E2550 – 「論文工場(paper mill)」へ取るべき行動:COPE報告書

カレントアウェアネス-E

No.446 2022.10.27

 

 E2550

「論文工場(paper mill)」へ取るべき行動:COPE報告書

筑波大学大学院人間総合科学学術院・大森悠生(おおもりゆうき)

 

  2022年6月,英国の非営利団体である出版倫理委員会(COPE)は国際STM出版社協会と共同で行った「論文工場」問題に関する調査の報告書を公開した。

  「論文工場」とは,論文を「製造」して研究者に代わり学術雑誌へ有料で投稿することや,製造した論文のオーサーシップを販売することを指す。論文工場は商業的な企業の形を取るものもあり,組織的に論文の製造・販売を行っている。製造された論文はそれに記載されている著者が執筆したものでない上,信頼できない不正な内容を含む可能性がある点などが問題とされる。

  以下では,報告書の概要を紹介する。

  「論文工場」の影響は分野・地域を問わず広まっており,ある出版社は「論文工場」の標的となった2つのジャーナルに対し,70か国以上から疑わしい論文が2年間で約2,000件投稿されたことを報告している。

  報告書では「論文工場」の概要と利用する動機や歴史,規模,懸念等を述べ,出版社から得たデータを元にした調査結果を示した上で,今後取るべき行動を以下の5点にまとめ,適切に対応するよう提言している。

●研究者のインセンティブの見直し

  機関によっては論文が雑誌へ掲載されることが学生の博士課程の修了や研究者・臨床医等の昇進の条件となっているほか,雑誌への論文掲載に報酬を支払う研究機関や助成機関も存在している。このような出版に対するプレッシャーや報酬,そして「論文工場」の利用に対するペナルティの不足等が「論文工場」利用の動機となっている。そのため,研究機関や研究助成機関と協力し,研究者が正当な論文を発表するようインセンティブを改めると共に,「論文工場」の利用に相応なペナルティを課す必要があるとしている。

●製造された論文を検出するシステムへの投資

  「論文工場」で製造された論文に共通する特徴に基づいて,疑いのある論文を発見するツールが開発され,製造された論文の発見に役立っている。例えば,国際STM出版社協会傘下のSTMソリューションズは,投稿された論文の信頼性を検証するクラウドベース環境の提供を実現するため,新たなプラットフォームの開発を開始した。このようなツールは査読を行う前に「論文工場」との関わりが疑われる論文を発見できる等の利点があるため,出版社などは継続的な投資を行いつつ,ツールの使用に関するガイダンスを共有するなど適切な使用を呼びかける必要があるとしている。

●編集者・査読者に対する教育活動

  「論文工場」で製造された論文は信頼性に疑いがあるため,その論文に基づいて行われた研究は時間や資金の浪費となる。また,臨床医学の分野では,この情報を元に治療が行われた場合は患者の健康や生命を危険に晒す可能性がある。

  しかし,編集者の中には研究者が「論文工場」を利用する可能性を考えず,自らの雑誌へ投稿される論文に注意を払っていない者もいる。そのため,編集者や査読者が製造された論文を見分けることができるよう教育を行わなければならない。「論文工場」の論文は実験デザインやレイアウトなどに共通点がある。そういった特徴を踏まえ出版前に疑わしい投稿を見分けることができることが望ましい。

●プロトコルの調査

  「論文工場」が製造・投稿し学術雑誌に仮に受理された論文は「論文工場」のウェブサイトに掲載され,オーサーシップの購入が可能となる。また「論文工場」は査読者の推薦,サポート情報の提供,自ら雑誌の特集号におけるゲスト編集者を務める,など論文が多く受理されることを目的とした行動をとっている。出版社をはじめ,学術コミュニケーションに関わるステークホルダーは「論文工場」の投稿プロセスを把握した上で,製造された論文が雑誌に受理されることがないようプロトコルを策定しなければならないとしている。

●調査・撤回プロセスの見直し

  出版社が「論文工場」との関係が疑われる論文の存在を調査する場合,製造された論文の特徴を踏まえた調査,調査ツールの導入,撤回プロセスの合理化などの対策を取ることで,迅速かつ効率的に疑わしい論文を発見,撤回することが可能となる。また「論文工場」は製造された論文が撤回されることを防ぐため,所属機関からのサポートレターを偽造して送付するなどの措置を講ずることがある。この場合にはCOPEが公開している論文撤回ガイドラインを再確認して対応することが望ましいとしている。

  大規模な出版社は論文の信頼性をチェックする専門チームを設置するなどの対策を取っているが,小規模な出版社や学会等がこの様な行動を取ることは難しい。出版社だけに対処を任せるのではなく,学術コミュニケーションに関わる者全てがこの問題を認識し,共同で対策に当たることが望ましいと言えるだろう。

Ref:
COPE&STM. Paper Mills : Research Report from COPE&STM. Ver. 1, 2022, 15p.
https://doi.org/10.24318/jtbG8IHL
COPE. Retraction Guidelines. Ver. 2, 2019, 9p.
https://doi.org/10.24318/cope.2019.1.4
Park, Yasunori et al. Identification of human gene research articles with wrongly identified nucleotide sequences. Life Science Alliance. 2022, 5(4), e202101.
https://doi.org/10.26508/lsa.202101203
Quan, Wei; Chen, Bikun; Shu, Fei. Publish or Impoverish: An Investigation of the Monetary Reward System ofScience in China (1999-2016). arXiv.org, 2017, 1707.01162.  
https://doi.org/10.48550/arXiv.1707.01162