カレントアウェアネス-E
No.418 2021.08.19
E2414
フランスにおける図書館の障害者サービスの現状と課題
調査及び立法考査局議会官庁資料課・鈴木尊紘(すずきたかひろ)
2021年3月, 高等教育・研究・イノベーション省(MESRI)の「教育・スポーツ・研究監督官」(IGÉSR)は, フランスの図書館における障害者サービスの現状と課題についての調査レポート“La prise en compte des handicaps dans les bibliothèques de l’enseignement supérieur et dans les bibliothèques territoriales(高等教育機関図書館及び公共図書館における障害者配慮)”を公開した。
この調査レポートは, 2020年4月から11月にかけて, 300以上の図書館にアンケートを送付し, また, 110人以上の関係者にインタビューを行った結果を2021年2月にとりまとめたものである。この調査で明らかになった点は二つある。ひとつは図書館における障害者サービスに関する多くの取組が進行中・計画中であるが, その状況は高等教育機関図書館と公共図書館とで異なっているばかりか, そのそれぞれの図書館の間でも差があるということ, もうひとつは図書館の障害者サービスがごく少数の職員によって担われているということである。こうした現状認識を踏まえ, 調査レポートでは図書館における障害者サービスを促進する上で求められる27の「推奨事項」を, 次の4つに分類して示している。
●教育
大学等の教育課程において, 学生が障害関係法令やさまざまな障害の種類に関する特別講義を受ける機会を設けるなどして, 障害者に関する課題に関心を持つように促すこと。こうした課題についての学習単位を図書館員養成課程において必修とし, 図書館界で障害者サービスを担う職員を生み出すこと。また, 障害者担当司書が国に認められた単位を取得する生涯教育を受け, この教育内容を自らが勤める図書館において伝達すること。
●組織
上級公務員職に属し, 部署横断的に機能するとともに図書館の意思決定にかかわる障害者担当司書を各図書館に1人配置すること。こうしたポストを図書館職員の応募要項に組み込むこと。また, 当該司書を中心として, その図書館のアクセシビリティ全般を検討し, 向上のための計画を立てること。
●アクセシブルな著作物の提供
- デジタルデータの獲得
デジタルデータはテキストデータやEPUBデータへと変換可能であり, 視覚障害者等へのサービスにとって重要なものであるが, 著作物そのものがボーンデジタルである場合にも, 出版者の商業的な理由により, そのデジタルデータがアクセシブルではない状態に置かれることがある。この点について, 出版者に対してアクセシブルなデータを提供するよう促すこと。また, 博士論文をアクセシブルなデジタルデータで作成し, それを機関リポジトリに保存するよう学生に促すこと。 - 「障害者を理由とする著作権の例外」の利用
フランスの知的所有権法典には, 「障害者を理由とする著作権の例外」規定があり, これによって図書館を含めた機関が, 障害者の容易なアクセスを可能にするために,権利者への許諾や代償金の支払いなしにあらゆる種類の著作物を媒体変換し(点字, DAISY, 視聴覚メディアへの字幕や手話の付与など), それを利用に供することができる。また, この規定は, 出版者が著作物のデジタルデータをフランス国立図書館(BnF)に納入することを義務付けている。さらに, 認可を受けた機関がデジタル形式で媒体変換を行なった際には, 他の機関が同じ資料の媒体変換をするという二重の作業を避けるために, 変換したデータをBnFに納入し, 他の機関の利用に供することを求めている。BnFはこうしたデータを「デジタル著作物の転送を安全に行うプラットフォーム“PLATON”」で長期保存しつつ, 図書館などの障害者への情報のアクセスを保障する機関に対しデータ提供を行っている。こうしたアクセシブルな著作物を提供するための国家的な取組を促進すること。
●国による促進
高等教育・研究・イノベーション省と文化省による「図書館とアクセシビリティ」に係る省庁横断的な活動を活発化すること。図書館における障害者へのアクセシビリティに関するデータを高等教育・研究・イノベーション省のウェブサイトに掲載し, 毎年そのデータの分析・評価を行うこと(「障害者を理由とする著作権の例外」を認められた図書館の活動評価を含む)。資料へのアクセスだけでなく, 障害者サービス全般に優れている図書館をモデル化すること。
以上が調査レポートの内容である。日本は2018年10月にマラケシュ条約を締結し(E2041, CA1831参照), それを皮切りに視覚障害者の著作物へのアクセシビリティをより向上させる取組が徐々に進みつつある。しかし, 図書館における障害者サービスは, 著作権法改正(CA1838参照)だけに留まるものではない。グローバルな視点に立ち, 障害者に関する課題をより深く, より広く, 継続的に注視する必要があるのではないだろうか。フランス図書館界の現状を直視し, 障害者とともに構築する社会を目指すこの調査レポートは, 日本の今後の図書館における障害者サービスにとって示唆に富むものと思われる。
Ref:
Oliver CAUDRON. et al. La prise en compte des handicaps dans les bibliothèques de l’enseignement supérieur et dans les bibliothèques territoriales. IGÉSR. 2021, 80p., (Rapport IGÉSR, no.2021-036).
https://www.enseignementsup-recherche.gouv.fr/cid157826/la-prise-en-compte-des-handicaps-dans-les-bibliotheques-de-l-enseignement-superieur-et-dans-les-bibliotheques-territoriales.html
国立国会図書館関西館図書館協力課. 公共図書館における障害者サービスに関する調査研究. 国立国会図書館, 2018, 118p., (図書館調査研究リポート, No.17).
https://current.ndl.go.jp/report/no17
南亮一. マラケシュ条約の締結・著作権法の改正と障害者サービス. カレントアウェアネス-E. 2018, (350), E2041.
https://current.ndl.go.jp/e2041
野村美佐子. マラケシュ条約―視覚障害者等への情報アクセスの保障に向けたWIPOの取り組み. カレントアウェアネス. 2014, (321), CA1831, p. 18-21.
https://current.ndl.go.jp/ca1831
南亮一. 欧米における図書館活動に係る著作権法改正の動向. カレントアウェアネス. 2014. (322), CA1838, p. 23-27.
https://current.ndl.go.jp/ca1838