カレントアウェアネス-E
No.458 2023.06.15
E2603
アクセシビリティに関する米国図書館協会の報告書
筑波技術大学大学院・松村智也(まつむらともや)
2022年10月、米国図書館協会(ALA)が、図書館のアクセシビリティと障害者向けサービスに関する報告書“Accessibility in Libraries:A LANDSCAPE REVIEW”を公開した。報告書は全30ページで、障害の定義、図書館におけるアクセシビリティの歴史、現状と課題、障害別の図書館へのニーズと図書館が提供可能なリソースについてなど、図書館におけるアクセシビリティについて包括的に扱っている。本稿ではその内容を紹介する。
●障害の定義
障害の主な捉え方に医学モデルと社会モデルがある。医学モデルでは、障害は個々のものであり、測定可能で、治療やリハビリが必要なものと捉える。社会モデルでは、障害は社会の側にあるとし、社会が変化する必要があると考える。
●図書館におけるアクセシビリティの歴史
米国の図書館では、19世紀半ばには視覚障害者向け印刷物が既に作成されていた。19世紀から20世紀初頭、障害者が公共空間に入ることを法律で禁じられた時代も、図書館はその法律に反対し、障害者へのサービスを拡大し続けた。
1990年に障害者の権利と保護を保障する米国障害者法(Americans with Disabilities Act:ADA)が制定され、2000年までには多くの図書館がアクセシブルなツールやサービスの提供をオンラインで開始した(CA1075、CA1078参照)。2013年、マラケシュ条約によって、視覚障害者や読字障害者のために国境を越えてアクセシブルな書籍を交換する枠組みが築かれた(E1455、CA1831参照)。今日でも、特にウェブアクセシビリティに関して、図書館は最もアクセシブルな場所の一つである。
●現代の図書館のアクセシビリティ
- ウェブコンテンツ、PDF
1996年、Web Accessibility Initiative(WAI)が設立され、その3年後に最初のウェブアクセシビリティに関するガイドラインであるWeb Content Accessibility Guidelines(WCAG)1.0が発表された。WCAGは、ウェブアクセシビリティの4原則として、全てのユーザーにとって、知覚可能であること、容易に操作できること、容易に理解できること、技術的に堅固であることを定めている。
PDFのアクセシビリティの問題については多くの研究者が指摘している。PDFは、適切な設定でアクセシブルになるが、実際は多くの学術論文のPDFにおいて、アクセシビリティへの配慮が十分でない。 - ユニバーサルデザイン、支援技術
ユニバーサルデザインは、全ての人のニーズを満たす製品や物理的な環境をデザインするための原則である。前述した障害の社会モデルでは、ユニバーサルデザインが継続的に絶えず更新されることを求めている。COVID-19パンデミックのような新しい社会状況の変化によって、社会構造としてまた新たな障害が発生しうるからである。
支援技術にはアクセシブルなキーボードやマウス、拡大読書器、スクリーンリーダー、車椅子、ウェアラブル端末など様々なものがある。図書館でそうした支援技術を利用することの利点の一つとして、利用者に対する情報アクセシビリティの向上が挙げられる。 - コレクション、建物及びサービスの課題
提供するコレクション、建物の構造、本棚や机、火災報知器、レファレンスサービスなど、図書館のアクセシビリティには多くの課題がある。また、図書館は、利用者だけでなく、障害のある職員にとっても利用しにくいことがある。図書館は、スペースやサービスにアクセシビリティを取り入れようとする際、時間や資金などのリソース不足、決定権の欠如、関係者の認識不足などにしばしば直面する。
2005年、国際図書館連盟(IFLA)は「障害者のための図書館へのアクセスチェックリスト」を作成した。このリストは図書館が物理的スペースを改善する際に考慮すべき点を列挙したものである。
●障害別のアクセシビリティに対するニーズと提供可能な図書館リソース
図書館は、聴覚障害者にはライブキャプションや手話通訳の提供、視覚障害者には点字や音声図書、拡大読書機の提供、肢体障害者にはスロープやエレベーター、多目的トイレの設置、図書宅配サービスの実施、車椅子の貸出、知的障害者には非言語コミュニケーションツールやトーキングブック、画像付き書籍、ビデオの提供、読字障害者にはソフトウェアの提供やフォントの工夫、感覚過敏者には暗く静かな場所の提供などの配慮を行うことができる。
以上が報告書の概要である。また報告書の24ページ以降には、図書館員向けのアクセシビリティツールについての一覧が記載されている。関心のある人はそちらも参照されたい。
