E2422 – ライセンスは誰のために:電子書籍をめぐる米国州法の動向

カレントアウェアネス-E

No.420 2021.09.16

 

 E2422

ライセンスは誰のために:電子書籍をめぐる米国州法の動向

調査及び立法考査局国会レファレンス課・辻慎太郎(つじしんたろう)

 

  電子書籍の図書館での扱いに関し,契約金額や法整備などを巡り各国で様々な議論がなされている。本稿では2021年に米国のメリーランド州,ニューヨーク州で相次いで可決された法案の内容やその目的,出版社側の反応などをメリーランド州の事例を中心に紹介する。

  去る2021年6月1日,メリーランド州では“Public Libraries – Electronic Literary Product Licenses – Access”(House Bill 518, Senate Bill 432)という法案が成立している。本法案は,一般向けに電子書籍のライセンス提供を行う出版社に「合理的な条件」で当該ライセンスを州内の公共図書館に提供するよう求めるほか,それらのライセンスを図書館に販売しない期間の設定を禁じている。米国でこのような州法が成立するのはメリーランド州が初で,施行は2022年1月である。なお,同種の法案はニューヨーク州の両院でも全会一致で可決されており,知事の署名もしくは拒否権行使を待つ段階となっている。

  メリーランド州の法案成立に先立ち,米国出版協会(AAP)のハート(Terrence Hart)氏は2021年3月24日の声明で4つの懸念点を指摘し,同法案は違憲であるとしている。まず,特定の顧客への著作物販売,ライセンス提供の義務付けは出版社の独占的権利を侵害する危険性がある。次に,連邦著作権法第201条(e)項で禁止されている所有権の不随意の強制的移転につながる可能性がある。続いて,州外出版社の商取引への条件付けは,州内外の商取引を不当に規制する恐れがある。最後に,州図書館にライセンスを提供する際の「合理的な条件」が定義されておらず,出版社が自らの提示した条件が違法で罰則の対象になるかどうかを知る手段もないため,基本的なデュープロセス(適正手続)に問題をきたすことが想定される。

  ハート氏の声明に対し,メリーランド州セント・メアリーズ郡公共図書館館長のブラックウェル(Michael Blackwell)氏は知的財産権弁護士で著作権専門家のバンド(Jonathan Band)氏の意見を取り上げて反論している。バンド氏は米国の出版情報誌“Publishers Weekly”に寄せた文章で,メリーランド州の法案は著作権法に違反せず,公共図書館への不合理な差別を防ぐものであると主張している。また,その目的は作家の利益の収奪や著作権侵害の助長ではなく,デジタル時代でも大衆に情報へのアクセスを提供できるようにすることであると述べている。これに加え,「合理的な条件」について出版社は十分な発言権を有しているとし,協議の余地があることを示している。

   2020年初頭の米国図書館協会(ALA)大会で電子書籍などの電子資料費が公共図書館の資料費の4分の1以上を占めていると指摘された(CA1978参照)ように,紙資料と違い基本的なアクセス権や保存権がない電子書籍は図書館にとって重い負担になっている。図書館向け価格は一般向け価格より高額な場合が多い上,Big5と呼称される大手出版社5社は契約期間,貸出回数などの条件を満たすと追加で更新料が必要になるビジネスモデルを採用している(CA1978参照)。ブラックウェル氏によれば,図書館の資料の多くは税金で賄われていることから,州の議員たちも電子書籍の価格設定を懸念している。このように図書館側の出費がかさみやすい状況にある一方,電子書籍の貸出数の伸びはここ10年以上堅調で,特に2020年は新型コロナウイルス感染症の影響で急激な伸びを示している。利用者側のニーズは今後も高まると予想され,今回の法案成立は図書館が財政を健全に保ち,電子書籍の提供を続ける上で大きな意味を持つと考えられる。

  ただ,メリーランド州の法案提出議員の一人は,この法案は価格を決めるものではなく,出版社と図書館による共益的な条件交渉がなされることを想定したものであると述べている。また,ブラックウェル氏も本法案に図書館関係者の多くが望むほどの効果はないとし,現在図書館に電子書籍のライセンスを提供している出版社は「合理的な条件」の基準に準拠しており,既存のライセンスの改定は不要であると語っている。関係者のこうした発言からは,図書館が置かれた状況を一朝一夕に打開しようとするのではなく,この法案をきっかけとして出版社側の懸念に寄り添いながら,より適切な関係を目指していきたいという方針が感じられる。

   2021年8月13日の時点で,米国では少なくとも6つの州がメリーランド州とニューヨーク州のものと類似した法案の検討段階に入っていると報じられている。今後同様の動きは全米規模に広がる可能性がある。しかし,6月2日のAAP年次総会で,図書館のロビイストや利益団体らが著作権保護を連邦議会から州議会へ移そうとしていると同協会CEOのパランテ(Maria Pallante)氏が非難したことからも,出版社側の懸念は根強いと考えられる。各州議会での法案の動きと,出版社側と図書館側の今後の対話が注目される。

Ref:
Enis, Matt. “Maryland Passes Law Requiring Publishers to License Ebooks to Libraries Under “Reasonable Terms””. Library Journal. 2021-06-01.
https://www.libraryjournal.com/?detailStory=maryland-passes-law-requiring-publishers-to-license-ebooks-to-libraries-under-reasonable-terms
“Legislation – SB0432”. MARYLAND GENERAL ASSEMBLY. 2021-06-11.
http://mgaleg.maryland.gov/mgawebsite/Legislation/Details/SB0432?ys=2021RS
“Legislation – HB0518”. MARYLAND GENERAL ASSEMBLY. 2021-06-11.
http://mgaleg.maryland.gov/mgawebsite/Legislation/Details/HB0518?ys=2021RS
“New York Legislature Passes Library E-book Bill”. Publishers Weekly. 2021-06-11.
https://www.publishersweekly.com/pw/by-topic/industry-news/libraries/article/86637-new-york-legislature-passes-library-e-book-bill.html
Hart, Terrence. AAP’s Testimony. AAP, 2021, 3p.
https://publishers.org/wp-content/uploads/2021/03/SB432_AAP_Opposition.pdf
“201. Ownership of copyright” U.S. Copyright Office.
https://www.copyright.gov/title17/92chap2.html
Band, Jonathan. Response to Statement of the Association of American Publishers Concerning SB432/HB518. Publishers Weekly, 2021.
https://www.publishersweekly.com/binary-data/ARTICLE_ATTACHMENT/file/000/004/4679-1.pdf
“Promise, progress… and persistent problems: catching up on the situation for eLending in the United States”. IFLA. 2021-04-06.
https://www.ifla.org/node/93806
Albanese, Andrew. “Define ‘Reasonable’: Can Maryland’s New E-book Law Help Change the Marketplace?”. Publishers Weekly. 2021-08-13.
https://www.publishersweekly.com/pw/by-topic/industry-news/libraries/article/87022-define-reasonable-can-maryland-s-new-e-book-law-help-change-the-marketplace.html
井上靖代.米国での電子書籍貸出をめぐる議論. カレントアウェアネス. 2020, (344), CA1978, p.16-20.
https://doi.org/10.11501/11509688