E2413 – 公共図書館への投資が近隣の子どもにもたらす影響(米国)

カレントアウェアネス-E

No.418 2021.08.19

 

 E2413

公共図書館への投資が近隣の子どもにもたらす影響(米国)

総務部企画課・青山寿敏(あおやまひさとし)

 

●はじめに

   2021年4月,米・シカゴ連邦準備銀行(Federal Reserve Bank of Chicago)は,“The Returns to Public Library Investment”と題する報告書を公表した。本報告書は,公共図書館への投資がどのような効果をもたらすかを,近隣の子どもへの影響を中心に分析している。本稿では,同報告書の7月改訂版を基に,その内容を紹介する。

●分析手法

   本報告書は,公共図書館への投資の効果を,主に(1)子どもの利用頻度,(2)近隣の子どもの学力,(3)近隣の住宅価格の3つの指標を用いて分析している。なお,ここでの「投資」は施設の増築や改築等を目的とする一定規模以上の支出を指し,職員の給料や蔵書等への支出は含まれない。

   分析に当たっては,差分の差分法(difference-in-difference approach)と呼ばれる手法を用いている。差分の差分法は,政策効果等の因果関係を検証する手法の一つであり,処置を受けるグループ(処置群)と受けないグループ(対照群)それぞれの事前・事後の値の差を比較して処置の効果を推計するものである。簡単な例を挙げて説明すると,例えばある年に投資を行った図書館(処置群)では投資前の利用者が平均して一日100人,投資後の利用者が130人だったとしよう。これに対し,投資を行わなかった図書館(対照群)では同時期の利用者がそれぞれ80人,90人だったとする。投資がなければ処置群における利用者の増加数は対照群と同じであると仮定すると,処置群における事前・事後の値の差(130-100=30)から対照群における事前・事後の値の差(90-80=10)を差し引いた20人が投資による利用者の増加効果と考えることができる。実際に本報告書で用いられている手法はもっと複雑であるが,ここでは基本的な概念を説明するにとどめる。

●分析結果

   まず,本報告書は公共図書館への投資が子どもの利用頻度に与える影響を分析している。分析に当たっては,米国博物館・図書館サービス機構(IMLS)が集計している公共図書館の統計データを用いている。分析によれば,サービス対象地域の住民1人当たり100ドル以上の投資が行われた図書館では,平均して子どもの貸出が21%,子どものイベント参加が18%増加し,全体の来館者数も21%増加する結果となった。また,この効果は少なくとも投資から10年間は持続しており,一時的な増加にとどまるものではなかった。

   次に,本報告書は公共図書館への投資が近隣の子どもの学力に与える影響を分析している。分析に当たっては,上記のIMLSの統計データに加え,米・スタンフォード大学の研究グループが構築したデータベース(Stanford Education Data Archive:SEDA)における3年生から8年生までの統一学力テストのデータを用いている。この分析では,各学区の近隣(5マイル以内)に立地する公共図書館において調査期間内に投資が行われたかを調査し,投資の有無によって学区ごとの統一テストの成績に差が現れたかを分析している。分析によれば,近隣の児童・生徒1人当たり1,000ドル以上の投資が図書館に対し行われた場合,当該学区では読解のテストの点数が平均して0.02標準偏差上昇した。一方で算数のテストでは点数の上昇は見られず,これは子どもの読解のテストの成績向上が図書館への投資の効果であることを裏付けるものであるとしている。

   さらに,本報告書は公共図書館への投資が近隣の住宅価格に与える影響を分析している。公共図書館への投資は専らその地域の住民が支払う税金を資金源としているため,仮に公共図書館への投資後に近隣の住宅価格が上昇しているとすれば,公共図書館への投資による便益の増加に対し,住民が税負担以上の価値を認め,その分が住宅価格に転嫁されていることになる。分析によれば,公共図書館への投資前後で近隣の住宅価格は変化しなかった。これは,近隣住民は公共図書館への投資による便益の増加を,対応する税負担と同程度の価値と評価していることを示している。

●おわりに

   一般に公共図書館は公共サービスの提供者としてその有用性が認められているものの,その有用性を定量的に評価することにはさまざまな困難が伴う。本報告書は,公共図書館への投資の効果を,利用者数や貸出点数の増加等の直接的な影響にとどめず,近隣の子どもの学力という指標を用いて広く地域コミュニティへの影響として把握しようとした点に特徴がある。このような試みは多角的な図書館評価に資するものであり,証拠に基づく政策形成EBPM(Evidence-based policymaking)の概念が浸透しつつある日本においても参考になるものと思われる。なお,本報告書では,公共図書館への投資の効果が児童・生徒の人種ごとに異なるか,学校への投資とどちらが費用対効果に優れるかなど,紙幅の関係で紹介できなかった興味深い分析も行われている。ぜひ一読をお勧めしたい。

Ref:
Gilpin Gregory. et. al. The Returns to Public Library Investment. Revised, Federal Reserve Bank of Chicago, 2021, 61p., (Working Paper, 2021-06).
https://doi.org/10.21033/wp-2021-06
“Public Libraries Survey (PLS)”. IMLS.
https://www.imls.gov/research-evaluation/data-collection/public-libraries-survey
“Stanford Education Data Archive (SEDA)”. Stanford University.
https://exhibits.stanford.edu/data/browse/stanford-education-data-archive-seda
田辺智子. カナダの美術館・図書館・文書館・博物館がもたらす経済価値. カレントアウェアネス-E. 2020, (400), E2313.
https://current.ndl.go.jp/e2313
和気尚美. デンマークの公共図書館による新たな図書館評価手法の提案. カレントアウェアネス-E. 2021, (417), E2410.
https://current.ndl.go.jp/e2410