共インフラとしての役割を担うようになっている。以上のような実態を踏まえると、米国における図書館が地域コミュニティの食料不安に対処することは自然なことといえる。実際に、米国の公共図書館の15%はフードデザートに位置しており、コミュニティの食料安全保障におけるニーズは高い。

  図書館が実施するプログラムやサービスは多様だが、本報告のもととなった北米各地の図書館への調査では、青少年への食料配布、種子貸出図書館(E1398参照)、成人への食料配布が多くの図書館に共通する一般プログラムとなっている。これらのプログラムやサービスは地方自治体や非営利団体からの要請により提供されるようになっており、コミュニティのニーズに公共図書館としての使命やビジョンが応える形で活動が行われていることがうかがえる。食料不安の様態は都市部と地方では異なり、地方の図書館の活動にはより多様性が見られるが、いずれの地域においても食料配布が最優先事項である。ファーマーズマーケットの開催場所となることや、補助的栄養支援プログラム(Supplemental Nutrition Assistance Program:SNAP)、低収入の女性・子どもの健康を守るプログラム(Women Infants and Children:WIC)への登録支援を実施している図書館の割合は都市部で高く、地方の2倍以上になる。図書館側の課題としては人材力や資金確保、プログラムやサービスに関するコミュニティの認知が挙げられている。

●コミュニティのニーズに対処する図書館が果たすべき役割

  報告書後半では、こうした実態調査を踏まえ、食料安全保障について図書館が取り組むべき枠組みが提示される。ここでは5つの項目ごとに、各地の図書館の事例が取り上げられ、今後に向けた提案が示されている。

  1. 種子図書館、ガーデニング、給食プログラムなどの検討
    種子の貸出や放課後・休暇期間における給食提供などのプログラムを実施する。
  2. パートナーシップの追求
    地元団体と連携し、スペース提供にとどまらない活動を実施する。
  3. 公平性を重視したコミュニティの参加の促進
    公平性を重視した既存のコミュニティ向けのプログラム(例:黒人の多い地区における黒人の若者向けのプログラム)を活用する必要がある。
  4. クリエイティブであること
    普段は交流することのないコミュニティのメンバーが図書館で食事を共有するなど、図書館が場所を提供することによって情報の共有と収集が可能であり、新しいパートナーシップの追求や食の分野における新しいプログラムのコンセプトの開発につながるかもしれない。
  5. 参加者のエンパワーメント
    住民が自分で食べ物を栽培できるようにする園芸教育など、長期的な安全保障のプログラムやサービスに取り組むことができる。

  これらの方針に則り、図書館が地域コミュニティと協働して現場を導くことが望まれている。

  日本でも、公共交通機関のサービス縮小、既存商店街の衰退などにより、移動手段の乏しい人びとが食料品の購入に苦労する地域が広がっている。買い物難民や買い物弱者と呼ばれる人びとが大量に発生している現状は、地方公共団体や民間企業やNPO、地域住民が連携・協力しながら取り組むべき社会問題となっている。図書館がいますぐ従来の業務以外の多様なプログラムを展開するというのは現実的ではないかもしれない。しかし図書館というすべての人に開かれた場所は、すべての人がアクセスできる食の場所ともなりうるという可能性はもっと知られてよいことのように思われる。

Ref:
“New Urban Libraries Council White Paper Calls on Libraries to Address Food Justice”. ULC. 2023-01-31.
https://www.urbanlibraries.org/newsroom/new-urban-libraries-council-white-paper-calls-on-libraries-to-address-food-justice
ULC. Food is a Right: Libraries and Food Justice. 2023, 14p.
https://www.urbanlibraries.org/files/ULC-White-Paper_Food-is-a-Right_2023.pdf
“200 Random Things Libraries Will Let You Check Out for Free — From Instant Pots to Skulls”. Money. 2019-05-16.
https://money.com/library-of-things-check-out-free/
“Why US libraries are on the frontlines of the homelessness crisis”. The Guardian. 2023-01-24.
https://www.theguardian.com/us-news/2023/jan/24/us-libraries-homeless-crisis-social-workers
グプティル, エイミーほか. 食の社会学:パラドクスから考える. 伊藤茂訳. NTT出版. 2016, 270p.
日本老年学的評価研究機構. 生活困窮世帯の子どもに対する支援ってどんな方法があるの?:国内外の取り組みとその効果に関するレビューおよび調査. 2019, 22p.
https://www.mhlw.go.jp/content/12200000/000532659.pdf
依田紀久. 公共図書館で“種、貸します“. カレントアウェアネス-E. 2013, (232), E1398.
https://current.ndl.go.jp/e1398