E2499 – 欧州3か国におけるデジタルメディアリテラシー教育

カレントアウェアネス-E

No.436 2022.06.09

 

 E2499

欧州3か国におけるデジタルメディアリテラシー教育

大阪府立水都国際中学校・高等学校・中田彩(なかたあや)
新潟県立図書館・稲垣彩(いながきあや)

 

●はじめに

  SMILESプロジェクトは,オランダ,スペイン,ベルギーの図書館を含む関係機関が欧州連合(EU)からの資金提供を受けてフェイクニュースに対抗するアプローチの開発・テストを行う国際プロジェクトである。プロジェクトの第一段階として,3か国のデジタルメディアリテラシーや偽情報(disinformation)に関する状況が調査され,2021年9月に報告書が公開された。各国の報告では,まず,新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が偽情報に与えた影響や対策が概観されている。続いて,ターゲットグループとされた図書館員,教師,若者に対する研修や教育の機会などが文献およびインタビュー調査によって明らかにされ,課題や今後に向けての推奨事項が提示されている。本稿では,報告された偽情報への対策の中で,特に図書館に関わる部分を紹介する。

●各国の偽情報への対策と図書館の介入

  インターネットやソーシャルメディア上のCOVID-19関連の偽情報の増加と悪影響の拡大から,3か国ともに偽情報への懸念が高まっている。対策としては,アクセス制限やファクトチェックの協力よりも,若者への教育や市民のデジタルメディアリテラシー獲得が重要とされる。図書館員は市民への情報教育の基本的な役割を担うと考えられている。

  オランダでは,図書館と学校とが協力関係にあった。しかし,連携が構造化されていなかったり,連携の中心は読書活動で偽情報対策は十分ではないと感じた図書館員もいた。偽情報に関する授業を,単発ではなく,既存の人生哲学や情報科学等の授業科目に組み込むべきだという意見もあった。教師に自信を与え,まずは偽情報対策の重要性について教師と図書館員が話し合うなど,慎重な手順で学校に導入することが重要だと強調されている。図書館が開発・提供するプログラムとして,ユトレヒト公共図書館のフィルターバブルを阻止するアプリ開発の計画や教師向けのデジタルリテラシーネットワークの構築や,図書館の成功例を紹介した“Doe je digiding!”などのウェブサイトが紹介されている。

  スペインでは,図書館員が保護者,教師と並んで介入対象の若者を支える重要なアクターだと認識されていた。一方で,大人向けの研修の多くは教師対象であった。インタビュー調査では図書館員に対する研修の必要性も言及されていた。その他,図書館に向けた提案として,オンライン研修資料の作成,ワークショップの開催,デジタルコレクションの強化による質の高いメディアの提供,収集方針を明確にする倫理規定の知識の強化等が挙げられている。

  ベルギー(フランドル地方)では,若者向けの介入が数,種類ともに多く,その介入の環境として,学校の次に公共図書館がよく利用されていた。若者に向けた活動を実施する図書館もある一方,特定の対象を設けずにフェイクニュースに関する主題の活動を提供する図書館の方が多かった。教師や図書館員,保護者などの大人を対象とする介入の数は全体の3分の1で,図書館員だけを対象とした介入はごくわずかであった。

●介入についての推奨事項

  SMILESプロジェクトの第1段階の調査結果では,今後の実際のアクションに向けての推奨事項も示された。いくつかを取り上げる。

  • 「メディアリテラシー」のような広いテーマではなく,「偽情報」や「ニュースメディアリテラシー」などに焦点を絞ることが大事である。
  • 教員向けワークショップは重要で,教員養成機関との連携が大事である。
  • 偽情報との戦いは,子どもが批判的に物事を考えるのを学ぶことと同義である。異なる視点が存在するのが許される,真に開かれた学習環境が必要であり,そのような環境をいかに作るかも教員研修のテーマの1つとなり得る。
  • 偽情報への介入は,保護者が関与できる家庭での課題を含むオンラインとオフラインの混合形式を推奨する。
  • メディアに関する否定的な経験を強調するのではなく,子どもの日々の行動を肯定的に取り上げて,長期的な好奇心を刺激すること。
  • 学習成果は,フェイクニュースがもたらす実際の影響や被害についての知識や理解にも焦点を当てるべきである。
  • フィルターバブル状態を打破する対策として,教員養成ワークショップや中等学校のワークショップで,新しい情報探索の習慣を身につけるよう促す。

●日本の図書館に期待されること

  日本でもCOVID-19の流行等により偽情報に関する状況が悪化しているように見受けられる。その中で,GIGAスクール構想の追い風も受け,子どもが玉石混交のインターネット上の情報に触れる機会が増え,否応なしに偽情報を見分ける能力が必要となっている。偽情報を図書館が率先して取り組む課題だと認識するとともに,偽情報対策を取り巻く現状を把握する重要性をSMILESプロジェクトや米国の事例(CA1966参照)や英国の事例(E2438参照)から学ぶことができる。

  SMILESプロジェクトは今回の調査を足がかりに,第2段階として研修プロジェクトの企画・実践を進めている。今後の動向も注視し,参考としていきたい。

Ref:
“About the Project”. SMILES.
https://smiles.platoniq.net/pages/description
“Media literacy activities should be integrated in existing school subjects”. SMILES. 2021-09-30.
https://smiles.platoniq.net/processes/news/f/121/posts/13
“Baseline Study”. SMILES.
https://smiles.platoniq.net/processes/output1
Oomes, Marjolein; Smit, Sander; CamoBaseline, Dzenita. Baseline study: Country report The Netherlands. National Library of the Netherlands, 2021, 71p.
https://smiles.platoniq.net/processes/output1/f/141/
Anducas, Marta; Nadesan, Nadia. Baseline study: Country report –Spain. Fundación Platoniq, 2021, 29p.
https://smiles.platoniq.net/processes/output1/f/140/
Vanbuel, Mathy. Baseline study: Country report Belgium (Flanders). Media & Learning Association, 2021, 24p.
https://smiles.platoniq.net/processes/output1/f/142/
Helvoort, Jos van. Baseline study: Joint summary report. Erasmus+ Project SMILES, 2021, 12p.
https://smiles.platoniq.net/processes/output1/f/143/
“Training for teachers and librarians”. SMILES.
https://smiles.platoniq.net/processes/training
“jaarverslag 2020”. De Bibliotheek Utrecht.
https://www.bibliotheekutrecht.nl/dam/2020Website/Klantenservice/stichting-de-bibliotheek-utrecht-financieel-verslag-2020.pdf
doe je digiding!.
https://doejedigiding.nl/
総務省総合通信基盤局電気通信事業部消費者行政第二課. 新型コロナウイルス感染症に関する情報流通調査. 総務省, 2020, 29p.
https://www.soumu.go.jp/main_content/000693280.pdf
“GIGAスクール構想の実現について”. 文部科学省.
https://www.mext.go.jp/a_menu/other/index_00001.htm
坂本旬. 英国の「オンライン・メディアリテラシー戦略」の概要と課題. カレントアウェアネス-E. 2021, (432), E2438.
https://current.ndl.go.jp/e2438
鎌田均. フェイクニュースと図書館の関わり:米国における動向. カレントアウェアネス. 2019, (342), CA1966, p. 12-16.
https://doi.org/10.11501/11423548