E2395 – [たはLab.]が拓く未来のかたち

カレントアウェアネス-E

No.415 2021.06.24

 

 E2395

[たはLab.]が拓く未来のかたち

田原市総務部(元田原市中央図書館)・吉田竜太郎(よしだりょうたろう)

 

   2021年1月,田原市中央図書館(愛知県)は, [たはLab.]を設置した。廃止となった「インターネットコーナー」を転用したもので,広さは約12平方メートル,ScratchやmBotを使って誰でも遊びながらプログラミングを学べるスペースとなっている。本稿では,なぜ今[たはLab.]なのか,どうして当館にプログラミング体験スペースが必要だったのかについて述べたい。学習指導要領の改訂(CA1934参照)に伴って,プログラミング教育がスタートし, GIGAスクール構想により小学生にタブレットが配られたから……という事実は,その答えの半分ではあるが,全てではない。

●田原市の地勢的条件と人口の減少

   [たはLab.]設置に係る経緯を語るには,田原市の地勢的事情を述べる必要があろうかと思う。当市の行政区域は,愛知県の南部に位置する東西に長い半島である渥美半島の大部分を占めている。陸上で隣接しているのは,東三河の中心都市で中核市でもある豊橋市のみであるが,その中心地は北部に集中しており,豊橋市の南西部と隣接しているに過ぎない当市はその恩恵を受けにくい。

   そのような地勢的条件もあって,2005年に6万6,000人台だった当市の人口は2021年現在6万人台となっており,人口の減少が続いている。農業・製造業は当市の強みであり一定の就業リソースがあるが,若者の就職環境を「一定のリソース」を超えて改善させることは難しい業種である。また,市内の高等教育機関は専修学校が1校あるのみなので,他地域へ進学した若者が,そのまま市外で定着してしまうことが少なくない。当市には渥美半島を有する観光地としての魅力があるが,大商業地帯への物理的アクセスが悪いため,企業誘致には一定のハードルがあると感じている。

●豊橋技術科学大学の学生による当館でのインターンシップでの気付き

   ところで,筆者が,当市の最寄りの大学である豊橋技術科学大学在学時に,田原市環境衛生課(当時)で実務訓練という1か月半に及ぶインターンシップのようなものを行った。その縁もあり,当館でも毎年同大学から情報系の実務訓練生を受け入れている。同大学は全国の高等専門学校からの編入学生が多いのであるが,ある年の実務訓練生は当市渥美半島の先端に近いエリアに生まれた,地元普通高校の卒業生であった。彼は業務用PCを経由して離れたカウンター間で連絡が取れるアプリケーションや,視聴ブース管理アプリ,職員のローテーション管理アプリなどを次々に構築した。こちらの要求する仕様を的確に理解して,図書館のリソースに見合った形で製作してくれるとりわけ優秀な学生だった。彼との出会いが[たはLab.]を設置するひとつのきっかけとなった。デジタルという分野は,物理的なハンデを引っ繰り返すことができる。デジタルスキルはたとえ南の島であっても,北の国であっても,半島の先っちょであっても平等に学ぶことができ,対等に競うことができる。全国の高専生以上に活躍できる優秀な人材が渥美半島からも生まれる可能性があるのだと気付かされた。

   どこで生まれ,育っても全世界と勝負できるのがプログラミングであり,それは地元への愛着や自信となる。子どものデジタルスキルを醸成すれば,やがてはそうした産業が発達し,システム系の企業が事務所やリモートオフィスを当市内に構える下地にもなって,未来の就職環境の改善につながる。世界大会が開催されたほどサーフィンの盛んな当市は仕事とレジャーを兼ねたワーケーションにも最適ではないか。

●[たはLab.]の概要・課題と今後の展望

   元田原中学校長で,現在は同校ロボコンクラブで教える山本克仁先生にも[たはLab.]の設置とプログラミング講座の開催にご尽力いただいた。実は懸念していたのは常設するデバイスの盗難や破損,怪我等であったが,これも杞憂であった。まずは子どもを信じて一歩踏み出すことが,運営側には必要かもしれない。

   上記プログラミング講座は,常設されているmBot(自身で組み立ててプログラミングをして動かすことができるロボット)やタブレット端末に入っているScratch(ブロックを組み立てるようにプログラミングができるプログラミング言語)等で自主学習してもらうための取っ掛かりとして,図書館職員と山本先生とで行った。講座は大変好評であるが,自主学習での利用は少なく,現在その点が課題となっている。一方で,[たはLab.]は主に子どもをターゲットにしたスペースであるが,面白い展開も起きている。図書館ボランティアがこのスペースを見付けて「大人も使って良いんですよね?」と,Zoomやパソコン,スマートフォンの使い方を教え合う小規模な勉強会の場として活用しており,その会合には筆者や館長が講師役として呼ばれたこともある。「知っている人」が「知りたい人」に教えるスタイルは,まさに[たはLab.]の目指すところであり,知識,情報教育の拠点としての図書館の役割とも合致する。デジタルに対する興味や関心,あるいは危機感を持っているのは,むしろ大人の方と言えなくもない。[たはLab.]はもちろんそうした大人の利用も大歓迎だ。同じ考えから,現在は職員が担当している講座を,いずれは講座の「卒業生」が主催して後進を育成してくれるようになれば,教えることによる子どもの成長や,子どもの自主学習への展開が期待できる。

   図書館だからこそ,日常では巡り合わない人々の人生が交じり合う。学校や地域をつなぐ役割を図書館が担い,多様な人々がそれぞれの課題解決に役立てる……それは,紙か電子かの違いこそあるが,図書館の歴史をたどっても大いに正しい。そこで,講座の好評も受けて,当市の2021年度からの第2期生涯読書振興計画『まち*ほん』の中でも施策の中に[たはLab.]を明記した。筆者自身は異動となってしまったが,当館職員の中にはプログラミング教育を大学で専攻した職員や,デジタルに明るい館長と,タレントは揃っている。2021年度は夏休み辺りに講座を開催予定であり,常設スペースについても,パスファインダー的な動画をデジタルサイネージ等で設置することになっている。

   物理的な指標に当てはめれば,当市は特別裕福な街とは決して言えなくなってしまった。しかし,デジタルとそれに親しむ素養は,物理的な障壁を取り払い,未来を切り拓くことができる。[たはLab.]がその一助となるために,我々は「今」汗する必要があるのだ。

Ref:
“中央図書館 [たはLab]キックオフイベント”. 田原市図書館.
http://www2.city.tahara.aichi.jp/section/library/info/2101tahalab.html
「たはLab」スタートへ. 東愛知新聞. 2021-01-25.
http://www.higashiaichi.co.jp/news/detail/7450
“田原市地域情報化計画”. 田原市. 2015-09-04.
http://www.city.tahara.aichi.jp/seisaku/kakushukeikaku/1002993/1001513.html