E2551 – 学術出版物へのアクセス及びその再利用に関する報告書(EU)

カレントアウェアネス-E

No.446 2022.10.27

 

 E2551

学術出版物へのアクセス及びその再利用に関する報告書(EU)

調査及び立法考査局調査企画課・濱野恵(はまのめぐみ)

 

●はじめに

  2022年8月,欧州委員会(EC)は,英・ケンブリッジ大学准教授のアンゲロプロス(Christina Angelopoulos)氏による報告書「欧州連合(EU)の著作権及び関連する権利とオープンアクセス(OA)を含む学術出版物へのアクセス及びその再利用に関する研究:例外と制限,権利保持戦略,二次出版権」を公表した。本報告書は,学術出版物へのアクセス及びその再利用に係る課題と,EUや加盟国,大学等における取組を分析し,今後の施策に関して勧告を行っている。本稿では報告書の主要事項を紹介する。

●学術出版物の著作権の在り方に関する現状

  学術出版物に関しては,研究者(著作者)から出版社への著作権の譲渡が行われる慣行がある。これにより,特に著作権の譲渡先が商業出版社である場合,当該出版物へのアクセスやその再利用が限定的になる可能性があり,公的な資金提供を受けた研究に関して特に問題となっている。このため,近年,学術出版物のOA化が求められている。

●学術出版物の再利用に関する現状の枠組み

  学術出版物の著作権に関する例外・制限規定として,EUの情報社会指令(Directive 2001/29/EC)の第5条第3項第a号は,教育又は学術研究のための著作物の利用が非商用目的で行われる限りにおいて,加盟国は,複製権及び公衆送信権の例外・制限を定めることができると規定する。同指令同条同項第d号は,非商用目的に限らず,引用による複製権及び公衆送信権の例外・制限について定める。ただし,これらの例外・制限規定は,複製権に関する一部の規定を除き,EU加盟国での導入が義務付けられているわけではなく,導入した加盟国間でも内容に差異が生じている。

●学術出版物へのアクセスに関する立法によらない取組

  学術出版物へのアクセスを保障するための取組の1つに,学術出版物のOAでの公開がある。現在,OAでの公開を推進するための立法によらない取組として,大学や研究資金団体等が「権利保持戦略」(Rights Retention Strategy)を採用する事例がある。

  権利保持戦略とは,学術出版物のOAでの公開を担保するための取組である。具体的には,大学が教員に対し,学術出版物の著作権を大学に譲渡し,学術出版物を大学のリポジトリに登録することを義務付ける例(米・ハーバード大学のモデル(CA1753参照)。ただし,教員は,この義務の適用除外やリポジトリ登録までのエンバーゴを求めることができる。)や,研究資金援助団体が,資金援助を受けた者に対し,研究成果をエンバーゴなしでOAにより公開することを資金援助の条件とする例(研究資金提供団体を中心としたコンソーシアムcOAlition Sの「プランS」(CA1990参照))等がある。

●学術出版物へのアクセスに関する立法による取組

  学術出版物へのアクセス保障のための立法による取組として,「二次出版権」(Secondary Publication Right)に関するEU加盟国の事例がある(ドイツ,オランダ,オーストリア,フランス,ベルギー)。二次出版権とは,研究者(著作者)が,著作権を出版者等に譲渡した後でも,出版社等(著作権者)の許諾を得ることなく,一定の条件下で,自由に著作物を公表することができる権利をいう。これにより,学術出版物が有料ジャーナルで刊行された場合であっても,著作者がOAのリポジトリに自ら著作物を登録し,公開できることを狙いとしている。

●提言

  以上の分析を経て,報告書は以下の提言を行っている。

  • 立法によらない施策
    • 権利保持戦略の採用に当たり,大学が著作者に著作権の譲渡を求める場合,OAの実現に必要な権利のみを要求するようにするべきである。また,資金援助者は,援助対象者に対して,研究成果のOAでの公開を義務付ける等,資金援助の条件を明確にするべきである。
  • 立法による施策
    • EUレベルの立法により,著作権関係の契約法令を加盟国間で調和させ,特に,公的な資金援助を受けた学術出版物については,雇用主と資金援助者が著作をOAで公開する義務を著作者に課すことができると明示するべきである。
    • EUの情報社会指令における学術研究目的及び引用のための例外規定の導入を加盟国に義務付け,これらの例外規定の対象範囲を明確にするべきである。
    • EUレベルでの二次出版権の導入は,課題は多いが,検討する価値はある。・学術出版物の著作権の最初の所有者に関して,EUレベルでの立法により,加盟国の規定間で調和を図るべきである。

●おわりに

  学術研究の発展には,著作権者の権利保護と共に,学術出版物へのアクセス及びその再利用の促進が肝要であり,両者のバランスが重要である。本報告書の提言内容の動向を含め,今後の動きが注目される。

Ref:
Angelopoulos, Christina; Directorate-General for Research and Innovation (European Commission). Study on EU Copyright and Related Rights and Access to and Reuse of Scientific Publications, Including Open Access: Exceptions and Limitations, Rights Retention Strategies and the Secondary Publication Right. 2022, 72p.
https://data.europa.eu/doi/10.2777/891665
“Consolidated text: Directive 2001/29/EC of the European Parliament and of the Council of 22 May 2001 on the harmonisation of certain aspects of copyright and related rights in the information society”. EUR-Lex.
https://data.europa.eu/eli/dir/2001/29/2019-06-06
山形知実. 著作権とライセンスからみるオープンアクセスの現況. カレントアウェアネス-E. 2021, (406), E2346.
https://current.ndl.go.jp/e2346
森いづみ. 大学キャンパスの中のオープンアクセス. カレントアウェアネス. 2011, (309), CA1753, p. 14-17.
https://doi.org/10.11501/3192166
船守美穂. プランS改訂版発表後の展開―転換契約等と出版社との契約への影響. カレントアウェアネス. 2020, (346), CA1990, p. 17-24.
https://doi.org/10.11501/11596736