筆者は全盲の当事者で、障害者のための国立大学である筑波技術大学と、筑波大学を拠点に図書館のアクセシビリティの研究を行っており、今後も筑波技術大学の視覚障害学生を対象に、教科書作成、社会実装の実証実験を予定している。
上で触れてきたように、米国は図書館のアクセシビリティに厚みがあり、また、民間の取り組みでも、障害者に対してアクセシブルな電子書籍を提供している団体であるBookshareがある。そのウェブサイトによると2023年6月確認時点で約120万タイトルを提供している。一方、日本でもアクセシビリティ向上のための取り組みが行われている。視覚障害者等に対して点字図書、録音図書を提供しているサピエ図書館があるほか、国立国会図書館(NDL)が3月28日から試験公開を始めた「国立国会図書館障害者用資料検索」(愛称:みなサーチ)β版では、デジタル化資料の全文テキストデータ約247万点を、「視覚障害者等用データ送信サービス」に登録することで利用できる。今後もアクセシビリティ対応の拡大が期待される。
図書館のアクセシビリティは障害者の学習、就労、余暇に多大な影響を与える。音声補助を用いて本稿を執筆する過程で、アクセシビリティ向上に尽力されてきた日米の図書館関係者に深い謝意を改めて感じたことを記しておきたい。
Ref:
“ALA and Knology explore disability and accessibility in “Accessibility in Libraries : A Landscape Report””. ALA. 2022-10-14.
https://www.ala.org/news/member-news/2022/10/ala-and-knology-explore-disability-and-accessibility-accessibility-libraries
Sherman, Melina. Accessibility in Libraries : A LANDSCAPE REVIEW. ALA. 30p.
https://www.ala.org/tools/sites/ala.org.tools/files/content/220928-ppo-ltc-access-landscape-review.pdf
Irvall, Birgitta; Nielsen, Gyda Skat. Access to libraries for persons with disabilities – CHECKLIST. IFLA, 2005, 18p.
https://repository.ifla.org/handle/123456789/238
松村智也. 国立国会図書館視覚障害者等用データ送信サービスの社会実装に関する一考察 : 視覚障害当事者を中心としたボランティア団体を例として. 日本図書館情報学会研究大会発表論文集.
東北学院大学, 2022-10-29/30. 日本図書館情報学会, 2022, (70), p.13-16.
https://jslis.jp/wp-content/uploads/2022/11/2022-annual-meeting-proceedings-202210.pdf
Bookshare.
https://www.bookshare.org/cms/
サピエ図書館.
https://www.sapie.or.jp/cgi-bin/CN1WWW
“2023年3月28日 国立国会図書館障害者用資料検索「みなサーチ」β版にて、視覚障害者等の方がデジタル化資料の全文テキストデータを利用できるようになりました”. NDL. 2023-03-28.
https://www.ndl.go.jp/jp/news/fy2022/230328_01.html
みなサーチ.
https://mina.ndl.go.jp/
河村宏. 障害者のアクセス権と著作権の調和をはかるマラケシュ条約. カレントアウェアネス-E. 2013,(241), E1455.
https://current.ndl.go.jp/e1455
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https://current.ndl.go.jp/ca1075
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https://current.ndl.go.jp/ca1078
野村美佐子. マラケシュ条約―視覚障害者等への情報アクセスの保障に向けたWIPOの取り組み. カレントアウェアネス. 2014, (321), CA1831, p.18-21.
https://doi.org/10.11501/8752504